第31話 出会い
青い光が消え去った途端、身体が崩れた。下草と倒木が目立つが、ここは森の中。
吹き抜ける風が冷たい。北の地なのだろうか。
立ち上がり、周囲を見渡す。木々の向こうに山の稜線が見えた。
あの一瞬で、跳ばされたわけだ。
この世界に来た時、カナンの家に飛ばされた時、どちらも突然のことでよく分からなかった。
しかし、今回は自分の周囲に渦巻く巨大なルクスを感じられた。
あのルクスが、空間を捻じ曲げたのだろう。
しかし、踏み出した足は一歩目で止まる。
樹々の奥に見える黒い塊。妖気は感じないため、妖獣ではなさそうだ。だが、大きさだけで言えば、襲ってきた妖獣、ダエントと同じ。
枝葉の陰から顔を出しているのは――。向こうもこちらに気が付き、じっと見ている。
さっき目覚めたばかりだぞ。何でこんなところに跳ばすのか、もっと安全なところもあるだろうに。
刀の柄に手を掛け、ゆっくりと引く。
刃は抜けず、鞘ごと金具から外れた。必要な時以外は抜けないと言っていたが、この状況は必要がないということなのか。とてもそうとは思えないが。
身体は軽くはなったが、疼痛も引いていない。でも、背を向けて逃げ出しところですぐに追いつかれるだけだろう。
それに、あれを倒せない程度では、ラミエル相手には戦えない。
不思議と恐怖はなかった。
相手が妖獣ではないからだろうか、それともおれの中でなにか変化があったのだろうか。
どちらにしても、腹を括るしかなかった。ゆっくりと足を進める。
低く重い唸り声が流れて来た。向こうも逃げる気はないようだ。いや、不意に草葉を散らし、迫って来た。
同時におれも地を蹴る。
振るわれる爪と突き出す刀は同時であった。
肩と腕に強い衝撃、弾き飛ばされながらも地面に足を付く。
それも二本足で立ちあがり、威嚇するように前肢を上げた。
三メートはある熊だ。熊と異なるのは、その長い牙と頭に生えた二本の角。
冗談じゃない。たて続けの理不尽さに腹も立ってくる。
刀を引きながらもう一度突っ込んだ。
その熊の喉を突くのと、爪で薙ぎ払われるのは同時だった。
幸い肩当てに護られ、傷は負っていない。
いや、それは向こうも同じ。カウンターで喉を突いたが、隆也の方が弾かれてしまった。
それに――それに、言っていた意味が分かった。
戦い方は刀が知っている。確かに打ち込む寸前、狙う場所に光りが見えた。そう、あの瞬間、刀がどこに撃ちこむかを示したのだ。
刀を構え直す。
もう一つ分かったことがある。
刀は手で振るのではなく、身体で振らなければならない。
刀が動こうとする場所に、身体を入れなければならない。そういえば、サラたちも舞うように身体を動かしながら、剣を振っていた。
隆也は再び地を蹴った。
のしかかるように熊も動く。
白い光が、熊の足と鼻に瞬く。
だったら――大きく踏み込み、その足を撃つ。同時に降り落ちる爪を避けるように身体を回転させながら、鼻頭に向けて刀が走った。
腕に重い衝撃。しかし、見なくても分かった。これも、効いていない。
白い光が幾重にも瞬き、刀が動く。だが、その動きに今度は身体が付いていかなかった。
疼痛は鈍痛になり、腕も足も痺れるようだ。
振り下ろされる爪を受ける刀は弾かれ、両腕を重い衝撃が貫く。
やばい。このままでは避けようがない。
思ったと同時に弾き飛ばされた。
そのまま背中を樹に撃ち付けられる。立ち枯れをした樹は大きく崩れ落ち、身体を叩いた。
大丈夫だ、身体はまだ動く。
起き上がろうとするその眼前に、熊の口。黄色く鋭い牙が見え、咄嗟に手で庇う。
間髪遅れて、硬い音を響かせ手甲に牙が食い込んだ。プレートのおかげで傷つけられてはいない。しかし、引き千切るかのように大きく首を振られ、身体を持っていかれた。
地面に叩きつけられ、息が止まる。
しかし、同時に腕の圧力が消えていた。あの顎から解放されたのだ。
「痛くない」自分に言い聞かせながら立ち上がる。
瞬時に痛みは和らいできた。
これがルクスの力なのか、それとも、ただの気のせいなのかは分らない。
しかし、刀の動きに付いていくのに、考えてもダメだということは分った、考えればその分、身体が遅れる。
頭よりも身体が反応しなくては駄目だ。
熊も再び威嚇するように立ち上る。
白い光が見え、隆也は地を蹴った。
大きく踏み込みながら、その喉を付く。
僅かに遅れて薙ぎ払われる爪を背後に飛び除け、再び地を蹴ると同じ喉元を突いた。
熊の腰が落ちる。今度は効いた。
「打倒せ」思いを込めて横殴りに鼻を撃つ。
腕に重い手応えが返ってきた。
しかし、眼前の熊は少し怯んだだけだ。
だったら――。
さらに踏み込むその横、頬をかすめるようにして黒いものが、不意に飛んできた。
それが熊の目を貫き、その時になって黒いものが槍だと分る。
熊は大きく転がり、槍を振り落して身を翻した。
逃げていくようだが、それを追いかける気力も体力も残ってはいなかった。
肩で息をしながら、槍が飛んできた右手に目を移す。
「若いの、その力でダムズとやり合うのは、無茶だな」
いつの間に現れたのか、傍らに立っているのは壮年の男だ。
「あなたは」
「通り掛かれば、争う姿が見えたのでな」
男は言いながら地に落ちた槍を拾う。
穂先に付いた血を振り払い、笑みを見せた。
通りがかった。この森の中を、か。
振り返ると、森の奥に二つの人影。小学生くらいの少年と少女だ。
いつの間にそこにいたのか、彼らにも気が付かなかった。
三人は親子なのだろうか。それにしては、歳が離れているように見える。
どういう者たちなのか。目を凝らした瞬間、彼らの身体から立ち昇る光が見えた。それは身体から発せられる光のようだ。
子供たちの光は僅かな揺らめきを見せながらも白く輝き、目を戻した男からは揺らめきはないが、光の中に微かだが黒い靄が見える。
「若いの、その身なりならば公貴だろう。すぐに家に帰ることだ」
男が諭すように言った。
「行かなければいけないところがある」
意識を外すと、光は消える。
「その力でか、命を落とすぞ」
命を落とすか。あの熊みたいなものと対峙したい時、やばいとは思ったがやはり恐怖は感じなかったし、戦っている最中は考える余裕もなかった。
ダエントとか云う妖獣に襲われた時は身体が震えるほどの恐怖を感じ、終わった後も震えは止まらなかったが、今はそれもない。
「力は、これから付けていく」
「付けていくか。ならば、すぐに街道に出ることだ。この辺りは獣も妖獣も多い」
言いながら、すぐ横の倒木に腰を落とした。
「そのメイスを見せてみな」
メイス、西欧の鈍器として使う武器の名前だ。まあ、今のこれも鈍器で間違いはないのだろう。
その言葉に、手にした鞘に納められたままの刀を渡す。
「鋼のメイス。しかし、これでは弱すぎるな。街道に出れば、すぐにアルム街道駅がある。そこで剣を買う方がいい。おまえさんの最後の一撃、剣ならばダムズも退けたはずだ」
最後の一撃。確かに手応えはあった。
あれが、鞘から抜けた刀ならば、斬ることが出来たのだろうか。
返された刀を腰の金具に戻す。それに近くには街道駅があるのも分った。
「それで、あなたたちは」
「自分らは、街道には出られない身の上でな。このまま行くさ」
本気か冗談か、口元は笑みを浮かべたままだ。しかし、このまま行くと言っても一緒にいるのは、まだ子供じゃないか。
背後の二人に目を移す。しかし、その姿はない。
慌てて視線を戻すが、目に映ったのは倒木と舞っていく木の葉だけだった。
この倒木に腰を落としていたあの男の姿すらなかった。
三人は幻か、今話したのは夢か。
いや、現実に傍らにはダムズと呼ばれる熊の黒い血が散っていた。
再び周囲を見渡した。視界に入るのは木々のみだ。
自らの手甲に目を落とす。プレートには真新しい傷が刻まれ、鈍く輝いていた。
青い光が消え去った途端、身体が崩れた。下草と倒木が目立つが、ここは森の中。
吹き抜ける風が冷たい。北の地なのだろうか。
立ち上がり、周囲を見渡す。木々の向こうに山の稜線が見えた。
あの一瞬で、跳ばされたわけだ。
この世界に来た時、カナンの家に飛ばされた時、どちらも突然のことでよく分からなかった。
しかし、今回は自分の周囲に渦巻く巨大なルクスを感じられた。
あのルクスが、空間を捻じ曲げたのだろう。
踏み出した足は、一歩目で止まる。
樹々の奥に見える黒い塊。妖気は感じないため、妖獣ではなさそうだ。
しかし、大きさだけで言えば、襲ってきた妖獣、ダエントと同じだ。
枝葉の陰から顔を出しているのは――。向こうもこちらに気が付き、じっと見ている。
さっき目覚めたばかりだぞ。何でこんなところに跳ばすのか、もっと安全なところもあるだろうに。
刀の柄に手を掛け、ゆっくりと引く。
刃は抜けず、鞘ごと金具から外れた。必要な時以外は抜けないと言っていたが、この状況は必要がないということなのか。とてもそうとは思えないが。
身体は重く、疼痛も引いていない。でも、背を向けて逃げ出しところですぐに追いつかれるだけだろう。
それに、あれを倒せない程度では、ラミエル相手には戦えない。
腹を括るしかなかった。ゆっくりと足を進める。
低く重い唸り声が流れて来た。向こうも逃げる気はないようだ。いや、不意に草葉を散らし、迫って来た。
同時に隆也も地を蹴る。
振るわれる爪と突き出す刀は同時であった。
肩と腕に強い衝撃、弾き飛ばされながらも地面に足を付く。
それも二本足で立ちあがり、威嚇するように前肢を上げた。
三メートはある熊だ。熊と異なるのは、その長い牙と頭に生えた二本の角。
その熊の喉を突くのと、爪で薙ぎ払われるのは同時だった。
幸い肩当てに護られ、傷は負っていない。
いや、それは向こうも同じ。カウンターで喉を突いたが、隆也の方が弾かれてしまった。
それに――それに、言っていた意味が分かった。
戦い方は刀が知っている。確かに打ち込む寸前、狙う場所に光りが見えた。そう、あの瞬間、刀がどこに撃ちこむかを示したのだ。
刀を構え直す。
もう一つ分かったことがある。
刀は手で振るのではなく、身体で振らなければならない。
刀が動こうとする場所に、身体を入れなければならない。そういえば、サラたちも舞うように身体を動かしながら、剣を振っていた。
隆也は再び地を蹴った。
のしかかるように熊も動く。
白い光が、熊の足と鼻に瞬く。
だったら――大きく踏み込み、その足を撃つ。同時に降り落ちる爪を避けるように身体を回転させながら、鼻頭に向けて刀が走った。
腕に重い衝撃。しかし、見なくても分かった。これも、効いていない。
白い光が幾重にも瞬き、刀が動く。だが、その動きに今度は身体が付いていかなかった。
疼痛は鈍痛になり、腕も足も痺れるようだ。
振り下ろされる爪を受ける刀は弾かれ、両腕を重い衝撃が貫く。
やばい。このままでは避けようがない。
思ったと同時に弾き飛ばされた。
そのまま背中を樹に撃ち付けられる。立ち枯れをした樹は大きく崩れ落ち、隆也の身体を叩いた。
大丈夫だ、身体はまだ動く。
起き上がろうとするその眼前に、熊の口。黄色く鋭い牙が見え、咄嗟に手で庇う。
間髪遅れて、硬い音を響かせ手甲に牙が食い込んだ。プレートのおかげで傷つけられてはいない。しかし、引き千切るかのように大きく首を振られ、身体を持っていかれた。
地面に叩きつけられ、息が止まる。
しかし、同時に腕の圧力が消えていた。あの顎から解放されたのだ。
「痛くない」自分に言い聞かせながら立ち上がる。
瞬時に痛みは和らいできた。
これがルクスの力なのか、それとも、ただの気のせいなのかは分らない。
しかし、刀の動きに付いていくのに、考えてもダメだということは分った、
熊も再び威嚇するように立ち上る。
白い光が見え、隆也は地を蹴った。
大きく踏み込みながら、その喉を付く。
僅かに遅れて薙ぎ払われる爪を背後に飛び除け、再び地を蹴ると同じ喉元を突いた。
熊の腰が落ちる。今度は効いた。
「打倒せ」思いを込めて横殴りに鼻を撃つ。
腕に重い手応えが返ってきた。
しかし、眼前の熊は少し怯んだだけだ。
だったら――さらに踏み込む隆也の横を黒いものが飛んだ。
それが熊の目を貫き、その時になって黒いものが槍だと分る。
熊は大きく転がり、槍を振り落して身を翻した。
逃げていくようだが、それを追いかける気力も体力も隆也には残ってはいなかった。
肩で息をしながら、槍が飛んできた右手に目を移す。
「若いの、その力でダムズとやり合うのは、無茶だな」
いつの間に現れたのか、傍らに立っているのは壮年の男だ。
「あなたは」
「通り掛かれば、争う姿が見えたのでな」
男は言いながら地に落ちた槍を拾う。
穂先に付いた血を振り払い、笑みを見せた。
通りがかった。この森の中を、か。
振り返ると、森の奥に二つの人影。小学生くらいの少年と少女だ。
いつの間にそこにいたのか、彼らにも気が付かなかった。
三人は親子なのだろうか。それにしては、歳が離れているように見える。
どういう者たちなのか。目を凝らした瞬間、彼らの身体から立ち昇る光が見えた。それは身体から発せられる光のようだ。
子供たちの光は僅かな揺らめきを見せながらも白く輝き、目を戻した男からは揺らめきはないが、光の中に微かだが黒い靄が見える。
「若いの、その身なりならば公貴だろう。すぐに家に帰ることだ」
男が諭すように言った。
「行かなければいけないところがある」
意識を外すと、光は消える。
「その力でか、命を落とすぞ」
命を落とすか。あの熊みたいなものと対峙したい時、やばいとは思ったが不思議と死への恐怖はなかった。
ダエントとか云う妖獣に襲われた時は、身体が震えるほどの恐怖を感じたが、それがなかった。
「力は、これから付けていく」
「付けていくか。ならば、すぐに街道に出ることだ。この辺りは獣も妖獣も多い」
言いながら、すぐ横の倒木に腰を落とした。
「そのメイスを見せてみな」
メイス、西欧の鈍器として使う武器の名前だ。まあ、今のこれも鈍器で間違いはないのだろう。
その言葉に、手にした刀を渡す。
「鋼のメイス。しかし、これでは弱すぎるな。街道に出れば、すぐにアルム街道駅がある。そこで剣を買う方がいい。おまえさんの最後の一撃、剣ならばダムズも退けたはずだ」
最後の一撃。確かに手応えはあった。
あれが、鞘から抜けた刀ならば、斬ることが出来たのだろうか。
返された刀を腰の金具に戻す。それに近くには街道駅があるのも分った。
「それで、あなたたちは」
「自分らは、街道には出られない身の上でな。このまま行くさ」
本気か冗談か、口元は笑みを浮かべたままだ。しかし、このまま行くと言っても一緒にいるのは、まだ子供じゃないか。
背後の二人に目を移す。しかし、その姿はない。
慌てて視線を戻すが、目に映ったのは倒木と舞っていく木の葉だけだった。
この倒木に腰を落としていたあの男の姿すらなかった。
三人は幻か、今話したのは夢か。
いや、現実に傍らにはダムズと呼ばれる熊の黒い血が散っていた。
再び周囲を見渡した。視界に入るのは木々のみだ。
自らの手甲に目を落とす。プレートには真新しい傷が刻まれ、鈍く輝いていた。
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