第178話 覚醒の大槌・再

「――疑似霊核?」

「ええ、〈緑の国〉で発掘された古代遺物よ」


 魔女王の話を確かめるため、胸元に手を当てて〈解析〉を使用する。

 確かにが二つ確認できる。一つは先代が持っていた〈魔核〉だ。

 そして、もう一つ――


「なるほど、これが〈疑似霊核〉か」


 俺の右手には〈魔女王〉の身体の中にあった〈疑似霊核〉が握られていた。


「え? え、え? どうして、それが……」

「ん? 機能を停止してたみたいだから取り除いたんだけど、ダメだったか?」

「い、いえ、別にそう言う訳じゃ……どうなってるのよ……」

「諦めてください。これがシイナ様です」


 別に驚くようなことではない。いつも通りに〈分解〉を使って取りだし、手の中で〈再構築〉しただけだ。名前の通り人工的に造られた〈霊核〉みたいだが、このくらいのものなら再現は難しくないしな。

 古代遺物らしいが、かなり簡素な作りだ。

 たぶん量産することを前提に作られたものじゃないかなと思う。


「念のため、身体をチェックさせてもらってもいいか?」

「え、ええ……」


 魔女王の身体を詳しく〈解析〉してみるが、やっぱりそうか。

 テレジアの時と同じだ。〈魔女王〉の身体は人間の死体がベースに使われていた。

 恐らく使用したのは〈魔女王〉本人の亡骸だろう。


「槍を貸してもらっても?」

「どうぞ……」


 魔槍を受け取って再び〈解析〉を使用すると、大体どういうことか分かった。

 この魔槍は敵の魂だけでなく、契約者の魂も刈り取るようだ。と言っても〈魂の契約書ギアスロール〉のようなもので、契約者が死亡した際にその魂を槍が吸収する仕組みになっていた。

 恐らく魔槍に取り込まれた魂を使って〈魔女王〉を蘇らせようとしたのだろう。

 しかし、それでは不完全だった。原因は恐らく〈魔核〉だ。

 魔力暴走を引き起こしたことで魂が〈魔核〉へと変質し、それを先代が回収した。

 だから魔槍には〈魔女王〉の魂の一部しか遺されていなかったと言う訳だ。

 それが〈魔核〉を吸収したことで完全な状態に戻り、記憶と自我を取り戻したと言ったところか。

 記憶を取り戻したのはシオンに続いて二例目だな。

 なにか共通点のようなものがあるのだろうか?

 

「大体、分かった。でも、このままだと長くはないぞ?」

「……分かっているわ。どのくらい保ちそうなの?」

「保って一年と言ったところだな」


 テレジアの時と同じ人間の死体を使った不完全なホムンクルスなので、いまの状態では長くは保たない。恐らく残された寿命は一年と言ったところだ。

 疑似霊核で動いている状態なら数年は保ったかもしれないが、魔核を吸収したことで不完全な肉体では力に耐えられなくなってしまっているのだ。そのため、力を使えば使うほどに寿命を縮めることになる。


「一年も保てば十分よ」

「カルディア……」


 どこか覚悟を決めた表情を見せる〈魔女王〉を、心配するセレスティア。

 余命宣告されれば、そういう反応になるのも頷ける。

 しかし、深刻な表情を浮かべているところ悪いが、


「このくらいならどうにかなると思うぞ?」

「え……」


 テレジアの時にも一度経験しているので、このくらいなら簡単に治せる。もっともデメリットがない訳ではない。身体の構造を造り変え、魔核も調整しなおすことになるので記憶を失う可能性はあった。

 実際テレジアが過去の記憶を持っていないことからも十分ありえるリスクだと考えている。

 そのことを説明すると〈魔女王〉は――


「……少し考えさせて頂戴」


 そう、答えるのだった



  ◆


 

