第150話 予期せぬ異変
「――以上が、ロガナー家に関する報告です」
玉座の間で、メイド服を着た短髪の女性から報告を受けるアルカの姿があった。
銀色の髪やアインセルト家のノウェムと顔立ちがよく似ていることからも分かるように、彼女の正体はホムンクルスだ。
楽園の三大貴族の一角、ロガナー家に預けられていたホムンクルス。
それが、彼女――エクストラナンバーの一体、七号だった。
余談ではあるが、アインセルト家のノウェムは九号。
サリオン家に預けられているホムンクルスは八号と呼ばれている。
「ご苦労様。ずっと不思議だったんだよね。でも、ようやく合点がいったよ」
アルカが三大貴族にホムンクルスを預けたのは、人間の中で生活させることで起きる成長や変化を観察したいというのが理由の一つにあるが、もう一つの理由として貴族を監視するためと言うのがあった。
実際にはそこまで厳密に監視を行っている訳ではないが、ホムンクルスを預けることでバカな考えを起こさせないように枷を填めることにしたのだ。だから不思議に思っていた。
ロガナー家の当主が、復讐などというバカな行動を起こしたことに――
最初の一件は椎名のことを本物の錬金術師だと知らなかったと考えれば、それほどおかしな行動ではない。しかしアルカが椎名の実力を認め、後継者に指名したというのに、自分の感情を優先して復讐に動くというのは不思議でならなかった。
だから七号に当主のことを調べさせていたのだ。
すると――
「まさか、ロガナー家の当主がオルテシアと同じ
ロガナー家の当主が〈灰の神〉の権能を所持していたことが分かった。
息子と同じ〈青き神〉のユニークスキルを所持していると公言していたようだが、それは本当のスキルを隠すための偽装だったようだ。
ロガナー家は〈精霊の一族〉ではなく純粋な人間であるため、神の恩恵が身体的な特徴に現れることはない。そのため、自分のスキルを上手く隠し通せて来られたのだろう。
しかし〈灰の神〉の加護を受けているのであれば、ロガナー家の当主の豹変振りに納得が行く。
恐らくあれは――
「少し遅かったみたいだね」
激しい揺れを感じて、やれやれとアルカは溜め息を吐く。
いま城の地下には、ロガナー家の当主が捕らえられていた。
この様子では間違いなく――
「し、失礼します! 牢からの報告で――」
「ロガナー家の当主がモンスターに変化したって言うんだろう?」
慌てて謁見の間に駆け込んできた騎士の報告を待たず、答えを口にするアルカ。
既にアルカが状況を把握していると思っていなかった騎士の男は唖然とする。
しかし、相手は〈楽園の主〉だ。
神ならばすべてを察していても不思議ではない、と自分を納得させ報告を続ける。
「はい。現在、騎士団長が対応に当たっておられます」
「なら心配いらないね。
騎士団長が対応していると聞き、それなら自分が出る幕はないとアルカは返す。
オルテシアと互角以上に戦えるのは騎士団長しかいないと前に言ったが、実際に戦えば騎士団長が勝つとアルカは確信していた。
少なくとも、いまのオルテシアに敵うような相手ではない。なにせ単純な戦闘力だけなら、アルカの弟子の中でも特に優秀な魔法使い――魔法学院の学院長を凌ぐほどの実力を持つからだ。
椎名や三賢者が異常なだけで、人間のなかでは最強と言って良い。
「でも、これはいよいよ放って置けなくなってきたかもね」
実のところ、ここ最近ロガナー家の当主やアドリスのように性格が豹変し、事件を起こす者が増えていた。
いままでは確かな証拠もないため、ただの偶然で片付けられていたが、こうも立て続けにモンスターに変化する者が現れ始めると、スキルとの関連性を疑わざるを得ない。
いま思えば、悪夢を見続けていたというオルテシアの言葉と、後先を考えない行動も〈灰の神〉の影響を受けていたのかもしれないとアルカは考える。
ただ、問題はアドリスだ。
エミリアの話では、彼は元々ユニークスキルを所持していなかったという話だった。
そのことから可能性として考えるのは
ダンジョンで得られるスキルは一人につき一つと言うのが常識だが、汎用スキルしか持たない者の中でも稀にスキルが成長し、恩恵から権能へと再覚醒することがある。世界樹の加護がスキルに何かしらの影響を与え、アドリスのスキルを覚醒に導いたのだとすれば考えられない話ではなかった。
問題はそれを確かめる術が既にないと言うことだ。
いまのアドリスはモンスター化の影響なのかは分からないが、元々持っていたスキルを失っていた。
「いずれにせよ、警戒しておくことに越した事は無いか」
騎士団に調査させることをアルカは決める。
このまま放置すれば、一年後に予定している作戦にも影響を及ぼしかねないと考えたからだ。
それにオルテシアのお陰で対策を講じられることも分かった。
椎名の言うように〈
「後輩くんには、また一つ借りが増えそうだな」
椎名に頭を下げることになりそうだと、アルカは溜め息を漏らすのだった。
◆
「此度の件、格別のご配慮をいただき深く感謝申し上げます」
膝をつき、緊張した面持ちで感謝を述べる短い緑髪の男。
細身ながら引き締まった筋肉をしており、歴戦の冒険者を思わせる風貌をした彼の名はディルムンド。長老会の一角を務める十家の当主にして、オリハルコン級の冒険者だった。
その隣で同じく頭を垂れている
ディルムンドの妻にして、夫と同じオリハルコン級の冒険者だ。
二人はエミリアとイスリアの両親でもあった。
「礼を言われるようなことはしていません。むしろ、あなたたちには謝罪しなければならないくらいです」
そう言って頭を下げるセレスティアに驚く二人。
無理もない。精霊と共に生き、世界樹を信仰するこの国の人々にとって〈巫女姫〉とは神の御遣いと呼ぶべき存在だ。そのような人物に頭を下げられれば、驚くのも当然であった。
「お止めください。巫女姫様が謝罪されるようなことでは……こうして助けて頂いたことを感謝しているくらいで……」
「その感謝はエミリアとイスリアに伝えてあげてください」
自分はなにもしていないとセレスティアは首を横に振る。
実際、霊薬を調合したのはエミリアだ。そして、その薬をイスリアは冒険者たちと共に命懸けで故郷に届けた。だと言うのに、イスリアから霊薬を取り上げた者たちがいたことに、セレスティアは怒りを覚えると共にエミリアの家族に申し訳なさを覚えていた。
出来るだけ政治に口を挟まないようにしていたとはいえ、あのような者たちを放置してきた責任は自分にもあると考えたからだ。
「良い娘を持ちましたね」
「はい、私たちには勿体ないくらいの子供たちです」
心からエミリアたちに感謝していることが、その言葉や表情を見れば分かる。
腐った長老会のなかにも、まともな人間はいる。
それが分かっただけでも、まだ救いはあるとセレスティアは感じる。
故に――
「これが罪滅ぼしになるとは思えませんし、むしろ厄介事を押しつけるようなカタチになってしまいますが、セレスティアの名において〈風の民〉の長ディルムンドを長老会の筆頭に任命します」
「そ、それは……いえ、謹んで拝命いたします」
彼ならばこの国を良い方向に導いてくれると信じて、セレスティアはディルムンドを長老会の筆頭に任命するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます