第三話 お題③[Life is journey]



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 今年も魔王軍が国境を破って進軍してきてくれることになった。

 初めてそのことを知った時には、めちゃくちゃ嬉しくなって大はしゃぎしてしまった。

 そこでふと、以前に魔王軍が進軍してきた時のことを思い出す。

 もう随分と昔のことのように感じるけど……それは感傷というものだろう。


 あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。

 記憶の扉を開けば、まるであの日、あの場所、あの時間にタイムスリップしたかのように、今でも鮮明に当時のことを思い出せる。

 なんて、かっこつけてそんな風に書いてみたけれど……あれれ、ダメだ、細かいことはもう忘れちゃってない?


 そう思ったら、なんだか居ても立っても居られなくなって、私は今、こうしてノートを開いている。

 そしてこれから、人生で初めて、日記を書くという行為に手を染めようとしていた。

 ……なんだそれ? 日記を書くのは犯罪か?

 うーん、なんだかうまく書けないぞ。

 

 初めての経験だから、正直、どうやって書いたものか、自分でもよく分からない、のかも。

 だったら……そうだね、とりあえず、思ったことをそのまま書き出してみることにしよう。


 とはいえ私が書きたいのは、今日あったことを書くような、いわゆる普通の日記ではない。

 あの時のことを、今さら思い出して書く……いうなれば、備忘録とでも言うべき日記だ。

 本当なら、あの当時に書いておけば、より鮮明な記憶を、より詳細にわたって書き記すことができたのだろう。

 だけど、あの時の私は、まったく余裕がなかったから……たぶん、書こうと思っても書けなかったかも。

 いや、そもそも書こうと思うことすらできなかったと思う。

 事実として、あんなに特別な出来事が続いた日々の記録を、日記みたいになんらかの形で残そうとか、当時の私はしなかった。


 あるいは当時の私は、あの幻のような日々の想い出を、言葉を使い、文章として書き記すことに抵抗があったのかもしれない。

 自分だけの想い出として、記憶の中に大事にしまっておきたかったのか……。

 あるいは、文字にしてしまえば、美しい夢のような記憶を、なんだか自分の手で穢してしまうんじゃないかと……そんな気持ちだったのかもしれない。


 今でこそ私は、あの日々を忘れてしまうことを惜しく感じて、こうして日記という形で残そうとしているけれど。

 当時の私としては、むしろ、早く忘れてしまいたいと……そんな風に思っていたような気もする。

 そうだよね、だってなにも、いいことばかりがあったわけではないのだから。

 むしろ、始まりは悲劇と言っていい。そして、終わりも……。



 そう、始まりはまさに悲劇。

 きっかけは、私が最愛の存在を失ってしまったことだった。


 ショックだった。すごく、すごくすごくショックだった。

 あれから随分経った今でも、当時を振り返れば、あの時に受けた衝撃を思い出して、今更ながら冷や汗が出て、血の気が引き、意識が遠のく感覚がするほどに。


 私の不注意もあったのかもしれない。

 だけど突然に、私の元から消えてしまうなんて……あまりにも、残酷だ。

 「君」は私にとって、ある意味“すべて”といっていい、それほどの存在だったのに。

 親友であり、恋人であり、家族であり、ペットであり、癒しであり、心を支えてくれる存在であり、励ましてくれる存在であり、日々の生活を助けてくれるものであり、無くなってしまったなら、もはや、まともに暮らしていくことすらままならなくなる存在だった。


 そう、君は。

 私の、大学時代からの付き合いだった……リンゴのマークがチャームポイントの、黒のスマートフォン。


 君はある日突然、起動しなくなったね。

 何度、電源を入れようとしても、画面には白いリンゴマークが映り続けるだけ。

 リンゴループ。

 そんな可愛い名前の、だが絶望の症状に、愛しい君は蝕まれてしまった。


 最後の希望は、もはやバックアップだけ。

 だけど私は、日々の忙しさにかまけて、ほとんどやっていなかった。

 自動でされているはずのクラウドへのバックアップも、初期設定のままだったから、とっくに満杯の5GB。

 それに、そもそも……私は自分のリンゴのIDがなんなのかすら覚えていなかった。もちろん、パスワードなんてのも。

 仮にバックアップがあっても、復元させることすらできなかった。

 つまり私は、スマホと過ごしてきた数年分のデータという名の想い出を、ある日突然、すべて失ったのだ。


 ショックだった。

 まるで半身をもがれたかのような……。

 あるいはそう、親しい人を亡くしてしまったような。

 そんな喪失感だった。


 いや、ほんとに、あれはもう、最愛の恋人を失ったに等しい悲しみだった。

 なんなら、実物の恋人を失ったことよりショックだった。

 だって実際、そのスマホと同じくらい長い付き合いだった、大学時代から五年付き合った彼に浮気されたあげくにケンカ別れした時より断然ショックだったし。


 いや……まあ、それを言うなら、彼氏と別れたことが、私にとってはそもそも大してショックじゃなかっただけかもしれないけれど。

 まあ、それもある意味ショックだったけどね。私にとっての彼氏の価値って、スマホ以下なのかよ、って……。

 そんな自分の価値観自体が、ショックだったというか……。


 まあでも、アイツと別れたところで、ショックもなにもないと言えば、それもそうかって感じではあるけど。

 そもそも別に、そんなに好きでもなかったし。向こうが告白してきたから、なんとなく付き合ってただけって感じだったし。自分で言うのもなんだけど。

 でも、それで五年も続いたんだから、まあ一応、相性は悪くなかったのかもしれないね。

 でもそれも、最後は向こうの浮気でおじゃんになったわけだけどさ。


 てかそうよ、その浮気自体、私はまったく気がついてなかった。つまりは、それだけの興味しか相手に対して持ってなかったってことだ。

 だって、アイツの浮気相手だとかいう女が私に「彼と別れてください!」とか言いにきたことで、初めて浮気されてるって知ったんだもんね。

 つーかあの女、わざわざ私の職場にまで来て言いやがるから、マジでめっちゃ迷惑だった。

 てか何? なんで私がアイツのこと引き止めてるみたいな感じになってんの?

 いや知らねーよ。お前のことすら、こっちは今初めて知ってんだよ。なに自分が被害者みたいな面してんだよ。

 悪いのは浮気してるお前と、お前と浮気しながら、いまだに私と別れる気がないとかいうクズの方だろーが。


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 と、いけない。気がついたら、めちゃくちゃ愚痴を書きこんでしまった。うわ、愚痴で1ページ目が終わっちゃったじゃん……。

 もう終わったことをいつまでも言っても仕方ないでしょ……。そうよ、そのクズとも浮気女とも、もう私は関係ないんだから。

 ……まあ、ここに書き殴ったことで、改めて吐き出せたと思えば……こうして書いてみた意味もあったのかな。


 うん、まあ、とにかく。

 そう、きっかけはスマホがぶっ壊れたことだった。



 そして、それと同時に、私の中で何かが壊れた。



 スマホのことはきっと、最後のきっかけに過ぎなかった。

 色々なストレスが積み重なって、とっくに限界がきてて、騙し騙しやってきてたのが、それで崩壊した。

 仕事のこと、生活のこと、自分自身のこと、将来のこと、恋愛、夢、目標、人生、生きる意味……。


 すべてがどうでもよくなった。なにもかもが嫌になった。

 息をすることすら億劫になって、ベッドから起き上がれなくなった。

 それはまるで、私のスマホと同じ。ある日突然、それまでに積み重ねたすべてのダメージが、一つの結果に収束する。

 一つ一つは、些細な過失。

 雨に濡らした、床に落とした、容量が圧迫されてきた、バックアップをサボった、大事なIDをメモしなかった……。

 一つ一つは、些細な負荷。

 恋人に浮気されて別れる。同僚が産休に入って休みが減る。両親の離婚後、音沙汰の無かった実の母親から今さら連絡が届く。たまの休みにもやりたいことが特になくて酒を飲んで寝るだけ。もしくはスマホをいじるだけ。それくらいしか生きがいがない。


 いや、そもそも、そんなものは生きがいとはいえない。

 つまり私は、もはや酒とスマホくらいしか、この人生という名の灰色の牢獄の中で自分を慰める手段を持たないような、はなから終わっている人間だったってことだ。

 そしてついには、その最後の楽園であったスマホすらも、あっけなく私を置いて逝ってしまった……。


 私は会社を休んだ。

 そして、財布を引っ掴んで小さな鞄に突っ込むと、それだけを抱えて家を飛び出した。


 選択肢は、二つに一つだった。


 このままベッドに突っ伏して死ぬのを待つか、あるいは、もう少しマシな死に方を求めて、外に出るか。

 死ぬか生きるかじゃなくて、餓死か自死かの選択。

 そう、この時にはまだ、私の中に他の選択肢は……とりわけ「生きる」という選択肢は生まれていなかった。


 あてもなく、とにかく移動した。住んでいた街から、とにかく少しでも離れたかった。

 電車を乗り継いで、目的地もなく適当に、なんとなく北を目指した。

 切符を買うのがなんだか新鮮だった。いつもスマホかカードで改札を通っていたから。


 今振り返ると、それはまさに、傷心旅行と呼ばれるものだった。

 スマホという、私にとっては最愛の恋人同然だった存在を失った傷を癒すため、旅に出る。

 あるいは逃避行か。現実からの。

 誰も私を知らない土地へ……死ぬのに相応しい場所を求めた、死出の旅。


 死ぬにも気力がいる。

 私の最後に残った理性は、出来るだけ他人に迷惑をかけない死に方にこだわった。それに加えて、なるべく苦しまずに死ねる方法があれば、それがベスト。

 最後なんだから、終わり方くらい、わがままにこだわったっていいでしょう?


 なんて、そんな風に気取ってみたけれど……結論として、現実の世界は死ぬにも厳しい場所だった。

 もっとも簡単に実行できそうな候補としてすぐに浮かんだのは、飛び降り。次点で、飛び込み。電車に。

 だけど、どちらもすごく迷惑だから、すぐに却下した。

 他にも次々と、首吊りとか、入水とか、服毒とか、練炭とか……移動しながら、ぼーっと考え続けていたけれど、どれも問題点や手段や場所を用意する困難さばかりが目について、考えては否定するのを繰り返した。


 終わりの手段を選ぶ上で、周りへの迷惑以外にもう一つ、私には譲れない条件があった。

 それは……なるだけ苦しまずに、かつ、“確実に”死ねること。

 その時の私にとって、死ぬことよりも恐ろしかったのが、「自殺に失敗すること」だった。


 自殺に失敗はつきものだ。そんな話はよく聞く。

 それこそ、後遺症なんて残ってしまったなら、目も当てられない。

 最悪のシナリオは、まさにそれ。失敗して生き残り、私に残ったものは、一生残る後遺症と、植え付けられた死への恐怖心のみだった……なんて。

 再び死ぬ勇気も気力もなくして、それでも生き残ってしまう。それだけは、絶対に避けなければならなかった。


 考えつつも移動を続け、北へ向かううちに、なんとなく寒くなったような感覚を覚え始めたところで、私はそれを思いついた。

 凍死だ。

 そうだ、北海道、行こう。

 いや、東北地方のどこかの方が寒いのかな?

 というか、時期が悪いか。まだ秋になったばかりって感じだし。どうも最近は夏が長いし、冬にはまだ遠い。


 まあ……今すぐに死ぬ必要も、無いのかな?


 その時の私には、ようやくそんな考えを浮かべるだけの余裕が戻ってきていた。

 住み慣れた街も、仕事も、知り合いも、責任も、重圧も、感傷も……。

 あらゆるものを置き去りにして、旅に出た。

 そして、ただその日一日を、なにに縛られることもなく、自由に過ごしていく日々。

 好きなところに行って、好きなものを食べて、好きなことをする。まるで、残りの貯金をすべて使い切るかのように。残高すら気にしない。クレカもあるし。

 そんな生活を、しばらく続けてみて。


 その頃には、私の中にも、確実に変化が起きていた。

 この旅を通して、私の中の価値観も変わっていった。

 それまでは、自分の人生のほぼすべてを占めていた、仕事や、住んでる街、人間関係……そういう狭い範囲から抜け出してみて、私は気がついた。

 どうやら自分で思っていたよりも、私はすごく狭い世界に生きていたんだ、ということを。


 住み慣れた自国を少し移動しただけでもそうなのだ。

 いわんや、海外旅行なんて行った日には、きっともっと強いカルチャーショックを受けるのだろう。

 まあ私は、海外旅行なんて生まれてこのかた行ったことないんだけどね。でもそれこそ、自分探しで有名なインドとかにでも行こうものなら、あの時の旅の比じゃない衝撃を受けるんじゃないかと思う。


 自分探し、か……私の傷心旅行も、ある意味それだったのかもしれない。

 自分探しなんて言うけれど、じゃあインドに行ったら、そこに本当の自分なんてのがいて、ばったり出会えるってのかい? もちろん、そんなことはないけれど。

 私が思うに、自分探しの旅とは、どこに行って何をするかとか、そういう表面的なものを言うのではない。

 その旅を通して、受けた影響によって、変化する自分の内面を見つめる。そういう、「内面的な」旅のことを言うのであり、ひいては、それによって起きる価値観の変化のことを言っているのだと思う。


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 インドに行って、日本にはない文化や風習に触れ、異なる言葉や人種の中に浸って……。

 そうすることで、日本という、世界から見れば東の端っこにポツンとある国の中で過ごしていた頃に培った価値観が、塗り替えられていく。

 それまで自分の考えや趣向だと思っていたものが、実は、周囲の影響によってそうさせられていたのだと気がつく。

 自分だと思っていたものが、そうではなかったのだと知る。では、自己とは、自分とは、アイデンティティとは、なんなのか……。


 ふと、疑問に思った。

 アイデンティティとは、一体どうやって形作られるのだろう。

 考えれば、日本人ほど自分のアイデンティティに無頓着な民族もいないだろう。

 なぜなら私たちは、自分が日本人であることを疑う必要がまるでないから。

 他国と隔離された日本という島国に住み、日本人という人種で、世界でも類をみない独特な言語である日本語を話し、日本古来のフワッとした宗教感を共有し、日本独自の長い歴史と文化を持ち、肌の色はみんな揃ってイエローな民族、それが日本人。


 ひるがえって、これが海外の、例えばアメリカとかなら、そうはいかない。

 移民によって作られた国だし、元々住んでたのはインディアンもといネイティブアメリカンだし、使う言語は基本的に英語だろうけど他にもそこそこあるし、宗教はとりあえずキリスト教だとしても、人種なんて言わずもがなサラダボールだし、まだ出来てから三百年も経ってない歴史の浅い国だし、肌の色は白から黒までよりどり緑で喧嘩し始める、それがアメリカという国だ。私の偏見だけど。


 では彼らは、一体どの要素でもって、自分をアメリカ人だと認識しているのだろう。

 アメリカに住んでいたらアメリカ人? アメリカ国籍を持っていたらアメリカ人? それとも、自分がアメリカを祖国だと感じるかどうかが一番重要なのだろうか……。


 って、おいおい……つい勢いで、思いついたことをつらつらと書いてしまった。ちょっと脱線してるよ、本筋に戻らないと。

 ……まあ、結局のところ、自分が何者なのかを決めるのは、自分でしかないのだろう。


 仮に……インドに行って、カルチャーショックを受けて、インドが気に入って、インドに住むようになって……長い年月をかけて、もはやインド人になったのだとしても。

 それでも、日本にいた頃と、変わらない根っこの部分がある。世界中どこに行って、どこに住んだとしても、変わらない本質、芯のようなものがある。

 きっとそれこそが、探している自分というものなのかもしれない……なんて。


 まあ、私はインドにも行ってないし、私の旅なんて、国内をちょろっと巡っただけなんだけど……それでも、自分自身というものを、旅の前よりは少しだけよく知ることができた。

 旅それ自体もそうだけど、自分を知れた一番の要因となったのは、やっぱり“彼女”との出会いだろう。


 さあ、ついに本題に入る。……いやはや、だいぶ前置きが長くなってしまったけれど。

 私がこの日記を書こうと思った理由、彼女と出会い、彼女と過ごした、あの短くも濃密だった日々の、その記憶を……。


 運命との出会いを。

 今、紐解こう。



 ◇


 ……さて、そうは書いてみたけれど、一体どこから、——いや、何から書いたらいいのか。

 うーん……やっぱり私って、文章を書くのが苦手みたいね。


 そうだなぁ……とりあえず、最初の出会いから振り返ってみるとするか。


 彼女と出会ったのは、……どこだったっけ。うわ、マジかよ、まずそっからあやふやなの?

 えーっとね、確か……何かで隣になったんじゃなかったかな?

 電車の席……映画館……喫茶店……? はたまた、どこかのバーで隣に座った……?

 うーん、どれもありそうで、どれも違う気がするぞ……。


 ん、まあ、場所は忘れたけど、最初に交わした会話は覚えている。

 忘れもしない、彼女の第一声は「やあ、美人のお姉さん」だった。

 確かに私は、周りからも美人といわれる容姿をしているけれど。初対面で第一声からいきなりそんなことを言ってくる人ってなかなかいないし、だからまず驚いたのが記憶に残ってる。


 そう、この第一声からも分かる通り、彼女は本当に変わった人だった。有り体に言って、変人だった。

 普段ならそんな変人に話しかけられても、私も取り合わないと思うけど……その時の私は、傷心旅行もたけなわで、いわばトラベラーズハイとでもいうべき状態だった。

 だからむしろ、そんな出会いも歓迎だった。——まあそれに、第一印象は悪くなかったし、彼女。主に見た目が。ぶっちゃけ好みな感じだった……。

 特に、切れ長の瞳と、その下にある泣きぼくろのコントラストが、もう抜群にチャーミングで……。

 ——っといけない、彼女の容姿に想いを馳せ始めると私は止まらなくなる。自重しないと……。


 まあとにかく、私はそんな風に普段とは違う精神状態だっだから、彼女を邪険にすることもなくこころよく会話に応じた。


 ちょっとした世間話を経て、私たちはお互いに自己紹介した。

 まずは私から、「綾夏あやかって言います。言葉の綾の綾に、夏と書いて綾夏」と、いつもするように名乗った。

 そうすると彼女の方も、「私はミコト」って、そっけないけど、ちゃんと自分の名前を教えてくれた。

 私は、「ミコトって、美しい琴? それとも、命と書いてみことって読むの?」と、この頃にはすでに、だいぶ打ち解けた感じになっていたよね。


 そう、変人だったけれど、彼女と私は気が合った。すぐに意気投合した。

 なんとなく……柄にもないけれど、まさに運命的な導きで出会ったんじゃないかって、そんな風にすら思っていた。

 ……もしかしたら、ちょっと酔っ払ってたのかも。

 ——だとしたら、やっぱりバーかなにかだったのかなー?


 でもそう、そんな風に思っていたところで、彼女が名乗ったもんだから、私はいよいよ、そんな気持ちを強くしてしまったんだ。

 あの時の彼女の瞳は、今でも夢に見るくらい、鮮明に私の脳裏に焼きついている。

 流し目を送るように、グラスから視線をこちらに移しながら、彼女は言った。

「——いいや、運命だよ。運命と書いて、“ミコト”と読む……それが私の名前」

 ベートーヴェンでも流れるかと思ったよ……。

 ——ダダダダーン、ってね。

 ……というか、やっぱりバーだった。酒のグラスがあった。まあ、居酒屋のカウンター席だったかもしれないけれど。


 ともかくそれが、彼女——運命ミコトと私の出会いだった。


 飲みの席で意気投合した私とミコトは、それから一緒に行動するようになった。

 聞けば彼女も、旅行中とのことだった。それも私と同じく、傷心旅行的なヤツなんだと。

 その辺の事情は、彼女と一緒に旅をしながら、少しずつ聞き出して、判明していった。


 ミコトは謎の多い人物だった。

 だけどすごく、私と気が合う人だった。


 だから、それからのミコトとの二人旅は、本当に楽しかった。

 いろんな所に二人で行った。

 映画館に、遊園地。温泉に、ショッピング。

 図書館でのんびりしたり、カフェでまったりしたり。

 食事処も色々、高級レストランにも行ったし、ご当地グルメを巡ったりもした。

 そして夜には、毎晩のように居酒屋やバーに行って、めっちゃ飲みまくってたよね……。


 あとは……どこに行ったっけ?

 ミコトは……そう、なんかやたらと古いものに興味を持ってた。

 だから、お城とか、神社とか、近場にそういう歴史のある建物とかがあったら、とにかく見にいってたっけ。

 本人はどっからどう見ても日本人なのに、反応がまるで外国人みたいだから、ちょっと面白かったな。


 そう、なんだか彼女は、色々と不思議な人だった。

 それも、少しどころじゃなく、すごくすっごく不思議な人だった。

 そうそう、彼女ってば、このご時世にスマホを持っていなかったんだよね。


 いつ、どのタイミングだったか……私はミコトに、自分のぶっ壊れたスマホを見せたことがあった。

 私は壊れているからだけど、旅の間に彼女もスマホを全然出さないから、気になって聞いてみた。そしたら、スマホを持っていないって話で。

 話の流れで、私のスマホのことになって、私は自分のスマホを——鞄の中に一応入ってた——取り出して彼女に見せた。


 ミコトは「ちょっと借りるよ」って言って、スマホを持ってその場を離れた。

 でもすぐに戻ってきて、私にスマホを差し出してきた。

 見た目的には、何も変わっていないそれを受け取った私に、彼女は「直しておいたから、これからは使えるよ」って言ってきた。

 電源をつけたら、リンゴのマークが出て……それから少ししたら、普通にロック画面が映った。


 目を疑ったよね。

 だって、修理店でも普通に再起不能ってお墨付きをもらってたのに。

 あの時は諦め半分で、でもせっかく気分も持ち直してきたから、ダメ元で行ってみようと……あれは確か、ミコトと会う数日前くらいだったっけ?

 だけど私のスマホは、確かに直っていた。

 それどころか、中のデータもすべてが無事だった。


 以前の私はむしろ、——スマホのデータなんてすべて消えてせいせいしたわ! こんな板切れ、最後には海に投げ捨ててやるからな! ……とか思っていたんだけれど。

 でもやっぱり、こうして復活してくれると、すごくすごくありがたかった。


 だって私、重度のスマホ依存症だから……。

 それに、諸々のアカウントとか、このスマホが無くなったら、もうアクセス不能になっちゃうし。

 だから本当に助かったし、——同時に、めちゃくちゃ衝撃だった。

 五分も離れてなかったのに、この人は一体どうやって、私のスマホ愛しい君を復活させたのか。


 でも結局、いくら尋ねても、ミコトは教えてくれなかった。

 変人で、不思議で、そして秘密主義でもあった。特に自分のことについては。


 そんなミコトが唯一、その堅い口を開いたのが、酔っ払ってる時だった。

 つまり夜には、彼女は自分のことについて、少しずつ話してくれた。

 両親を早くに亡くして、子供の頃から施設暮らしで、さらにはその施設ですら色々な場所をたらい回しにされるという、孤独で辛い幼少期を送っていたということ。

 大学の頃からの付き合いだった、のちに恋人となる、自分の人生において唯一にして最愛の人を最近亡くして、今は傷心旅行中なのだということ。

 実は自分はすごい有名人で、どこに行っても人の目があるから、ゆっくり過ごせる場所へ行くのにとても苦労したのだ、なんてことも。


 酒に酔ったミコトの話は、正直言って支離滅裂だった。

 特に時系列がおかしい。話ぶりからして、恋人とはとても長い付き合いらしかったけど、彼女はどう見ても二十代で、普通に私より年下に見えるくらい若い。

 だけどなぜだか、彼女の言っていることは嘘ではないような気もしていた。

 それは彼女の話す調子や、表情などからの印象でもそうだし……何より、彼女自身がまとう雰囲気が、ときたま、とんでもなく大人びて見えたものだから。


 とはいえ、酔っているミコトの言うことは、やはり話半分に聞いておくべき類いのもので、結局は酒の席の戯言だった。

 だって彼女、ちょくちょく——自分は人類史始まって以来の天才なんだとか、すごい特許を持っている億万長者だとか、世界を滅ぼせる鍵を握ってるとか、タイムトラベラーで今過去に来ているんだとか、恐竜が絶滅したのは宇宙人のせいだとか、シンギュラリティはもうすぐそこに迫ってるとか——いや、ちょくちょくってか、だいぶ言ってたわ。かなりイカれた発言。

