第180話 司教の正体

「……なにを仰っているのか分かりません」


 アルカの問いに対して、なにも知らないと言った素振りを見せるガブリエル司教。

 しかし平静を装っているようだが、微かに動揺していることは見て取れた。

 そこに――


「だ、そうですよ。カルディア・・・・・


 セレスティアの声が響く。

 カルディアの名を聞き、まさかと言った表情を見せる代表たち。十年前の〈大災厄〉で〈魔女王〉は命を落としたと聞かされているのだから、その反応は当然であった。

 セレスティアの呼び掛けで〈認識阻害〉を解き、姿を見せるメイド服の女性。

 銀色の髪に黄金の瞳。代表たちの知る〈魔女王〉とは異なる点もあるが――


「お、御主……い、生きておったのか!?」

「久し振りね、サテラ」


 サテラの反応から本人で間違いないと、代表たちは確信する。

 白き国と紫の国は古くから交流がある。それはサテラとカルディアの関係に起因していた。カルディアの姉が最後に愛した男性。それが〈緑の国〉から〈聖女〉を連れ去った先々代の魔王――サテラの曾祖父だからだ。

 緑の国と紫の国の関係が悪いのも、この事件が原因の一端にあると言っていい。セレスティアが魔族を嫌っているのも、その件で面倒な教会の相手をさせられた苦い記憶があるからだ。

 そのため、サテラはカルディアのことをよく知っていた。

 幼い頃には『姉様』と慕い、魔法を教えてもらっていたことすらあるからだ。

 しかし、


「生きておったことにも驚いたが、御主……その髪と瞳の色は、どうしたのじゃ?」

「あなたこそ、しばらく見ない間に随分と縮んだみたいじゃない。精神だけでなく身体まで幼くなるなんて……」

「こ、これは呪いの浸食を遅らせるために力を制限して……というか、最後の一言は余計じゃ!」


 幼い頃からの知り合いと言うことは、それだけ多くの弱味を握られていると言うことでもある。そうして、からかわれ続けた結果、サテラはカルディアに苦手意識を持っていた。

 だからこそ、代表たちもカルディアが本物だと確信を持てたのだ。

 魔王がこんな姿を見せる相手は〈魔女王〉以外に存在しないからだ。

 だと言うのに――


「陛下! 〈魔女王〉は十年前に亡くなったはずです。この者は恐らく〈魔女王〉の名を騙った――」 

「なにを言っておる? 妾がカルディアを間違えるはずがなかろう」

「あら? 昔みたいに姉様・・って呼んでくれてもいいのよ?」

「ほれ……こんな態度を妾に取れるのは、カルディア以外におらぬわ」


 偽物だと主張するガブリエル司教に、こいつは何を言っているのだと言った顔でサテラは呆れる。

 ある意味で二人の関係は、神人の二人よりも有名であった。

 聖女と魔王の話は有名だ。ましてや、教会の司教ともなれば知らないはずがない。

 それだけに――


「御主、何者じゃ?」


 サテラはガブリエル司教に不審を抱く。

 ガブリエルが〈紫の国〉のためにしてくれたことは、サテラも忘れていない。

 しかし、それとこれは話が別だ。先程のアルカとセレスティアとのやり取り。

 そして、先程のカルディアの件。これで疑うなと言う方が無理があった。


「カルディア、知っておるのじゃろう? なにがあった?」

「簡単な話よ。そこの男が錬金術で私を蘇らせて、アルカを襲わせた。〈精霊喰いエレメントイーター〉を世界樹に寄生させたのも、その男よ」


 想像を超えた話に目を瞠るサテラ。

 話の流れから黒幕がガブリエルだというのは察しがついていたが、大災厄で命を落としたカルディアを蘇らせたばかりか、〈精霊喰いエレメントイーター〉を世界樹に寄生させたなど、俄には信じがたい話だったからだ。

 ガブリエルは高度な治癒魔法を使う優秀な魔法使いではあるが、ただの人間にそんな真似が出来るとは思えない。死んだ人間を生き返らせることが出来る魔法使いなど存在しないからだ。

 ましてや、モンスターを使役する方法など聞いたこともない。

 しかし、カルディアが嘘を吐いているとも思えず、サテラは困惑する。


「昔は〈白き国〉で司祭をしていたそうね。でも、ガブリエルなんて名前の司祭は聞いたことがないのよね」

「女王陛下、お戯れを……」

「あなたが本当に私の国で司祭をしていたなら、私のことを〈魔女王〉とも女王陛下とも決して呼ばないはずよ。私がそう呼ばれるのを面倒臭がっていたことを、私の国の英雄たち・・・・はよく知っていたから。――あなたは何者・・なの?」


