第118話 くたばるまで

「ん……」


 とてつもなく重いまぶたをゆっくりと上げて、働かない頭でいつの間にか眠っていたことを理解する。

 時計は見えないが、外から差し込んでくるオレンジ色の光で、今が夕暮れ時であることはすぐに分かった。


 そのことからお察しの通り、日没まで続けるのはどうやら失敗したらしい。

 初めのうちはゆっくりめのペースで身体を重ねていたが、完全に理性が飛ぶのは時間の問題だった。

 そうなるとペース配分のことなんて頭からすっかり抜け落ちて、ただただ目の前の快楽だけを追い求めて、お互いに貪り合うことになった。


 敷かれた布団と露天風呂を何度行き来したかは覚えていない。

 汗だくになっては風呂で身体を綺麗にして、そのあとすぐにまた汚して……というのを何度も繰り返して朝を迎えた。


 いつの間にか力尽きてしまっていたため最終的にいつまで続けていたのかは分からない。

 ただ、使用期限が過ぎてただの紙切れに成り果てた朝食チケットを握り潰したことは覚えている。

 そのことと、今の疲労感を加味して……昼過ぎくらいまで続けていたんだと思う。


「ん、んぅ……」


 横から甘い声が聞こえて、腕に柔らかさと温もりを感じる。

 すべすべな肌が直で擦れるのが分かる。俺も陽菜も、疲れ果てて全裸のまま寝たんだろうな。


 首を動かして横を見るとすぐそこに陽菜の顔がある。

 気持ちよさそうにしているが、こうして落ち着いて、理性を取り戻してから考えると、かなりな無茶をさせてしまったなと思う。

 煽ってきた陽菜が悪いと言ってしまえばそれまでだが、もう少し優しくというか、身体に負担がかからないようにできたのではないかというのは反省ポイントだ。


 まあ、昼まで寝かせないようにしてる時点で無理な相談か。

 お互いに盛り上がると際限なく続けられてしまうが故の弊害……贅沢な悩みである。

 ただ、それを言い訳にし続けるのはよくないな。


 俺は陽菜が好きだ。

 好きだから大切にしたい。

 その想いに嘘偽りはない。


「……ごめんな」


 いまさらになって募る申し訳なさを吐き出して、陽菜を抱き寄せる。

 すっぽりと包んで覆うことができるくらいには華奢な身体だ。強く抱きしめると壊れてしまうのではないかと思ってしまう。


「それは……何に対してのごめんなんですか?」


 胸元で声がして、かかる吐息でくすぐったい。

 せっかく気持ちよさそうに寝ていたのに、今ので起こしてしまったようだ。


「悪い、起こしちゃったな」


「それはお構いなくです。それより……どういう意味のごめんなんですか? 日没までしてくれなかったことへの謝罪ですか?」


「そうだとよかったなぁ……」


 まさかそんなことを言われるとは思ってなかった。

 陽菜にとってそれが俺の非として認識されているのは驚くべきことだろう。

 でも、さすがにsunsetまではできなかったな。俺も陽菜も途中で力尽きてしまった。


「では、なんですか? 白状するまで離しませんよ」


 そう言って陽菜は俺の背中に腕を回して、ギュッと身体を押し付けてくる。

 抱き締め合う形になって、胸の感触がより一層伝わる。

 裸なんだからもう少し恥じらいを……と言いかけたが、俺も裸だし、先に抱き締めたのも俺なので何も言えずにどうしようかと押し黙ってしまう。


「何に謝ったんですか?」


「その……無茶させてしまったなと思いましてですね。身体は大丈夫……じゃないよな?」


「大丈夫ですよ。玲くん、すごく優しくしてくれましたから」


「……俺、結構激しくしちゃったと思ってるんだけど」


「激しいのと乱暴なのは違う話ですよ。玲くんのは激しくて、とにかく愛を感じられて、とても気持ちよかった……です」


 言ってて恥ずかしくなったのか言葉尻がすぼんでいく。

 それにつられて俺も顔が熱くなった。


「むしろ、謝るのは私の方ですね」


「え……?」


「玲くんはその……えっちするのに乗り気じゃなかったじゃないですか? それをいっぱい誘惑して、手を出してもらえるように仕向けたのは私です」


「誘いに乗ったのは俺だ。陽菜が謝ることじゃない」


「……そうですか。なら、これでおあいこですね」


「そうだな」


「……言っておきますが、私は嬉しかったですよ? いっぱいしてくれて……愛してもらえて幸せです」


 そう言って抱き締める腕が緩んで、俺の胸に埋めていた顔を上げて見せてくれる。

 ほんのりと朱に染った頬がどうにも色っぽい。

 そんな魅惑的な表情に当てられて、気が付くと吸い込まれるかのように唇を塞いでいた。


「んっ……おはようのキス、ありがとうございます」


「おはよう……って言ってももう夕方だけどな」


「もうこんな時間なんですか。どうりでお腹空いてると思いました」


 朝も昼も食べてないし、激しい夜の運動会を経ているからその空腹も当然のものだろう。

 俺も腹が減った。


「ご飯までまだ時間がありますね。先にお風呂入っちゃいましょうか」


「そうしてくれ」


「玲くんも行くんですよ?」


「……夕食も逃す羽目になるかもしれないぞ?」


「いいですよ、別に。その場合は玲くんがメインディッシュです」


「……冗談だ。さすがに勘弁してくれ」


 陽菜はどうなのか分からないが、俺は腰が痛い。

 散々搾られたこともあって、まだ戦うのは厳しそうだ。


 ブラフを張ってみたが、一瞬でその上をいかれるとは……。

 えっちな陽菜さん……恐るべし。


「む、なんだか失礼なことを思われた気がします」


「気のせいだって。えっちな子だなんて思ってないよ」


「……思ってるじゃないですかっ」


 頬を膨らませてポカポカ叩いてくる姿が微笑ましい。


「もうっ、そういう風に言うならえっちな子らしく搾り取ってあげます。ご飯まで時間もありますし覚悟してください」


「ちょ、本当に無理」


「無理じゃありません」


「死んじゃうって」


「じゃあ玲くんがくたばるまでで勘弁してあげます」


「それ、勘弁できてないよね?」


「お構いなくです♡」


 うーん、どうやら完全に火がついちゃったみたいですね……。

 風呂上がりの俺が干からびてないことを祈るよ……。

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