 どうにも彼女は、酔うとオカルト的虚言癖を発動するタイプの話し上戸になるみたいだった。

 でも私は、そんな与太話を楽しそうにしている彼女を見ながら飲む酒が好きだったから、特に気にならなかったけど。


 それに、酒に酔ってない素面しらふの時のミコトは、その見た目の若さには見合わない見識や思慮深さを持ち合わせた、本当に魅力的な人物だった。

 だけど、そうかと思えば、常識レベルの知識が抜けてることもあった。

 それはいかにもアンバランスで……だけど私にとっては、そんなところも彼女の魅力の一部として映っていた。

 結局のところ、私は彼女に惹かれていた。出会った当初から、そして、日々を重ねるごとに、より一層……。


 だから、あの夜のことも、必然だったのかもしれない。


 その夜の私たちは、いつものように何軒も飲み屋をはしごして、ベロベロに酔っ払った状態で、その日の宿を探して街をぶらついていた。

 なんとかホテルを見つけて、部屋に入り込んだ。諸々の手続きは、すでに半分意識が飛んでいるミコトの代わりにすべて私がした。

 適当に選んだダブルの部屋で……寝る前にせめて上着くらい脱がしてやろうと、私が彼女の服に手をかけたら——ミコトが私をベッドに押し倒してきた。


 なっ、なに……?

 私は動揺して、心臓はバクバクいっていた。

 ミコトは私の耳元で、「服を脱がせたってことは、そういうことだろう……?」とか言って、その言葉の内容と、吹きかけられた吐息の熱さが耳から脳に抜けて——私の思考は一瞬でショートした。

 頭の片隅では、——いやいや、寝るのに邪魔そうだから脱がしただけだし、とか。——でも、このまま流されても、ぶっちゃけ全然いいかな……? とかいう思考がフワフワと漂っていた。

 ……いや、だって私も、ベロッベロに酔ってたから、そん時。


 そして私はその夜、同じベッドで運命ミコトと一夜を共にした。


 そして翌朝。

 私は昨日のことをしっかり覚えていた。——どころか、一生の想い出として、脳に刻みつけておこうと心に決めていた。

 だけどミコトの方は、何も覚えてない、記憶にない、とか言っていた。

 まあ、すっごい照れてる表情が私にも分かるくらいに隠しきれてなかったから、たぶん覚えてたんだと思うけどね。

 ——そんな彼女の様子も、私は脳内メモリーに永久保存した……。


 別に、その夜のことがあったからってわけじゃないけど、——いやまあ、それも理由の一つではあるけど——私はこの時点で、ミコトに対してとある決意をしていた。

 そして勢いのまま、私は彼女に言った。

「これから先も、ミコトにはずっと私と一緒にいてほしい。あなたと一緒に暮らしたい。この先、ずっと」

 私の言葉を受けて、彼女は長い間黙っていた。

 その沈黙は、私の人生でも一番長くて、そして最も緊張した時間でもあった。

 ややあって、彼女は答えた。

「分かった。約束する。これからと、ずっと一緒に暮らしてくれ」


 今にして思えば、その時のミコトの言い回しは、なんだかおかしかったようにも思う。

 でもその時の私は、ただただ嬉しいという感情に支配されていて、細かいことなんて気にしていなかった。

 だって、こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだったから。

 自分が本当に好きな人と気持ちが通じ合うというのは、こんなに幸せなことなのか。

 それは私にとって、人生で初めての体験だった。


 ミコトが私に教えてくれた。

 誰かを愛するということを。


 旅に出てすぐの私は、人との繋がりが消えたことに、むしろせいせいしていた。

 一人でだって生きていける。一人の方がよっぽど楽だ。一人でいることこそが正しかった。私はもっと早くにこうするべきだった。——そんな風にすら思っていた。

 でも、それは間違いだった。ミコトと出会うまで、私は知らなかっただけだった。

 本当に心を通じ合わせることができる人と、私はこれまで出会っていなかったのだということを。

 友人としても、恋人としても……彼女のような存在は、私の人生には、今まで現れなかった。


 まさに運命……ミコトは、私の運命最愛の人だった。


 ……。


 ……。


 ……だけど、終わりは——悲劇は、唐突に訪れた。



 その日、私たち二人は、お昼を食べるためにラーメン屋かなんかに入っていた。


 店はいていて、静かな店内にテレビの音声がよく聞こえた。

 ちょうど頼んだラーメンが届いたところで、私たちのすぐ真横にあったテレビの画面から、そのCMが流れてきた。

『イギリス発、最強のデスメタルバンド、“魔王軍Mao^gun”がっ、つ〜い〜に日本に上陸っ! はるばる海を超えて、国境を破って今、日本の地に降臨するぅ〜! さあ、主要四都市はもう陥落させた! ——今宵はついに、最北の地に進軍! 決戦の狼煙を上げるぅ〜! 最後の聖戦に、ン乞うご期待ぃ!』

