第149話 断罪
椎名が研究施設で実験を行っている頃、〈青き国〉のダンジョンの入り口にセレスティアの姿があった。
楽園を追放になったロガナー家の人々をエミリアが〈青き国〉に案内することになったことから、セレスティアも同行することになったためだ。
というのも、楽園と地球の国々を行き来するには、深層を経由して各国へと繋がるダンジョンの入り口を目指しかない。楽園への避難が簡単には行かないのはこれが理由で、モンスターと戦いながら片道一ヶ月以上の道程を移動するのは冒険者と言えど簡単なことではなかった。
危険を伴う命懸けの旅になることから、護衛クエストの受注条件もミスリル級の冒険者が最低五人は必要とされている。しかし、セレスティアの護衛はイスリアと共に帰国しているため、エミリアに同行できる者がいないことからセレスティアが同行を申し出たと言うことだ。
だと言うのに――
「そう言えば、これがあったのを忘れていました……」
ロガナー家の人々と話をしているエミリアを見て、セレスティアは溜め息を吐く。
本来は命がけの旅になるはずなのに、エミリアが落ち着いていた理由がようやく分かったからだ。
その理由とは〈
まさか〈楽園〉から〈青き国〉へ移動するための手段として〈
それもそのはずで〈
こんな使い方をするものではなかった。
「エミリア、帰りはどうするつもりなのですか?」
「ダンジョンのなかで、こちらの青い印が入った〈帰還の水晶〉を使えば〈楽園〉に戻れるとシーナが……」
「アルカといい、錬金術師というのは何でもありですね……」
アルカとは長い付き合いだ。
だから理解していたつもりでも、椎名の非常識さをセレスティアは再確認する。
通常の〈
それが、事前に座標を登録する必要があるとはいえ、任意のダンジョンの入り口に転移できる魔導具など常識が覆るような代物だ。これがあれば、楽園への避難も予定よりスムーズに進むだろう。
ミスリル級以上の冒険者を集める必要もないからだ。
いや、それだけではない。各国の要人を集めた会合も容易に行えるようになる。避難計画だけでなく〈大災厄〉の対応についても協議する必要があるため、これは大きな助けになるとセレスティアは考える。
「楽園に戻ったらシイナ様に相談する必要がありますね」
本人にとっては当たり前のこと過ぎて、事の重大さに気付いていないのだろう。
昔からアルカもそういうところがあることから、セレスティアは錬金術師というものをよく分かっていた。
量産が可能であれば、すべて買い取る方向で話を進める必要があるとセレスティアが考えごとをしていると――
「姉さん!? どうして、ここに――」
「イスリア?」
イスリアの声が聞こえてきた。
ダンジョンの入り口でエミリアの姿を見つけて、驚くイスリア。
まさか、こんなところで姉と再会するとは思っていなかったのだろう。
「いろいろと事情があってね。あなたこそ、どうしたの?」
「ああ、うん。霊薬は無事に届けたんだけど、ちょっといろいろとあって……相談したいことがあるから一度、楽園に戻ろうかなって……」
よく見ると、少し離れた場所にエミリアも知った顔の姿があった。
巫女姫の護衛に選ばれた
全員がミスリル級の実力を持っていて、相応に名の知れた冒険者だった。
「それなら、明日一緒に帰りましょう。シーナから便利な魔導具を預かってきたから、その方が安全だしね。それより父さんと母さんに相談したいことがあるのだけど、いま家にいる?」
「え、あ、うん……いるにはいるけど……」
どことなく様子のおかしいイスリアを訝しみながらも、エミリアはロガナー家の人々を実家まで案内するのだった。
◆
家族水入らずの邪魔をするのは、さすがにセレスティアも気が引けたのだろう。
エミリアたちと別れて、数人の護衛と共に政庁へと向かっていた。
しかし、
「巫女姫様!?」
政庁に着くなり慌てて駆け寄ってきた長老たちに膝をつかれ、セレスティアは辟易とした表情を浮かべる。
彼女が常に認識阻害の外套を羽織っているのは呪いだけが理由ではなく、こう言ったことが行く先々であるからだ。
「私の留守中に変わったことはありませんでしたか?」
「何事も無く平穏そのものです。この国は世界樹の力で守られておりますので」
「はあ……そういうことを聞いているのではありません。
いつもの調子で世界樹を盲信する長老の一人に呆れるセレスティア。
セレスティアが気にしているのは〈魔女王〉の残した結界の方だった。
世界の半分を覆い、〈
あの結界にもしものことがあれば、この世界は終わりを迎える。
アルカのホムンクルスたちが監視を行っているとはいえ、不安がまったくない訳ではなかった。
そのため、セレスティアも警戒を促しているのだが――
「〈魔女王〉が残した例の結界ですか。いまのところ大きな動きはないようです。しかし、この国は世界樹に守られています。不測の事態など起きようが――」
この調子だった。
勿論、全員がそうと言う訳ではないのだが、世界樹を盲信している民は多い。長く生きている者ほど世界樹に対する信仰は厚く、自分たちは世界樹の加護を受けた特別な存在だと勘違いしている者も少なくない。
精霊の一族が長命種であることも原因の一つにあるとセレスティアは考えていた。
そのため――
「もう、いいです。自分の目で確かめてきます。ああ、そう言えば、先にイスリアたちが帰ってきたと思いましたが、霊薬の件はどうなりましたか?」
「それでしたら、こちらに――」
霊薬の入った箱を見せてくる長老の行動に、嫌な予感を覚えるセレスティア。
負傷した冒険者たちの治療に
「……どうして、それがここに?」
「姉が作ったものだとディルムンドの娘は主張しておりましたが、幾ら〈巫女姫〉様の後継者とはいえ、二百年しか生きていない未熟者が霊薬を作れるはずもありません。なにせ五百年以上、薬師をしている儂ですら霊薬を調合することなど出来ぬのですから」
「……それで?」
「大方、巫女姫様が〈楽園の主〉より譲り受けたものを自分たちの成果と偽って負傷した両親を助けようと考えたのでしょうが、長老会の権限で霊薬は没収してやりました。そもそも国を捨ててダンジョンに移り住むなど、最初から反対だったというのに……。世界樹と巫女姫様に守られているこの国が、モンスター如きに滅ぼされるはずもありませんから。冒険者たちが負傷したのは自業自得。貴重な霊薬をそんな者たちに使うなど――」
話を終える前に長老の頭が弾け飛ぶ。
聞くに堪えなくなったセレスティアが、長老を
「ああ、もう。我慢の限界です」
怒っていた。
認識阻害のローブをつけていても、はっきりと分かるくらい怒りのオーラが滲み出ていた。
無理もない。勝手な思い込みでエミリアの努力を踏みにじったのだ。
なにより、霊薬のレシピと〈賢者の石〉をエミリアに託した椎名の想いを否定した者を許せるはずがなかった。
「これでは、シイナ様に顔向けが出来ません。どうしてくれるのですか? あなたたちは――」
「お、落ち着いてください! 巫女姫様! 一体、我々がなにを――」
「それが理解できないなら
また一人、セレスティアに殴られて絶命する長老。
十家のうち二つの家の長老が一瞬にして命を落としたことに場は騒然とする。
しかし、誰一人としてセレスティアに反抗する者はいなかった。
いや、なにも言えなかったのだ。
迂闊に口を開けば、次は自分の番だと理解できるからだ。
「楽園に戻る前にやるべきことが増えたようです。これではアルカのことを言えませんね」
本当に嫌になると、怒りと嫌悪感を少しも隠そうともせず――
青い顔で震える長老たちを、セレスティアは睨み付けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます