第117話 食後のデザート
陽菜に意地悪していると食事が運ばれてくる時間になった。
抱き締めて捕まえていた腕を緩めて離してやると、ホッとしたのと残念そうなのが混ざったような表情を浮かべる。
辱めから解放された安心感と、もっとこうされていたいという焦れったさもあるんだろう。中途半端な状態で解放したから余計にこの後のことを意識してしまうだろう。それでこそお預けの効果は高まるってもんだ。
「うぅ……」
「なんだよ?」
「……いえ、なんでも」
うっすらと顔を赤くして、こちらを恨めしそうに見つめてくる陽菜がかわいいな。
散々焦らされていったんお預けされるのは疼いてたまらないというのが顔に書いてあるようだ。
ご飯が到着する前ならいざ知らず。
こうして並んだ豪華なご馳走を前にして、自分を優先してほしいというのは陽菜としても言い出せないのだろう。
もっとも、俺はギリギリまで焦らすつもりなのでその手には乗らないが。ご飯待ちの時間で、リスクを取りながらも我慢してきたのは後の布石である。
「どれも美味そうだな」
「……そうですね」
本来なら海の幸をたくさん使用した豪華夕食を前にしてはしゃいでもおかしくないのに、心ここにあらずといった様子だな。
ま、今はそうでも食べ始めたら少しは気も紛れるだろう。後々のことを考えたらちゃんと食べておいた方がいいしな。
「食べないのか?」
「えっ……その、食べますけど」
「これを使えるか分からないから、しっかり食べておかないとな」
「ひゃい……」
俺がチラつかせたのは2枚の朝食券。
その名の通り朝ごはんのためのチケットだ。
使用時間は朝の7時から9時までということで、比較的ゆっくりしてても間に合う良心的な時間設定だが、俺達が使えるかは……まぁ分からないな。
もう何度も言っているから、それだけで俺の意図は伝わっただろう。
朝食に間に合うように起きられるなんて甘いことは考えない方がいい。
sunsetまでやれるかは分からないが、とりあえず寝かせるつもりはない。
みるみる顔が赤くなるのは茹でダコみたいだ。
かわいいが過ぎる。
「じゃあ食べるか。あ、それとも食べさせてやろうか?」
「じ、自分で食べれます」
「あーんしてほしくなったら遠慮せずに言えよ」
「……いただきますっ」
ちょっとからかいすぎたかな。
ぷりぷりとそっぽを向いてしまったが、陽菜も食べ始めたので俺もご馳走を楽しむことにする。
まずは新鮮なお刺身の船盛に手を付ける。
俺は舌が肥えてるわけじゃないから、高級とか新鮮とかそこまで違いはないだろって思ってたけど、一口噛みしめてこういうのが新鮮なんだというのがよく分かる。
ぷりっぷりに引き締まっていて、とろけるような味わい。
あまりにも陽菜の誘惑が激しくて夕食スキップも割と真面目に考えていたが、そうしなくてよかったと心から思う。
とろける刺身を堪能しながら陽菜を見ると、おいしそうに舌鼓を打っている。
おいしいものを口にして少し気も紛れたみたいだ。
目を輝かせてパクパク食べ進める姿が微笑ましいと思って見つめていると、顔をあげた陽菜と目が合った。
「玲くん、このカルパッチョおいしいですよ」
「夢中になってたもんな」
「お、おいしいから仕方ないじゃないですか。というか、食べてるところジロジロ見るのはマナー違反ですよ」
「あんまりにも美味しそうに食べるからついな」
「むぅ、玲くんがそうやって悪だくみするつもりなら、その間に全部私が食べちゃいますからねっ」
かわいい彼女さんを観察するのが悪だくみ認定されてしまった。
一応食事は二人前で運ばれているから、基本的にどちらかが何かを食べられないという事態は発生しないはずだが……陽菜なら本当に全部食べてしまうのだろうか。
なんて思っていると早速こちらに手が伸びてきた。
「陽菜さん? それはよくないよ?」
「知りません」
「さすがに蟹を持っていかれるのは看過できないよ?」
「大人しく寄こしてください。悪だくみに忙しい玲くんには必要ないものです」
「……悪かったって」
「そう思うのなら……食べさせてください」
「えっ?」
「あーんしてほしくなったら遠慮せずにと言ったのは玲くんですよ? まさかそれも嘘だったのですか?」
なるほど、ちょっと調子が戻ってきたな。
ま、俺が言い出したことだ。いっぱい食べるかわいい姿を一番近くで見れるのなら喜んであーんしてやろうじゃないか。
「……分かった。ほれ、あーん」
「あーん……ん、おいしいです! おかわりください!」
「あの……俺の分考慮してる?」
「お構いなくです」
おいしさのあまり興奮が爆発して身振り手振りで表現してくるのは大変かわいいくて眼福なんですが、それを拝むための犠牲が大きすぎやしませんかね?
ま、おいしいものは他にもあるし、意地悪した分ちょっとだけ甘えさせてもバチは当たらないか。
「ほら」
「んっ……おかわり」
「蟹はもうあげない。俺も食べたいからな」
「……けち」
そういって陽菜に全部持っていかれる前に俺も蟹を堪能する。
確かにこの美味さならもっと食べたい気持ちも分からなくはないが……そんなに羨ましそうに見てないでまずは自分の分を食べなさい。
◇
「おいしかったですね。お腹いっぱいです」
「食べたな~。さすが新鮮な海の幸を売りにしてるだけあって、めちゃくちゃ絶品だった」
賑やかな食事も終わり、幸福感で満たされている。
おいしいものというのはそれだけで心を豊かにしてくるれるのだと実感した。
個人的には旬の魚がふんだんに使われたお造りがよかった。
でも、これだけうまい魚介を知ってしまったら、普通のものだと満足できなくなりそうで怖い。
これで俺も舌が肥えてしまったのか……心配だな。
ま、今はそんなこと気にしなくていいか。
メインディッシュをいただいたあとは……デザートの時間だ。
「さて、デザートをいただこうかな」
「デザート? 私も食べたいです!」
「悪いな。デザートは俺の分しか用意してないんだ」
「えっ、ずるいですっ! なんで私の分はないんですか?」
「なんでって……仕方ないだろ? 食後のデザートは陽菜なんだから」
食後のデザートはメロンとケーキってか。
別に意図した訳じゃないけど、ちゃんとデザートのラインナップになってるのは面白い。
意味を理解した陽菜は恥ずかしそうにしている。
俺の、俺だけの食後のデザート。
まあ、デザートじゃなくてむしろこっちがメインディッシュのような気もするが……まあ、どっちでもいいか。
結局食べることに変わりはない。
「じゃ、いただきます」
「……はい、どうぞ召し上がれ」
そう言って俺は陽菜の手を引いて、露天風呂に向かった。
俺専用の最高級デザートはさぞ格別においしいだろうから……今夜は長くなりそうだ。
だから……じっくりと味わうことにしよう。
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