「あ、これ、私めっちゃ好きなバンド。——え、マジ? 日本ツアーとかやってたの? ……わ、知らなかった。えー、マジかよ、めっちゃ行きたい〜……!」

「ふーん、じゃあ行こうか」

 ミコトはこともなげに、そう言った。


 ……いやいや確かに場所は近いけど日付今日やぞチケットもうねぇだろってかなんで今頃CMしてんの意味不明じゃね? ってかミコトってデスメタル聴くのかよ? ねぇちゃんと分かってる? デスメタルの意味。字面から分かるよな、普通の音楽じゃねーんだぞ。しかもライブ、つまりは立体音響で爆音響かせてマジバイブス上がるってか天元突破なんですけど……?!」

「……それだけ行きたいのなら、決まりだね」

「あ、あれ、途中から声に出てました?」

「いいや、最初からだよ。——はい、これ。チケットは用意したから。これを食べてからすぐに出発すれば、会場までは十分に間に合うよ」

 いつの間にやら、ミコトが持っていた私のスマホを返してもらうと……確かにその画面上には、魔王軍のライブの電子チケットが、私と彼女の二名分あった。


 それからすぐに出発したら、ライブ会場には十分に間に合った。


 ……本当に、一体どうやってチケットを用意したんだか。

 まあ、そんなことをミコトに言うのは今更だ。——スマホの件しかり。私は彼女と過ごしたこの数日間で、すでにそう達観するほどに、彼女のこうした部分を何度も見せられてきていた。

 謎で、不思議で、秘密主義で……どうやっているのかはまったく分からないし、教えてくれない。

 だけどそれらはすべて、私のためを思っての行動だった。——それだけは、間違いなかった。


 だから私は、何の疑いも持たず、喜びいさんでライブ会場に向かった。


 チケットは取れたけど、座席はさすがに別々だったので、私はミコトとは会場の入り口で別れた。


 ライブはとても楽しかった。

 アーティストのライブに行くのは、これが初めての経験だった。

 始まる前こそ、ミコトが近くにいないことを残念に思ったけど……いざ演奏が開始したら、すぐにそれどころではなくなった。

 爆音——につぐ爆音。

 これじゃ、すぐ隣にいようが、何を言っても聞こえやしないだろう。

 それに私は、推しのアーティストの生演奏に大興奮だったので、どっちにしろ彼女に構う余裕はなかったと思う。


 ライブが終わるまでは、あっという間だった。

 私は大興奮の大満足で、ライブ会場から外に出た。

 それから、ミコトと合流しようとして……そういえば、彼女はスマホを持っていないではないか、と気がつく。

 というか私は、彼女の連絡先を何も知らない。——いや、それどころか、私は彼女に関して、個人情報は名前くらいしか知らないのだった。


 だけど私は、特に心配していなかった。

 どうせあのミコトのことだ、連絡なんて取らなくても、すぐに向こうが私を見つけて合流できるだろう。

 無条件にそう思うぐらい、私は彼女を——そして、彼女の持つ不思議な“何か”を——信頼していた。


 だが……。


 しかし……。


 それからいくら待っても、私の前にミコトが姿を現すことはなかった。


 ◇


 

 ……ダメだ。

 やっぱり、書けないや……。

 最後のことを思い出すと、どうしても、筆が止まってしまう。

 やっぱりこれは、私の頭の中にだけ、留めておくべきモノなんだ……。

 


