第11話 大人になるっていうこと
達志、由香、猛、さよな……この四人こそが、小中高と共に歩んできた、幼なじみであった。
「なんだ、十年ぶりに起きたわりには元気そうじゃん」
「……相変わらずだなお前は」
「起きて本当良かったよー……」
「心配かけたな」
赤毛のツンツンヘアー、がたいはよく当時バスケ部のエースだった猛。黒髪ロングを腰まで伸ばした、清楚系大人しめ女子だったさよな。
それぞれ、高校時代……いやそれより前から、異性からモテていた。
思い返せば由香も人気あったし……もしかして、四人の中で自分だけモテてないんじゃないか、と場違いと時違いな残念感に押し潰される達志。
だが今、それを言っても仕方ない。昔のことだ。まあ達志にとっては、昔ではないが……
ともかく、二人ともあれからさらに大人っぽくなり、さよなに関しては由香に負けず劣らずの色気を出している。
由香が押し出しのエロとするならば、さよなは内に秘めたエロとでもいうべきか。
いかんいかん、なにを考えている。
「しかしよくわかったなー、十年も経ってんのに。
あ、もしかして俺って当時の若さを保ったままとか? いやぁ参ったね」
「アホか、さっき母さんや由香に会ってるし、さすがに予想つくわ。
にしても……猛、背伸びたな。あの頃でも百八十あったのに、今じゃ二メートルあるんじゃね?」
「バッカ、そんなねえよ。せいぜい百九十手前」
「ほぼ当たりじゃん。
さよなは、眼鏡にしたんだ。似合ってんじゃん」
「あ、ありがと。あれから、目が悪くなって……」
由香に続き、やはり十年も経てば変化するものだ。二人とも、由香ほどの身体的変化はさすがにないが……
それでも、直前に母や由香と会っていなければ、こうしてすんなり受け入れられなかっただろう。
「二人は今、なにしてんだ? 由香は教師らしいけど」
「驚いたろー。俺はまあ、大工だな。親父の跡継いでさ」
「私は、デザイナー」
二人も、由香同様夢を叶えている。
それは嬉しいもので、やっぱり寂しさを感じる。
だが、それを表に出すのは、一人になった時でいい。
「すげぇじゃん! なあ、どうせなら外で話さねえ?」
「え、けどいいのか?」
「あんまり無理したら……」
「だーいじょぶだいじょぶ。気分転換に屋上になら行ってもいいって、許可貰ってるから」
実際、ずっと部屋に篭りきりというのも息が詰まる。外にでも出て、気分転換したいと思っていたのだ。
一人で出るというのは、少し怖くもあるので、こうして誰か居るときに。
なので、いいタイミングで二人が来てくれたと言えよう。
「じゃ、達志が大丈夫なら行くか」
……病室から出るのは、初めてだ。
道中、屋上への道を看護師に聞きつつ、目的地を目指す。病院の中にいる看護師や患者は、人もいれば人ならざる者、異形の者……獣人もいる。
だが誰もそれを気にしないどころか、仲良く話している。それが、この世界では当たり前なのだ。
時に迷い、時に道を聞き……なんとか、屋上へとたどり着く。
息巻いて部屋を出たはいいが、屋上につく頃にはもう達志の体力はゼロに近かった。
屋上に行くまでの少しの道でさえ、今の達志では息が切れるほどに体力が無くなっていた。
「と、年は取らなくても……た、体力は……てい、か……して……」
「だ、大丈夫か? やっぱ戻った方が……」
「気に、せず……行ってくれ。はぁ、はぁ……」
母がストレッチなどを欠かさずしてくれていたおかげで、体はわりとすんなり動かせた。しかし、運動となれば話は別だ。
これは、リハビリに相当の苦労がかかるかもしれない。
異常がなければ退院も遠くないと言われていたが……元の体力に戻るまでは、やはりここでお世話になるのかもしれないと、達志には不安が過ぎっていた。
これは一刻も早く、体力を戻さなくては……
「つ、ついた……」
決意を胸に、しかし今は猛の肩を借りて、屋上の扉を開く。
全盛期ならこのくらい、息切れすら起こさなかっただろうに、時間の流れというのは恐ろしい。
屋上からは、病院の敷地が一望できる。庭が広がっており、噴水まである。
庭では、車椅子に乗った患者が散歩していたり、子供たちが遊んでいたり、仲睦まじい光景が広がっていた。
部屋の中にいたのでわからなかったが、病院の規模も大きいようだ。異世界からの住人が来て、新しく建てたものかもしれない。
よく見れば、わりと新しい建物だ。
「はぁ、風が……きもちい……」
額に汗を滲ませる達志にとって、頬を撫でる風は心地よいものだ。目を細め、風を顔で受ける。
そんな中で二人に目を向けると、こちらを微笑ましそうに見ているではないか。
途端に恥ずかしくなった達志は、コホンと咳ばらい。
