第30話 希望


 カナンの部屋を見た途端、おれは息を呑むしかなかった。

 続きの部屋は大きく窓が開かれ、見渡す限りの森が眼下に広がっている。

 全てが緑の地平線は圧巻ですらあった。

 その奥の窓辺に座っているのは、カナンだ。


「創聖皇は実在するのか」


 叫ぶように聞く。


「もちろんだ。それがどうしたのだ」


 カナンがゆっくりと飛んでくる。


「天地を創造し、人を作った神だな」

「おまえの概念では、神になるな」

「では、創聖皇に会いたい。創聖皇ならば、藤沢を生き返らせられるはずだ」


 そう、神ならば死んだ者を生き返らせることだって出来るんじゃないのか。

 全てを作った神ならば、不可能はないんじゃないのか。

 おれの言葉に、カナンは考え込むように中空で胡坐をかいた。


「創聖皇はこの世界の森羅万象を治める。そうじゃな、もしやすれば、それも可能かもしれない。しかし、創聖皇に会えるのは、王が即位をする時に王と印綬の者たちだけだ」

「印綬の者たちならば、会えるのだな」

「まぁ、そうだな」


 印綬の者たちならば、知っている。それに、次の王になるのは、サラだろう。

 彼女に、彼らに頼めば藤沢は生き返るかも知れない。

 突然に現れた希望に、涙が出て来る。


「すぐに、サラたちに会いたい。道を教えてくれ」

「待て、待て。ここは、エリス王国ですらない。まぁ、座れ」


 カナンはすぐ側の椅子を示した。

 そこに座れというのだろう。よく見れば、家具や調度品はおろか、部屋すらも隆也の大きさに合わせたように大きい。

 そう言えば、横になっていたベッドも隆也の身体に合わせたように大きかった。


 部屋の家具を見渡すその様子を見たのか、

「おまえの身体に合わせておいた。異世界からの客人だ、無下にも出来ないのでな」

カナンが笑う。


 おれは勧められるままに椅子に腰を下ろした。目の前にはカップが湯気を上げている。


「今は服を合わすだけで、着させただけだ。出発は明日以降でいいじゃろう」

「いや、今すぐ出て、一刻も早く合流したい」

「まだ傷は完治していないぞ」

「構わない。痛みも抑えられているし、動ける」


 光が見えたのだ。希望が見えたのだ。ゆっくりはしていられない。坂本にも早く会いたい。


「せっかちな奴だな。まぁ、いいだろう。おまえをエリス王国に跳ばしてやる。しかし、そのままでは外西守護領地まで辿り着けまい」

「どういうことだ」

「いるのは妖獣だけではない、獣も盗賊もいる。その中を生きて行かなくてはならないのだ」


 カナンが言うと、その傍らに刀が浮き上がって来た。


「おまえの剣は痛みが激しい、ルクスを満たした鋼の鞘を付けておいた。これによって、剣が修復されていく。だが、必要な時は鞘から抜けるが、それ以外は抜けないから注意しろ」


 それを聞きながら、浮かび上がってきた刀を取った。

 刀は以前よりもずっしりと重くなっている。

 白銀の鞘には金具が付き、腰のベルトの金具に付けられるようになっていた。


「おまえを護ってくれるものは、その剣だけだ。剣との絆を深めておくといい」


 聞きながら、それを振ってみる。その重さに、身体がぶれてしまう。


「サラにも、毎日剣を振れと言われたよ」

「振る必要はない。肌身離さず持っているだけで、絆は強くなる」


 カナンがカップの薬を飲めと促しながら続けた。


「それと、ルクスが枯渇しそうだったから、わしのルクスを分けておいた」

「ありがとう。だけど、ルクスの使い方が分からない」


 カップを取り、その苦い薬を一気に飲み干した。

 何の薬なのか、身体が軽くなったように感じる。これならば、すぐに出発しても問題ない。


「使い方か、ルクスは願いと思いだ。例えば、死にたくないという願いで、傷が治れと思いを込める。それでルクスは発動する」

「それだけ」

「それだけだ」


 その言葉を聞きながら、改めてカナンを見た。

 見た目はレイムよりも幼く見えるが、その話し方は老人を思わせる。

 しかし、違和感を覚えさせないのは、その重厚な雰囲気だ。


「それで、ラミエルは斬れるのか」

「あれか、あれは別格だ。しかし、その剣を使いこなせば、ルクスを込めれば、斬れるだろうさ」


 斬れるか。だったら、斬ってやろうじゃないか。


「分かった」


 大きく頷いた。


「それとな、これを持って行け」


 カナンの言葉に、バックが浮き上がって来た。

 金具の形状から見て、これも腰のベルトに止めるようだ。


「旅に必要なものを入れておいた。路銀も入れてある」

「路銀、お金ならある。サラたちに貰った金貨が」

「シリング金貨は価値が高すぎて店では使えん。それだけの釣りなど持っている店はない」


 あの金貨の価値はそれほど高いのか。


「そうだな、おまえ達の貨幣価値で言えば一枚が百万と言ったところか」


 あの金貨が百万、革袋の中には二十枚以上はあったぞ。


「貰っておけばいい、それよりこれも持て」


 カナンが白い石の札を出した。


「旅札だ。これがないと街道駅にも入れないし、守護領地の関も越えられない」

「そこまでしてくれるのか」


 隆也は旅札を受け取る。何も書かれていない真っ白な石の板だ。


「早々に死なれては、わしも夢見が悪い」


 夢見ね、先ほど話した夢の話と掛けているのか。面白くもないが、礼は言わないといけない。


「ありがとう」


 隆也は立ち上がった。


「これからおまえをエリス王国に跳ばす。目立たぬように林の中に送るからそこから山に向かっていけ。すぐに街道に出る」

「目的地までは跳ばしてくれないのか」

「贅沢を言うな。すぐに街道に出る。出れば左に進めばいい」

「分かった――」


 言葉の途中に周囲が青く輝き始めた。その中で、カナンの口が小さく動いたのが見えた。

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