第3話 自由と繁栄の弧 後編

 吉田太郎よしだたろう、戦後の日本を牽引し、第51代の日本国総理まで長い期間総理を務めた麻生茂あそうしげる総理の孫にして、祝田さきが以前に暮らしていた福岡県選出の国会議員である。


 民主自由党が以前に政権を失った時には第92代日本国総理大臣だった人物であり、現在の副総理であり、前財務大臣であるが、今でも現財務大臣以上に財務省に強い影響力を持ち、財務省と派閥の利益しか考えていないと言われる男だ。


 自由と繁栄の弧は、この男によって広められた言葉である。


 <サイド 祝田和馬いわたかずま

 自分は、さきに少し席を外す旨と、官邸外に出ないように伝えた。官邸内にいるSPの中から、岸川総理に敵意を持たず、能力的にも人物的にも問題がない人物を2名厳選し、レベル3の敵意感知能力軽いチートを付与しておいた。

(咲も当然、レベル3の敵意感知能力軽いチートを有している。)


 官邸内にいる限りは、安全だろう。そして、自分は、単身、吉田太郎副総理を味方につけるために、衆議院第一議員会館にある吉田太郎氏の議員事務室を訪れた。


「おぅ、おめぇさんだな。岸川のところに新しく入った若いのっていうのは。」

「はい、SP兼私設秘書として入らせていただきました。」

「SP兼秘書というのはなかなかいねぇな。しっかり支えてやりなよ。」

 と、当然のように数秒程度で会話を打ち切られそうになるので、爆弾発言を投下してみる。


「吉田副総理、岸川総理が、今のままでは副総理に腹をわった話ができないと申しております。」

「うん?岸川総理が、それを俺に伝えろと言っているのか?」

 敵意感知能力チートが吉田副総理の岸川総理と自分への敵意が上昇したことを感知する。


 吉田副総理は身内とそれ以外を強く線引きしていると自分は感じていた。彼は身内に対しては呼び捨てにするが、それ以外の者には敬称を使っている。身内に対しては甘いし、しっかり世話もするが、今の彼は、身内以外に対しては興味を示さない。


「吉田副総理は、総理をされていた頃は国民の幸福を心から願われていると感じておりましたが、政権を失った際の選挙以来、身内の幸福以外は知らん、そう思っていらっしゃるように見受けられます。」


 吉田副総理の疑問にはあえて答えず、畳みかける。

 立ち上がっていた吉田副総理は、ソファに腰掛けると、プレミアム・シガーの葉巻を秘書に準備させ、自らパンチカットする。自分にもソファに座るように勧め、葉巻を一服してから答える。


「国民のためと思って尽力しても、世の中の評価ってもんは、そんなもんだよ。俺には、全国民を守る器量はねぇんだ。」

「だから、自分のご身内だけを守ろうとお考えですか?」

「若造が、好き勝手に言いやがる。」


 この時点で、岸川総理への敵意が元のレベルに戻っていた。


「昨日澤村社長が記者会見した内容は把握されていますよね。」

「あぁ。」

「沢村社長に、あの内容の公表をお願いしたのは総理です。」


 吉田副総理は、葉巻きを更に一服しながら考える。

「なるほどな。タイミングが良すぎるとは思ったが、そういうことだったんだな。」

「はい。」

「で、今の岸川総理を動かしているのがお前さんと言う訳だな。随分、優秀だな。若いの、名前は何と言ったか?」

「祝田和馬と申します。岸川総理を動かしているのが私だと何故思われましたか?」

 岸川総理とは別に自分に対する敵意というより警戒心があがっていることを確認しながら、答える。


「俺を試すようなことを言いやがる。岸川は悪い男じゃねぇが、切れ者じゃぁねぇわな。で、そんな岸川が頼りにしていたのが、林原誠一はやしばらせいいち議員だったが、あいつは理屈ばかりで人を見ていねぇな。だからこそ、おめぇら若いのからは限界総理なんて呼ばれていたんだろう。だが、おめぇさんが、あいつを支えるなら少しは安心だな。」

「ありがとうございます。でも、自分が岸川総理を動かしているわけではありません。岸川総理は、変わられました。中の人が変わったと言うべきでしょうか。」

 祝田さきが2年間限定で岸川総理の中に入り込んだとの説明をした後、吉田副総理の祝田和馬、祝田さきへの敵意が危険ラインに到達する。


「そんな話を聞かされちまったら、岸川を助けだしてやらなきゃならんくなる。助けだすのにどんな方法があるかも分からんがな。そもそもお前さんの荒唐無稽な話、誰も信じないだろうに、どういう意図で俺にこんな話をした?」

 自分は黙って高速移動をして見せ、そこにあった万年筆で自分の手を思い切り刺して見せて、超回復を実演してみせる。


「おいおい、本当の話かよ。ますます訳が分からんぞ。」

「澤村社長が昨日述べたのは、吉田総理がかつて提言された自由と繁栄の弧を実現するためのものです。」

「確かにな。だがな、あの時なら対中包囲網を敷くという考えもできたが、今ではもう遅いぞ。中国を抑え、日本がイニシアティブをとるのは無理だろう。」

「外務大臣もされていた吉田総理にお伺いします。岸川ドクトリンの評価はどのようになさいますか?」

「面白い試みとは思うわなぁ。ただ、本気で実現できると思っているなら、甘ちゃんだわな。」


「はい、その甘ちゃんを本気で支えていただこうと思いまして、お伺いしました。」

 自分はにっこりと笑ってみせ、これから先の施策について概略だけ説明する。


 吉田副総理は、火が消えてしまっていた葉巻に再度火をつけて、一服だけしてから呟く。

「なるほどなぁ、これが神の意思か。老体をこき使いやがる。岸川にはすまねぇが、2年間の辛抱なら、それも仕方がねぇだろうな・・・。」


「分かった、祝田和馬と言ったな。祝田の、お前らを支えるよ。」

 呟きを聞かせるつもりがあったのかなかったのかは分からないが、はっきりと吉田副総理は口にした。


 吉田副総理の祝田和馬、祝田さきへの敵意が下がったことを確認して、吉田副総理の言葉が本心であることを確認して、さきに心強い見方がついたことを心からありがたく思っていることを率直に伝えて、和馬は退去したのだった。

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