第177話 もう一人の錬金術師

「驚きました……針の穴を通すような緻密な魔力操作。卓越した技術と集中力。私以上の魔法使いがいるなんて……」


 あれだけの数の魔法を浴びても〈魔女王〉は生きていた。

 恐らく〈千の雨サウザンドレイン〉が命中する瞬間、防御に全魔力を集中させたのだろう。あの一瞬で判断を下したこともさすがだが、攻撃から防御に転じる切り替えの速さも見事と言うしかない。

 確かに彼女の魔法式の構築スピードや技術は、先代が言うように俺に匹敵するレベルのようだ。

 でも、服は守れなかったらしい。身体に羽織っていた黒い外套ローブはボロボロで、胸元や太股など素肌がほとんど見えてしまっている。いやまあ、あれだけの数の魔法が命中して被害が服だけで済んでいるのは凄いことなのだが、どうしていつも服だけが被害に遭うのか謎だ。


「いつから意識があったんだ?」

「……〈紅き創星の炎プロミネンスノヴァ〉を放った後から薄らと意識があったわ。はっきりと自分が何者であるのかを思い出したのは、あなたと魔法を撃ち合っていた辺りからだけど……」


 やっぱりか。

 戦っていて分かったが、明らかに人の意志を感じる動きだったしな。

 紅き創星の炎プロミネンスノヴァと言うのは、恐らくは湖を作ったあの爆発のことだろう。

 魔法障壁を全開で展開したというのに、また一つ身代わりのタリスマンを消費させられたしな。

 恐ろしい破壊力だった。


「あなたは一体、何者なの?」


 そんな風に尋ねられてもな。俺は俺だとしか言いようがない。

 でも、彼女が求めている答えは、きっとそんなことではないのだろう。

 だから――


「〈楽園の主〉だ。未来のって但し書きは付くけど」


 そう、答える。なんとなくだが、彼女は俺と似ていると感じたからだ。

 彼女の魔力操作の技術は才能の一言で片付けられるレベルではなかった。

 いや、才能もあったのかもしれないが、努力の末に身に付けた技術であることは見て取れる。恐らくは魔法式の技術や知識も習得するのに、血の滲むような努力をしたはずだ。

 彼女がそこまでの努力を重ねた理由。たぶん、それは――


「アルカの後継者なら納得だわ。やっぱり私の力では、あの人たち・・・・・には届かないみたいね……」

「そんなことはありませんよ」


 俺の話を聞いて一人納得した様子で肩を落とす〈魔女王〉に声をかけたのは、セレスティアだった。

 先代を背負ったテレジアや、オルテシアの姿も確認できる。

 決着がついたのを確認して、様子を見に来たのだろう。


「見せてもらいました。あなたの力は私たちに匹敵します」

「でも、彼には余裕すらあった。得意の魔法戦に持ち込んだのに、まったく勝負にすらならなかった……」

「それはシイナ様がおかしいだけです」


 ちょっと待て。さすがにそれは聞き捨てならないんだが?

 いやまあ、魔法の撃ち合いなら負ける気はしないけど……。そもそも弾幕勝負なら俺の方が有利だしな。

 魔力操作の技術なら負ける気はしないと言うのもあるが、こっちは魔導具を使っている分、有利だからだ。これで負けたら一から鍛練のやり直しをするところだ。また三十年くらいダンジョンに引き籠もって出て来ないと思う。


「アルカのことも心配は要りませんよ。シイナ様の魔法薬が効いたみたいで、いまは眠っていますが命に別状はありません」


 あ、やっぱり〈万能薬〉は効果あったんだな。

 先代は効果がないと言っていたが、そもそも万能薬は身体の異常を元の状態に戻す薬だ。病気を治している訳でも状態異常を治療している訳でもなく、正確には元通りの異常がない状態に巻き戻して・・・・・くれる薬だしな。

 精神にダメージを負っても効果はあると思っていた。

 そうでなければ、精神系の攻撃でダメージを負った人の状態異常を治せるはずもないからだ。実際、〈万能薬〉が精神操作系や幻覚症状を引き起こす魔法にも効果があることは実験済みだ。


「〈女王の槍レジーナ・ハスタ〉の呪いを治療した? ……彼は本当に何者なの?」

「錬金術師ですよ。あの負けず嫌いのアルカが『凄い』と手放しで褒めるくらいの」


 先代が俺のことを褒めていたとは初耳だ。負けず嫌いというか、素直じゃないからな。

 しかし、先代が受けたのは呪いだったのか。

 まあ、呪いも状態異常の一種ではあるし、万能薬で治療できても不思議ではない。

 なぜか、俺の呪いには効果がないみたいだけど……。実験で〈万能薬〉を何度か自分で飲んだことはあるが呪いが消えていないことからも、効果がないと考えていいだろう。

 スキルのデメリットみたいなものだし、この状態が普通だと認識されているのかもしれないな。


「まさか、彼は……」

「ええ、あなたが考えているとおりです」


 なんのことか分からないが、納得した様子を見せる二人。

 人の顔を見て、勝手に納得しないで欲しいのだが……。

 いや、待てよ。もしかして――


「服がボロボロですね。シイナ様、なにか身体を隠せる物をお持ちではありませんか?」


 やっぱりだ。

 突然、二人が意気投合したかのように俺の方を見て、納得した理由を察する。

 しかし、これは不可抗力だ。堂々としていれば――


「私の替えの服でよければありますが……」


 そう言って、マジックバッグからメイド服を取り出すテレジア。

 着替え用にと何着か渡してある予備のメイド服だ。


「ご主人様、よろしいですか?」


 どうして俺に聞いてくるのか分からないが、取り敢えず頷いておく。

 この状況で反対すれば、変態扱いされても文句は言えないしな。

 いやまあ、着替えにメイド服を渡すのもどうかとは思うけど。

 まだ予備のローブを渡した方がマシな気がしなくもない。


「この服は……正気なの? 私はあなたたちの命を狙ったのよ……」

「問題ありません。ご主人様が許可されたと言うことは、問題ない・・・・と言うことですから」


 どことなく困った顔をする〈魔女王〉にメイド服を押しつけるテレジア。

 渡された替えの服がメイド服だと、困惑するのも分かる。

 なぜか俺が許可をだして、メイド服を〈魔女王〉に着せようとしているみたいな話の流れになっているのが気になるけど……。

 まさか、テレジアにメイド好きなことがバレているなんてことは……。


「主様、どうかされましたか?」

「い、いや、なんでもない……」


 オルテシアに僅かな動揺を察知されるが、何事もなかったのように装う。

 とにかく、ここは平静を保つしかない。

 なにも悪いことをした訳ではないのだから、堂々としていれば大丈夫なはずだ。

 変に言い訳をすれば、やましいことがあると認めるようなものだしな。


「完敗ね。すべてを話すわ。私の知っていることをすべて……」 

「いや、それは別にいい」

「なにを言って……」

「言葉にせずとも分かる」

「まさか!? すべてを分かった上で、私にトドメを刺さなかったと言うの?」


 いや、むしろこの状況で全部正直に話されるとトドメを刺されるのは俺の方だと思うのだが?

 服をボロボロにしたことは悪いと思っているが、本当に態とではないのだ。

 あとメイド好きというのも誤解ではないが、深く追求しないで欲しい。

 と弁明しても、こういう場合は男の方が不利だしな……。


「先に戻っている」


 こういう時は逃げるが勝ちだった。



  ◆



「本当に凄い人ね。まるで、なにもかも見透かされているみたいに感じたわ」


 そう話すカルディアの気持ちが、セレスティアにはよく分かる。

 椎名はただ強いだけではない。本当にすべて分かっているかのように先を見据えた行動を取ることがあるからだ。今回も一早く異変に気付き、アルカの窮地を救って見せた。

 恐らくカルディアを相手に敢えて魔法戦を挑んだのも、戦いの中で彼女に自分を取り戻させるためだったのだろう。

 女王の魔槍レジーナ・ハスタの効果も恐ろしいが、最も危険なのはカルディアを相手に距離を取ることだった。魔法の撃ち合いになれば、世界一の魔法使いであるカルディアに敵う者などいないからだ。

 彼女の得意な距離で戦えば、アルカやセレスティアでさえ勝てるか分からない。

 そんな相手に得意の距離を譲り、圧倒して見せた椎名の力はセレスティアから見ても異常だった。


「シイナ様には未来が視えているようなのです。だから、あなたの置かれている状況も瞬時に理解されたのでしょう」

「そういうこと……やっぱり、彼がアルカの目指した理想の錬金術師・・・・・・・なのね」

「はい。――――へと至った錬金術師。間違いないでしょう」


 セレスティアの話を聞き、カルディアは納得した様子を見せる。

 それなら話を聞かずに立ち去ったことにも頷けるからだ。

 しかし、


「あなたたちには話しておくべきでしょうね」


 セレスティアたちには説明しておくべきだと、カルディアは考える。

 この世界の命運を椎名一人に託す訳には行かないからだ。


「もう気付いているとは思うけど、私を蘇らせた錬金術師・・・・と〈精霊喰いエレメントイーター〉を世界樹に寄生させた犯人は同一人物よ。それは――」


 三年前に教会の総本山がある〈緑の国〉から派遣され、魔族の国の司教となった高名な治癒士。

 魔王の信頼が厚い〈紫の国〉の代表の一人――


「ガブリエル司教よ」 

 

 と、カルディアは告げるのだった。

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