第119話 夜のお散歩

 夕食を食べ終わり、すっかり辺りは暗くなった頃合い。

 俺達は一日越しの約束を果たすために、夜の海辺を散歩している。


「風が気持ちいいですね」


「そう……だな……あっ」


 ゆっくり歩いているだけだが腰がピキっときた。

 何がとは言わないが搾り尽くされたことで俺はげっそりしている。相対的に陽菜が艶々している気がするのはもはや語るまでもない。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫に見えるか?」


「はい♡」


 節穴かな?

 こちとらまじでくたばるかと思ったんだぞ……。

 昨日は男の性欲を舐めるなと息巻いていたが……どうやら俺は女の子の性欲を舐めていたらしい。


 まぁ、女の子とお付き合いするのは陽菜が初めてなので、平均がどんなもんなのかは分からないが、陽菜はおそらくえっちに対してかなり寛容的……いや、積極的といって差し支えないだろう。


 受け入れてもらえるのも、求めてもらえるのも彼氏としては嬉しいが……限度というものを考えていただきたい。

 もうすぐ学校も始まるし、性に爛れた生活をし続けるわけにもいかないので、何かしらルールを設ける必要があるだろうな……。


「玲くん? キツそうなら旅館に戻りますか?」


「……ああ、悪い。大丈夫だ」


 よく言えば積極的。悪く言えば積極的……過ぎる。

 そんな陽菜をルールで縛ることができるのか想像して気が遠くなった。

 そこらへんは話し合ってお互いの妥協点を見つけていくしかないと思うが……ゴリ押しされて俺が折れるんだろうなとなんとなく想像が着く。


 ま、その時はその時だな……。

 そんな風に現実逃避で見上げた夜空は、満天の星で彩られていてとても綺麗だった。


「星がよく見えますね」


「そうだな。見れてよかった」


 腰とか色々痛いけど、多少無茶して出歩いた価値はあるな。

 2泊3日の温泉旅行。今夜を逃せばこの約束は果たせなかった。

 そう考えると……わざわざ海と温泉旅行に来て……いや、やめよう。それは不毛だ。お互い満足しているならそれでいいじゃないか。


 でも……。


「せっかくの海だしもう少し遊んでおけばよかったな」


「そうですね。水着で玲くんをもっと誘惑しておけばよかったです」


「勘弁してくれ……と言いたいが、用意してもらった水着に出番がなかったのは申し訳ないと思っている」


 温泉は非常に満喫しているからともかくとして、海は実質初日だけ。

 陽菜だって俺のために水着を用意してくれていただろうし、それを拝めなかったのは残念に思うな。


「大丈夫ですよ。まだしばらく暑さは続きそうですし、お家でも水着を着て見てもらおうと思います。いっぱい誘惑できちゃうのが楽しみです」


 そうやって俺の理性を攻撃しようとして……本当に困った彼女さんだ。

 そういう楽しみ方はノーセンキューなんだが、なんだかんだ言い訳しつつ俺も楽しんでしまうんだろうな……。


「明日はどうする? せっかくだしちょっとだけ海で遊ぶか?」


「おや、私の水着姿が拝み足りなかったですか? 誘惑をお求めで?」


「誘惑はもう間に合ってる」


「スイカ割りします?」


「……しない」


「そうですか。残念です」


 見たいか見たくないかで言えばそりゃ見たい。

 陽菜なら頼めばいつでも水着を見せてくれるだろうが、海で水着姿というシチュエーションはこれを逃せば次いつになるか分からない。


「んー、帰り支度のことも考えると、私は旅館でゆっくりしたいですね」


「そうか」


「玲くんはどうなんですか? 海で連れ回してもいいくらい回復できそうですか?」


「……すみません。旅館でゆっくりさせてください」


 ただ歩くだけで腰がピキピキしてしまう現状。

 海ではしゃぎ回るのは体力的に厳しいかもしれない。


「明日は普通に起きて、一緒にお風呂に入って、朝ごはんを食べて、一緒にお風呂入って、お土産を買って、一緒にお風呂に入って……という感じでのんびり過ごしたいと思っています」


「うん……ソウダネ」


 果たしてそれはのんびりできるプランなのか不安になるな。


「玲くんはしたいことないんですか?」


「俺は……特にないな。陽菜と一緒に過ごせるならなんでも楽しいからな」


「嬉しいことを言ってくれますね。戻ったら寝る前に一緒にお風呂に入りましょうか」


「さっきからめっちゃお風呂推すじゃん」


「女の子はお風呂が好きなんですよ。温泉ともなれば尚更です」


 言いたいことはなんとなく分かる。

 肩凝りに効いたり、美肌効果があったり、温泉は入るだけ入り得って感じするもんな。


 でも、自業自得とはいえ夕食前に酷い目にあった身としては警戒してしまうな。

 ただでさえ今の俺は全身バキバキでろくな抵抗もできそうにないし。

 なんで陽菜はこんなに元気なんだ……?


「別に一緒に入るのは構わないけど……ゆっくりさせてくれよ?」


「……それはゆっくりさせるなというフリですか?」


「違う」


「……そうですか。善処はします」


「おい。マジで頼むぞ」


「……さっ、もう少しお散歩したら戻りましょうか。温泉が私達を待ってますよ」


 俺の頼みは見事にはぐらかされた。

 月の光に照らされた陽菜の誤魔化す姿がいい笑顔すぎて何も言えなかったな。

 頼むぞ……切実に。

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