第115話 身も心も

 玲くんに手を引かれて、旅館への帰路をゆっくりと歩きながら彼の横顔を覗き込むと、少し怒ったような……余裕のなさそうな顔が映ります。

 手の温もりも心地よくて、私の歩幅に合わせてゆっくり足を進めるところからはいつもの玲くんの優しさを溢れてますが、繋いだ手からは逃がさないといったような強い意志も感じられます。


 今日一日誘惑した結果ですが、結構強めに玲くんのスイッチを入れてしまったかもしれないと今更ながらに想いますが、後の祭りというのはまさにこの事でしょう。

 こうなった玲くんは……すごいです。とにかくすごいです。すごいという言葉では言い表せないほど……それはもうすごいです。


 私自身望んだ展開ではありますが、これほどまでは予想していませんでした。

 旅館に戻ったらいったい私はどうなってしまうのか……期待と不安が膨らんでいきます。

 考えれば考えるほどに身体は熱を帯び、そわそわと落ち着かなくなってくるのが自分でもよく分かりました。


「……あの、玲くん?」


「なんだ?」


「怒ってますか?」


「怒ってるって言ったらどうするんだ?」


「それはその……」


 いつもより鋭い瞳がじっと見つめてきます。優しさはすっかりなりを潜めた、細く鋭い捕食者のような目にドクンと心臓が跳ねる音が聞こえて、続く言葉が霞のように頭の中から消えていきます。

 その目に見つめられていると、余計に意識してしまいます。


「あのな、俺だって男なんだよ。あんな風にずっと煽られたら、我慢が効かなくなる」


 分かっています。そうやって痺れ切らして手を出してもらうのが私の狙いでしたから。


「もちろん陽菜は魅力的だし、水着もめっちゃかわいいし、そういうことをしたくなる気持ちがなかったわけじゃない」


 海で水着を纏っているんです。普段の3割増で意識してもらわないと逆に困ります。

 なので、玲くんが本心からそう思ってくれているのはとても嬉しいです。


「でも、それとは別で普通に海の思い出も作れればと思っていたが……どうやら俺の彼女さんは想像以上にえっちな子だったらしい」


「う……玲くんがかっこいいのが悪いです」


「だとしても暴れすぎだ……と叱りたいところだが、俺も流された部分はあるからな。その点は反省している」


 なんだかんだ手を出してはくれませんでしたが、キスまではしてくれてましたからね。それが嬉しいと同時に生殺しで苦しいというか……余計に気持ちが昂って仕方ないと言いますか。

 もっと流されてくれてもよかったのに……なんて。


「でも、陽菜がそういうつもりなら必死に我慢してるが馬鹿らしくなってきた。幸いにも2泊3日なわけだから、明日の予定は気にしないことにしたよ。だから……今夜は寝れると思うなよ?」


「……ひゃい」


 耳元でボソッと宣言を受け、思わず声が上擦ってしまいます。

 玲くんの方からそんな風に言ってくるなんて、本当に私はどうなってしまうのやら……。


 お風呂でいっぱいいただかれて、寝られない夜を過ごす……。考えただけで頭が真っ白になりそうです。


「どうした? 今になって無しはダメだぞ? 散々煽ったんだから、こうなることも覚悟してたんだろ?」


「うぅ……それはそうですが」


「それならいい……でも、悪いな。夜の散歩の約束は守れそうにない」


 夜の海辺をのんびり歩いて、月を眺めて愛を語らうプランが消えてしまうのは惜しいですが、こうなった玲くんは止められないです。

 今の私は言わば囚われの身。繋いだこの手は私を逃がさないための手。もっとも……逃げるつもりはありませんが。


「本当だったらご飯の前に軽く風呂に入ってもよかったが……やめておいた方がよさそうだな」


「え、お風呂入らないんですか?」


「風呂なんか入ってたらご飯の時間無くなるだろ?」


「そうですか? まだご飯の時間まで余裕があると思いますが……」


「別で入るならそうだが、二人で入るなら話は別だ。一緒に風呂に入るなら……のぼせるまで解放してやるつもりはないぞ」


「……それは大変ですね」


 玲くんはずるいです。

 どうしてこんなに宣言がかっこいいのでしょう。

 寝かせないとか、のぼせるまで解放しないとか……きゅんきゅんしちゃうじゃないですか。


「だから、ご飯を食い終わるまではいったんお預けだ。俺も結構いっぱいいっぱいだから、頼むからこれ以上誘惑してくれるなよ?」


「……それは誘惑しろというフリですか?」


「好きにしろよ。その場合はご飯抜きだ」


「それは困ります」


 胸を押し付けるように玲くんに身体を寄せようとしたところで、ぴしゃりと言い放たれた言葉にすんでのところで踏みとどまります。

 正直、それもありかと思ってしまいましたが、せっかくの旅館のご飯なので捨てがたいです。

 それに……長い夜を見据えるなら、きちんとエネルギーを補給する必要がありますからね。空腹のまま戦いに臨むのはいけません。


 あと……お預けという響きが、そこはかとなく興奮します。


「ち、ちなみにどれくらい激しくなる予定なのですか?」


「……陽菜がかわいすぎるから分からないな。まあ、少なくても三セットは覚悟してくれ」


「サンセット……明日の日没までですかっ!?」


「……それもいいな。限界に挑戦してみようか」


「……ひゃい♡」


 どうやら本気で私をめちゃくちゃにするつもりみたいですね。

 でも、むしろ本望です。

 私の身も心も、とっくに玲くんに捧げているんです。

 思う存分好きにして、たくさん愛してくださいね?


 ◇


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