「どうかしましたか?」

「いえ、記憶を失うリスクを深く考えていなかったと思って……」


 どことなく様子のおかしいオルテシアに声をかけるテレジア。

 心配して声をかけてくれたテレジアに、オルテシアは椎名とカルディアのやり取りを思い出しながら答える。

 結局、カルディアは椎名への返事を保留にした。

 助かる方法があるのだとしても、記憶を失うリスクを恐れたからだ。

 そんなカルディアの姿を、オルテシアは自分に重ね合わせていた。

 椎名との契約。死後、ホムンクルスに生まれ変わるということ。

 それが、どういうことを意味しているのかを深く考えて来なかったからだ。


「ご主人様との記憶を失うのが怖い。そう言ったところですか?」

「……やっぱり、分かりますか?」

「ええ、顔に書いていますから」


 オルテシアが恐れているのは死ではなかった。

 ホムンクルスに生まれ変わることで、椎名との記憶を――思い出まで失ってしまうのではないか?

 それが、いまになって怖くなったのだ。


「テレジアさんは過去の記憶を取り戻したいと思ったことはないんですか?」


 テレジアに前世の記憶がないことはオルテシアも聞いていた。

 過去の自分を覚えていないというのが、どういう気持ちなのか分からない。

 だからテレジアの考えを聞きたかったのだろう。

 しかし、


「分かりません。そもそも覚えていないのですから」

「ですよね……」


 テレジアの答えは分かりきったものだった。

 そもそも過去の自分を知らないのだから気に留めようがない。

 人間で言えば、前世の記憶がないことを気に病むようなものだからだ。

 それでも敢えて答えを求めるのであれば、


「ですが、ご主人様と出会えたことには感謝しています。過去の自分がどうあれ、いまご主人様にお仕え出来ていることが私の喜びであり、すべて・・・ですから」


 それがテレジアの素直な気持ちだった。

 過去など関係ない。現在いま、椎名に仕えられていることが自分にとっての幸せだと、はっきりと断言できるからだ。


「結局、なにが一番大切かは人によって違いますから、他人に答えを求めても結論はでないと思いますよ。それに――」

「それに?」

「亡くなった後のことを考えるだけ無駄です」


 確かにその通りだとオルテシアは納得させられるのだった。



  ◆



「アルカの容態は如何ですか?」


 心配そうな表情で尋ねてくるセレスティア。

 先代だが、あれからずっと深い眠りについていた。

 万能薬の効果はでているみたいだが、


「命に別状はない。ただ、いつ目覚めるかは分からないな」


 いつ目が覚めるかまでは分からなかった。

 身体に異常はないし、魔力も問題なく循環できている。

 そのうち目が覚めるとは思うのだが、このまま何ヶ月も目が覚めないという可能性も考えられる。

 色男の時に似た症状だ。

 色男? あ、あれがあったな。


「これを使ってみるか」

「……シイナ様、それは?」

「〈覚醒の大槌〉と言って、どんなに深い眠りからも叩き起こす魔導具だ」


 黄金の蔵から〈覚醒の大槌〉を取り出してセレスティアに見せる。

 以前、色男が目覚めないというからエミリアに貸した魔導具だ。これで眠っている相手を叩けば、どんな深い眠りからも覚ますことが出来る。冬眠中のドラゴンすら起こすような代物だ。

 ヘイズが仕事をさぼって昼寝ばかりしているとレギルが言うから作ったんだよな。


「……そのまま永眠しそうな見た目ですけど、大丈夫なのですか?」

「たぶん大丈夫だ。実験済みだし」


 まだモンスター以外だとヘイズと色男にしか試したことはないが、たぶん大丈夫なはずだ。

 そもそも、このくらいで死ぬような柔な身体はしてないだろう。


「早速、試してみるか」

「では、私にやらせて頂けませんか?」

「別にいいけど」

 

 好奇心に満ちた表情で〈覚醒の大槌〉を受け取るセレスティア。

 そして――


「えっと魔力を込めて……」


 大槌に魔力を込める。

 ちょっと魔力を込め過ぎなような気もするが……大丈夫だよな?

 大槌を握る手にも力が籠もっている気がしなくもない。

 そして、


「アルカ! また、カルディアあのこに悲しい顔をさせるつもりですか!?」


 セレスティアは大声で先代の名を叫び、


「いい加減に目を覚ましなさい!」


 全力で先代の頭目掛けて大槌を振り下ろすのだった。

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