第二章 ラスボス、冒険者を救う(一回目)⑦

「シロ、お待たせ」

「!? え、えっと、これはいったい……」

「スルメとセリ、山芋の塩炒めと、焼きスルメだ」

 水を入れたグラスとともにテーブルに並べると、それなりに良い感じの見た目になったように思う。だが。

「…………」

 シロは青ざめ、震えていた。

「あ、の、助けていただいたのは感謝しています。でも、私はスキルどころか魔力もないノーアビリティです。こんなにたくさんの毒を摂取したら、きっと死んでしまいます……」

「あ、ごめん。これ毒ないから大丈夫だよ。……ほら」

 オレは先に自分が食べて見せ、解毒されていることを伝える。

 まあ本当は、オレに毒は効かないけど。

 でも、安心させる方法がこれくらいしか浮かばない……。

 シロは、オレが料理を口に入れる瞬間、怯えたような絶望したような目をしていたが。

 オレに何も起こらないのを確認すると、次第にお皿に盛られた料理に興味を持ち出した。

「……あなた様は、いったいいくつスキルをお持ちなのですか? い、いえでも、こういう料理は貴族様が特別な日に食べる高級なものだと聞きました。こんな、私のような冒険者奴隷が口にしていいものでは……」

「シロはもう奴隷じゃないよ。それに、せっかく作ったのに食べてもらえないのは悲しい。口に合わなかったら残してもいいから、とりあえず一口だけでも食べてみないか?」

「…………ほ、本当にいいんですか? あとで鞭で叩いたり、しませんか?」

「しないから安心してくれ」

 こんないたいけな少女を鞭で叩くなんて、そんな鬼畜趣味はオレにはない。

 ――でもまあ、そういうのが日常だったんだろうな。

「で、では、いただきます……」

 シロはフォークで少しだけすくって、恐る恐る口へと運ぶ。

 そして――。

「―――――――っ!!!?」

 食べた瞬間、驚いたように目を見開き、キラキラと輝かせて、オレとお皿を交互に見る。よほど気に入ったのだろう。

 喜びが伝わってきて、見ているこっちがニヤニヤしてしまいそうだ。

「な、なんだか口の中が幸せですっ! 不思議な感覚ですっ!」

「――えっ?」

 ――ああ、そうか。

 シロの中には「おいしい」という概念がないのか。

「それは、おいしいっていうんだ」

「お、おいしい……。これはおいしいって気持ちなんですね! おいしいですっ!」

 シロはそう言って黙々と食べ続け、あっという間に完食してしまった。

 その後、焼きスルメも二人でたくさん食べた。

「こんな、こんな幸せを私なんかにくださって、本当にありがとうございます。私、役立たずですが、荷物持ちでも夜のお相手でも、できることなら何でもさせていただきます。ですからどうか、これからも私を傍に置いていただけないでしょうか……」

 シロは椅子から立ち、オレの足元に土下座してそう懇願してきた。

「心配しなくても捨てたりしないよ。だから顔を上げてくれ。というか夜のお相手って」

 シロは、どう見ても十代前半くらいの見た目をしている。

 それなのに。

「私はノーアビリティです。それくらいしかできません」

 悲しそうに笑うシロを前にして、オレは目頭が熱くなるのを感じた。

 胸が苦しくなり、うっかり泣いてしまいそうになる。

 泣きたいのはきっとシロの方なのに、オレが泣いてどうするんだ……。

「……シロの気持ちは分かった。ありがとう嬉しいよ。でもその前に、君に話しておかないといけないことがある」

 オレは溢れそうになる涙をぐっと抑え込み、シロにそう告げた。

 そう、オレはまだ、シロに何も話していない。

 ここがいったいどこなのかも、オレが何者なのかも。

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