番外編 新しい家族リューネ・ストラス②

 最近はあの怖い夢を見なかった。

 でもそれと引き換えにここ数日、私はとてつもなく体調が悪い。それを隠して居るのも今日が限界を迎えてしまった。


 吐き気に目眩。倦怠感が私を襲う。おえぇぇ。

 今日ばかりはベットから起き上がることが出来なかった。


 二度寝をして約三時間ほど経過した。

「……そろそろ……下に降りなきゃ……」


 私はフラフラする身体にムチを打ち、気合いでドアを開けて廊下へと出た。


 壁伝いに廊下を歩いていると、こちらを振り向こうとする何かが居た。


 私は咄嗟に壁から手を離し、直立した。


 視界がグラグラと揺らぎ、誰がいるのかも分からない状態だった。


 目の前にいる誰かが何かを言っている。そして立ち去ろうとしている。


 ……待って……たす……けて……


 私はその何かを追いかけようと一歩前に踏み出した。

 しかし、弱りきった私の身体はそれに耐えることが出来ず、バタッ、っと廊下に倒れてしまった。


 ──またこの夢。


 見知らぬ女性が現れた。でも、今回は少し違った。これが夢だと分かる。だからより……怖かった。


 何故か分からない。でも、目の前にいる女性がいなくなるのが怖くて怖くてたまらなかった。


 そして、また手を伸ばす。行かないで。待って。行っちゃだめ。


 案の定、私の手は届かなかった。でも、夢は終わらなかった。白く光る夢の中は、何も見えなかった。


 私は手を伸ばし続ける。何かを掴むまで私は……!

 その時、私の手を取る人が現れた。


 ……!


 そして、私の手を掴んだ人物が白い光の中から顔を出す。


「リューネ! 今助けるからな!」


 その人は──グラリス・バルコットだった。

 私はグラリスに引き寄せられ、抱きしめられた。


 私は初めて夢で怖さ感じなかった。彼に。グラリス・バルコットが私の恐怖を──


 ……!!


 私はベッドの上で目を覚ました。


 ほっとした私は右手を何かに握られている感触があった。

 私は気付かれないようにそーっと目を開けた。


 そこに居たのは紛れもないグラリスだったのだ。


 私はこの時、心臓の鼓動が止まらなかった。

 ドグドクと波打つ私の心臓は止まることを知らず、ただ走り続けていた。


 これは何故だろう。体調が悪いから? 怖い夢を見たから?

 それとも……彼に……


 そんなことを考えていると私の手からスルッと握られていた手が逃げていった。


 行っちゃダメ。

 そんな言葉、私から言えるはずもなかった。


 ドアが閉まり、沈黙が続く。


 ……はあ、私ったら何考えてるの。もっかい寝ましょ。


 私の心臓はまだドクドクと波打っている。

 すぐにもう一度眠ることは出来なかった。


 ──────


 やっとの思いで眠れた私は、次の日エイミーさんに看病してもらっていた。


 エイミーさんも体調を崩してたと聞き、少し後ろめたい気持ちもあったが、女神のようなエイミーさんに私は甘えることにした。


「リューネ様は体調の方は良くなりましたか?」


「……ええ。昨日よりはかなり楽になったわ」


「そーいえばグラリス様も今日は体調を崩されてしまったようです」


 ……嘘っ……グラリスも体調を……?

 私のをうつしてしまったのかも……


 私は今までなら生まれるはずのなかった感情が芽生えた。


「……昨日恐らくだけど、彼が倒れた私をベッドまで運んでくれたの……うつしてしまったかもしれないわ……大丈夫かしら……」


 私が俯きながらエイミーさんに伝えると、エイミーさんは何故か笑いながら「では、リューネ様がグラリス様の心配をしていた、と伝えておきますね!」と言って嬉しそうに片付けをしながら伝えてきた。


「はっ、恥ずかしいから……それは……」


「そんなことないですよ! 実はリューネ様もグラリス様の良さに……」


「ちっ! 違うわよ! もうエイミーさんの好きにして!」


「分かりました!」


 ……なにムキになってるの私ったら……

 その時、昨日の彼の顔を思い出す。


 ドクドク


 私は、心臓の鼓動をエイミーさんに聞こえなくさせるので必死だった。


 ──────


 その日の午後、体調が良くなった私はグラリスに一言伝えたいことがあった。


 だから私は意を決して、彼の部屋の前に今いるのだ。


「はーーふーー」


 私は大きく深呼吸をした。

「よしっ」と自分に喝を入れる。


 コンコン、っとグラリスの寝ている、ラミリスさんの部屋を二回ノックした。


 ……反応無し。


 私は廊下をグルグル徘徊しながら考えた。


 どうしようどうしよう。

 ……よし。とりあえず入ってみよう。


 分かってる。普通ならこんなことしないと。

 でも、今の私には正常な判断はできなかった。

 なんでかって? そんなの知らないわよ。


 私はゆっくりドアを開けた。

 目の前に眠っているグラリスがいた。


「た……て……」


 寝ているはずのグラリスが何かを話していた。

 私はベッドまで抜き足差し足忍び足で向かい、その声を聞いた。


「……たすけて……」


 たすけて……?


 それを聞いた時、私とどこか重なるところがあった。


 私は考える前に身体が勝手に動いていた。

 彼の、グラリスの手を握っていたのだ。


 初めて、いや、二度目のグラリスの手は温かかった。

 熱が出て火照っているだけかもしれない。

 でも、昨日握ってくれていた時と同じ温かさがあった。


 私が握り始めて数分。彼の親指が私の手をスリスリと撫で始めた。


 んっ、と声を出しそうになったが、死ぬ気でこらえた。

 出してしまってグラリスが起きてしまったら……そんなこと考えると割と結構ガチめにゾッとした。


 こんな状況……恥ずかしいに決まってるじゃない……え?

 私は紛れもなく、目が合ってしまった。


「……!! グ、グラ、リス!! あなた起きてたのね!」


 私は反射的に握っていた手を離す。

 咄嗟にでたと言う名前は、言葉に出すのは初めてで、かなりつっかえてしまった。


「違う。今起きたんだ」


 グラリスが上体を起こし、こちらを向く。


「リューネ。俺の手、握っててくれたのか?」


 その言葉に焦る私。何してるの! リューネ! 正気を保て!


「……ちょっと……昨日のことについてお礼が言いたくて……でも……ノックしても反応無いから……ちょっと覗いて見たらあなた……グラリスが! なにかに怯えてるみたいだったから……」


 自分でも酷い文章だと気付きながらも、話を続けた。


「き、昨日は! ありがとう……ベッドまで運んでくれて……手……握ってくれて……」


 私はちゃんと伝えることが出来たわ。ありがとうって!

 どうよ! 私できる子よ!


「……いやぁ、別にそれはいいんだけど……リューネの方こそ起きてたのか……?」


 ははーん? もしかしてグラリス君。恥ずかしいんだな〜。


「.........何か悪いことでも?」


「ごめん。悪くない」


 それから私とグラリスはしょうもない言い争いをしたあと、二人で大爆笑した。


 私はやっと、彼と、グラリス・バルコットと、打ち解けることが出来た。


 そして、私は、グラリスのことが──








 そんなわけないでしょ! 彼は間違っても私の目標だからね!


 こうしてバルコット家の生活は続く────

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