 冷たい視線をガブリエルに向け、問い詰めるカルディア。

 そして、


「ククッ……まさか、飼い犬・・・に手を噛まれるとはな」


 並の人間なら竦み上がるほどの殺気を当てられながらも、ガブリエルは笑みを溢す。


「どうやって自我を取り戻した? 貴様の魂は不完全だった。だから〈疑似霊核〉を使用したと言うのに……」

「〈魔核〉を取り込んだ影響じゃないかしら?」

「魔核? そうか、やはり〈楽園の主〉が回収していたのだな。だが……」


 カルディアの話を聞きながらも、まだ余裕の笑みを見せるガブリエル。

 魔核を取り込んだとしても、ホムンクルスが主を裏切るなど考えられない。しかも、そのために使用した〈疑似霊核〉は〈緑の国〉の遺跡で発掘された古代遺物だ。幾らアルカでも、こんな短時間でカルディアに施された呪い・・を解除できるはずがない。

 そう考えたガブリエルは――


命令・・だ! 楽園の主・・・・巫女姫・・・を殺せ!」


 杖に魔力を込め、カルディアに命じる。

 疑似霊核には〈支配の呪印〉が施されていて、主人の命令には絶対に逆らうことが出来ない。例え、記憶と人格を取り戻したのだとしても、呪いの力に逆らうことは出来ないはずと考えての行動だった。

 しかし、


「嫌よ」

「……は?」


 あっさりと拒絶され、ガブリエルは唖然とする。

 そんなはずがないと再び杖に魔力を込め、何度も、何度も、しつこく命令を口にするガブリエル。


「言うことを聞け! なぜだ、なぜ我が命をきかない!」

「いい加減、諦めなさい。もう、あなたの命令は聞かないって言ってるでしょ?」


 だが、ガブリエルの指示にカルディアが従うことはなかった。

 当然だ。ガブリエルは知らないが、既にカルディアのなかに埋め込まれていた〈疑似霊核〉は椎名によって取り出されていた。

 魔力を送り込んだとしても〈疑似霊核〉に施された呪印が発動するはずもない。 


「話の流れから察するに……〈楽園の主〉を襲ったのは御主なのか?」

「ええ、もう分かっているとは思うけど、私は十年前に死んだわ。それを〈疑似霊核〉と〈女王の魔槍レジーナ・ハスタ〉に宿った魂を使って、そこの男が錬金術で蘇らせたのよ」

「疑似霊核……!? それは教会が保管していると……」


 サテラとカルディアの話を聞いて驚いた様子を見せたのは〈緑の国〉の女王コルネリアだった。

 それもそのはずで〈緑の国〉には数多くの遺跡が存在するが、そこから発掘された古代遺物の管理は王国と教会が共同で行っていた。

 そのため、教会から持ちだされた古代遺物が〈魔女王〉の復活に使われ、アルカの暗殺未遂に関与していたとなれば、教会だけでなく王国の責任問題にも繋がりかねないからだ。


「なるほど……では〈楽園の主〉が頭を怪我しておるのは……」

「あれは私じゃないわよ」


 サテラに頭の怪我のことを問われ、自分ではないと否定するカルディア。

 カルディアの視線に気付き、そっと目を逸らすセレスティア。

 しかし、被害者アルカからすれば二人とも似たようなものだった。


「立て続けに親友二人から殺されそうになるとは思わなかったよ……」

「だから誤解だと言っているではありませんか。私はアルカの目を覚まそうとしただけで……」

「必要以上に力が籠もってたって聞いてるけど?」

「魔力が足りないと十分な効果が得られないと思いまして……というか、これ見よがしに頭を冷やしている割に、こぶも出来てはいないじゃないですか」

「あれは魔導具だよ? 物理的なダメージはないみたいだけど、精神に直接ショックを与えるものらしくて、まだ叩かれた箇所がズキズキするんだよ」

「ぐ……」


 会話を聞けば、なにがあったのかを察するのは難しくなかった。

 アルカとセレスティアの気の抜けたやり取りに、何とも言えない空気が漂う中――


「くッ――」


 ガブリエルは逃走を図ろうとする。

 しかし、


「無駄ですよ。逃げ場などありません」


 セレスティアの言うように、既に〈円環の間〉は無数の魔法使いたちに包囲されていた。

 国中から集められた精鋭の魔法使いたちだ。

 出入り口には、ギルドの冒険者だけでなく〈精霊殿〉の巫女たちの姿も確認できる。

 逃げ道が完全に塞がれたことを知ったガブリエルは――


「ク、ククククククク……アハハハハハハハッ! 舐めるなよ、人間ども!?」


 白い光を纏い、その正体を明かすのだった。

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