第114話 寝かさない夜を

 時間を忘れて遊び尽くして、綺麗な夕日が海の向こうに沈んでいく。

 無尽蔵の体力でまだ遊びたいと駄々をこねる陽菜をなんとか言いくるめて、早めに片付けを始めたおかげでこうして幻想的な景色をゆっくり見られるわけだが……こうした落ち着いた時間もいいもんだな。


 言葉数が少なくても心が安らぐ。

 手を繋いで、肩に寄りかかる彼女の頭の重みがどうにも心地いい。

 水着姿ではっちゃける姿も非常に綺麗でかわいかったが、澄ました姿もまた美しい。


「風情がありますね」


「そうだな」


「夜風に当たりながら月を眺めるのもよさそうですね。暗くなったらお散歩でもしましょうか?」


「それもいいかもな」


 昼間は海に入ってめいっぱい遊んだが、夜にはまた違った楽しみ方もできるだろう。

 昼間とは打って変わってひんやりとした砂浜の上を裸足で歩き、月を見ながらのんびり語るのも恋人らしいと思う。

 まあ……俺の体力がそこまで持つかは不安ではあるが。


「あー、これだけ動いたら腹減ったな。旅館のご飯、楽しみだな」


「海の幸がいっぱい食べられますね。私も楽しみですっ」


 俺達が泊まる旅館で出される料理は新鮮な海の幸が盛りだくさんなことで定評がある。

 海鮮は好みが分かれる食べ物だが、俺も陽菜も大好物だ。

 海の家で食べる焼きそばとかも普段と違う格別なおいしさを感じたが、内容的にはこちらが上だろう。帰ってからの晩御飯が楽しみで仕方がない。


「ご飯を堪能したら……分かってますよね?」


「ああ、明日に備えて早めに就寝だな」


「……わざと言ってます?」


 ムッとした顔で上目遣いを炸裂させる陽菜に思わず押し黙ってしまう。

 言いたいことは分かるよ。陽菜さんが楽しみにしている……お風呂のお時間があることは分かっているんだ。


 俺達が予約したのは露天風呂付き客室で、いつでも好きな時に入浴を楽しむことができる。

 陽菜の中だと一緒に入ることは確定しているのだろう。


「お風呂でいっぱい甘やかしてくれると約束しましたよね?」


「してない」


「しました」


「……記憶の捏造だ」


「二人きりの露天風呂なので……楽しみですね」


 聞いてないね。

 そんな約束した覚えはないんですが、またのぼせるまで猛攻は終わらないのか。

 ただ……口では否定的なことを言っていても、男として混浴イベントを期待してしまっているのも事実。


 もうすぐ夏休みも終わるので、そろそろ節度を持って過ごさなければいけないと思ってはいるが、こうして陽菜が俺の理性を溶かそうとあの手この手で攻めてくるので、気を抜いたら一瞬で持っていかれる。


 昼間もかなり持っていかれたし……露天風呂で色々仕掛けられたらまずい。

 まずいんだけど……陽菜の押しが強いことを言い訳にして、抵抗を諦めようとしている俺もいる。


「玲くん、分かってますね?」


「分からない」


「分かってますね?」


「……あー、分かってるよ。降参だ、降参」


「潔いのは良いことですね。もっと粘るかと思いましたが……」


「粘っても結果は変わらないと見た」


「いい判断ですね。正しい選択肢が選ばれるまで何度も同じ問いをするところでした」


 ゲームとかでよくある、正しい選択肢を選ばないと話が進まないアレか……。

 何回も間違えるとそのうち選択肢が一つしか表示されなくなるやつじゃん。

 確かに似たような何かを感じたな。


 陽菜にとって正しくないといけないというのが困ったところだが、せっかくの夏の思い出作りだ。

 まだまだはっちゃけさせてもバチは当たらないだろ。


「ちなみに一応聞いておくけど、タオルとかで身体を隠してくれたりとかは……?」


「玲くん、湯船にタオルを付けるのはマナー違反ですよ。前にも言いましたよね?」


「たまには違反してもいいんじゃないか?」


「……お構いなく。しっかりマナーは守りますし、玲くんにも守らせます」


「え」


「そして、玲くんには私の頭も身体も隅々まで洗ってもらいます。あ、玲くんのお背中を流すのは任せてください」


「……もうそれでいいよ」


 嬉しそうに語られたら断ろうにも断れない。

 なんだかんだ俺は陽菜に甘い……いや、ただ単に押しに弱いだけか。


「今度こそメロンとケーキが食べ放題ですね」


「……そんなにアピールするならがっついても文句はないんだろうな?」


「ふぇ? も、もちろんでしゅ」


「言ったな? 楽しみにしてるぞ」


 そこまで煽るなら、本当に手を出されることもきちんと考えているんだろうな。

 俺だって男だ。据え膳食わぬはなんとやらだし、ここまで言われたら冗談では済ませられない。


 人がせっかく理性を溶かさないように務めているというのに……そっちがその気なら俺も全力で応えようじゃないか。

 陽菜も手を出されるのがお望みのようだし、遠慮なくいかせてもらおう。


「あの……玲くん? ちょっと目が怖いですよ?」


「……気のせいだろ」


「え、でも……」


「……じゃあ、お構いなくってことで、旅館に戻るか」


 すっかり余裕もなくなったことを示した目を指摘されるが、こうなるまで俺の情欲を煽ったのはそっちだ。

 今さら気にしてももう遅いってことで……俺もお構いなくを使わせてもらおう。


 自分で言うのは柄じゃないが……今夜は寝かさないってやつが現実味を帯びてきたかもしれないな。

 夕日が沈みゆくのを眺めて、昂った気持ちに正直になることを決めた俺の理性は……すっかり振り切れていた。

 でも、それは陽菜のせいでもあるから……反撃されても仕方ないよな?

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