 それからの日々は、まるで旅に出る前の私に、逆再生して戻っていくかのようだった。

 最初の数日こそ、私はいなくなったミコトを精力的に探し回った。

 だけど結局、どれだけ時間をかけても、あらゆる手段を試みても、ついに彼女が見つかることはなかった。


 後になって振り返ってみれば、私がミコトと過ごしたのは、たったの11日間だけだった。

 自分でも驚く。あれだけ幸せで満ち足りていた日々が、その実、二週間にも満たないくらいの、とても短い期間でしかなかったことに。

 ほんの11日間の付き合いしかなかったなんて……今でも信じられない。

 それでも、たったそれだけの期間で彼女は、私の心に一生消えない傷跡を残していった。

 なにせ彼女は、私のそれまでの人生のすべての時間を合わせてもまるで釣り合わないくらいの幸福を、ただそれだけの短い期間で私に与えてくれたのだから。

 いや、与えて「しまった」んだ……。


 私は知ってしまった。

 そして、知ってしまった以上……それを知る前には、もう戻れない。


 ミコトを失った私は次第に気力を無くしていって、気づけば、旅先の宿のベッドの上から動けなくなっていた。

 日がな一日何もせずに、ただひたすらぼーっと天井を眺め続ける。

 それまで私を支えてくれていた、最愛の君であったスマホは、すでに私にとって“最愛”ではなくなっていた。

 もはや彼にも、私を支えることはできない……。


 冬はまだ遠いけど、やっぱり北に行くか……。


 そんな風に思い始めた頃だった。

 私のスマホに、メールが届いた。

 宛先はないが、件名にはミコトの名前が。


 メールの文面には、簡素な別れの言葉が綴られていた。

 もうここにはいられないから、元いた場所に帰る、だとか。

 今までありがとう、だとか。

 さようなら、綾夏……って。


 なんだそれ……、って。

 たったそれだけで、終わらせるつもりなの、って。

 あなたにとって私は、その程度なの、って。


 スマホを握りつぶしたかったけど、握力がまるで足りなかったから、壁に投げつけようとして……。

 そこで、スマホの画面が動いたような気がした。

 思わずそちらに目を向けたら、ひとりでにスクロールしていった画面が、下の方にあったメッセージの続きを映し出した。


『もしも、もう一度“私”に会いたいと思うなら、ここまで迎えに来て』


 そこで勝手に、マップアプリが起動して……画面の中では、すでにピンがとある場所を指し示していた。


 私はベッドから飛び出した。


 そして……。



 ——・——・——・——・——・——・——・——


「そして、どうなったの?」


 後ろからかけられた声にハッとして振り向くと、切れ長の瞳が私を見つめていた。


 ——最後の手がかりを頼りに向かった先で、私が出会った彼女……。

 ——私の最愛の人に、瓜二つのがある、幼い少女……。


「うわ、びっくりした。——ちょ、まさかあんた、人が日記書いてるとこ、後ろから覗いてたの? ……さいてー」


 私がそう言うと、彼女はフン、と鼻で笑った。


「まあ、聞かなくても分かるけどね。これって、わたしと初めて会った時のことでしょ?」

「……まあ、そうだよ」


 ——両親を亡くし、施設に入れられて、しかしそこでも周囲に馴染めず、孤立していた女の子……。


「あん時の綾夏って、ほんとヤバかったよね。わたし最初、ゾンビが歩いてんのかと思ったし」

「え、マジ? 私、そんなに酷かった?」


 メンタルが再び地の底にまで落ちていた私は、そこで彼女を見つけた。

 一目見て分かった。これは、との出会いなんだと。


「まあ、あん時に比べたら、綾夏もずいぶんマシになったよね。ま、それもこれも、わたしのおかげかな」

「ナニそれ、どーゆう意味?」

「だって綾夏、ロリコンなんでしょ? わたしと暮らすようになったら、すぐに元気になったし。違うの?」

「……あのさ、よりにもよって、それが育ての親に対して言うことなの?」

「あはは、うそうそ、じょーだんだって!」


 まったく、この子ときたら、ここんところは大体いつもこんな感じだ。

 ……そういうあんたも、最初の頃に比べたら、最近は随分と楽しそうに笑うようになったじゃないのよ。


 いやはや、いくら本人と“約束”していたとはいえ、私もとんでもないやつを迎え入れてしまったもんだ。

 まあ、お陰さまで、私のメンタルもあれ以来ずっと安定してるってのは、確かにそうなんだけどね。


 はぁ……まったく。実質、11日間しか一緒にいなくて、ワンナイトラブしただけの相手に、子育てを押し付けられるなんて……もてあそばれてるな、私。

 まあ、これも惚れた弱みというやつか。


 それに、私自身、この子の“将来”がとても楽しみだし……なにも悪いことばかりじゃない。

 いや、それどころか、良いことの方が圧倒的に多い。

 なにせ彼女もまた、私に愛を教えてくれる存在なのだから。

 恋愛とも、友情とも違う……家族としての愛ってやつを。


 この子と一緒にいる限り、きっと私はこれから先もずっと、未来に希望を持って生きていける。そう確信している。

 だって私は、すでに知っているから。

 この子が将来、どれだけ素敵なレディに成長するのかってことを。


 ……さて、立派なレディになるために、私が今、彼女にしてあげられることといえば——もちろん、これしかない。


「——ねぇ、運命みこと。実はさ、私の好きな海外のバンドが、今ちょうど日本まで来てライブツアーしてるんだよね。だからさ、一緒に観にいこうよ。ね?」


 それじゃ、今度こそ隣に座って二人一緒に、“魔王軍”が暴れるところを観戦するとしようか。

 

 

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