「それより、職業も違うのに二人一緒に来るなんて、なに、二人付き合ってんの?」
「な、そ、そんなわけ……付き合ってなんて……」
「いやーないない。なあ?」
「…………ソウダネ」
今の問い掛けで、取り乱してくれでもしたら面白いのに、と思っていたのだが。どうやら無駄だったらしい。
少なくとも猛に関しては。
猛に同意を求められたさよなは、赤面から一辺、無表情の鉄仮面になっている。
猛はさよなの変化には気付かないまま、楽しげに話している。
さよなは小さくため息を吐くのだが、まあいっか、と二人の会話に混ざる。
由香と同じように、昔の話を思い出して、この十年の歩みを思い出して。
由香と猛とさよな。どうやら三人はちょくちょく連絡を取っているらしい。幼なじみの縁とは簡単には切れないものだ。
今回は、母みなえから連絡を貰った由香、猛、さよなの三人が、それぞれ達志のお見舞いに来たということだ。
猛とさよなはたまたま二人とも休みであり、仕事中に抜け出してきた由香とは違い、ゆったりと来たのだという。
「しかしあのときは驚いたぜ、いきなり達志が意識不明になんて知らされた時は」
「ホントだよ。おばさんや、由香ちゃんなんてわんわん泣いて大変だったんだから」
「それはお前もだろー」
「た、猛くんだってっ」
「お、俺はそんなに泣いてねえし!」
幼なじみが、親友が、意識不明。
その事実を知らされ、バスケの試合をほっぽりだして来たという猛。泣きわめく由香を、必死になだめていたというさよな。
二人がわんわん泣いていたというのは今知った事実であり、おそらくそれは恥ずかしくて本人には言えなかったのだろう。
再会したときの様子から、察しはついていたが。
そして今、目の前の二人にも迷惑をかけていたことを改めて知る。
由香同様に迷惑をかけたとは思っていたが、猛がまさか試合を放り出してまで、来てくれたとは思わなかった。
バスケ部のエースで、バスケ命だったのに。
猛は昔のことだと言っているが、当時は非常に苦しい思いをさせたに違いない。
泣きわめく由香をなだめるさよなにも迷惑をかけた。それに、さよな自身も悲しみに暮れていた。
その時の由香の精神状態がいかなものか知るよしもないが、想像を絶するものだったに違いない。
それに対して申し訳ない気持ちは、もちろんある。だが、謝罪は違う。
きっとそんなこと求められてはいないし、こんな時に言う言葉ではない。だから、今言うべきは……
「……ありがとな、猛、さよな」
……感謝。十年分の思いを込め、感謝を。一言で表すには足りない、しかし重みの伝わる言葉。
それを受けた二人は、満足そうに微笑んでいて。
肩を組む猛と、笑いあい……それを見て笑顔を浮かべるさよなと、ハイタッチして。
時間を忘れて、話し、笑う。さよなに、付き合ってる人や好きな人はいないのか、なんてからかったりもして……ふと、懐に手を忍ばせる猛。
そこから出てきたのは、タバコの箱だ。
銘柄は知るよしもないが、それを見る達志を見て、はっとした猛はタバコを収める。
「わり、病人の前だな」
「病人って感覚はもうないけど……吸ってんだ、タバコ」
「あぁ……まあ、な」
達志はタバコが嫌いだ。まず匂いが、生理的に受け付けない。
それに自分の体だって悪くする。毒だ毒。当時は、そんなことを言い合っていた。
そう、猛とも同じことを言っていたのだ。なのに、なぜ……
「……会社の付き合いとかで、な」
聞かれたわけでもないが、猛は語り始める。達志が何を考えているかが、わかっているから。
「飲み会とか行くとさ? まあいるんだよタバコ吸う奴。十人以上も集まってんだから当然なんだけどさ。……で、店の個室なんて狭い空間だと嫌でも吸っちまうの。
ホントめんどくせえよ、趣味の話はできないわ毒吸わされるわ……だからまあ、タバコ慣れりゃ少しはマシになんじゃねえかってな。じゃないと、つまんねーことだらけで嫌になる」
猛は昔から、こういう奴だ、物事をはっきり言い、適当に見えてちゃんと考えている。……だが、社会ではそうもいかない。
嫌なもの全てに嫌なんて言って、それが通じるわけない。
嫌なことでも受け入れなければいけない。だから……
「だから……嫌でも慣れてくしかねーんだ。それが……大人になるってことだ」
「嫌な、ことでも……」
達志より先に…いや、達志だけが追いていかれ、大人になった幼なじみ。
その瞳には、大人になった嬉しさ、というよりも、大人になった憂いさが宿っているようだった。
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