第019話 魔法


 ナタリア達のクランの寮で一泊した俺は朝早くに目が覚めた。


「おはようございます、マスター」


 目を覚ますと、AIちゃんがベッドに肘を置き、覗き込んでいた。


「おはよう。お前、起きるのが早いな」


 一緒の布団で寝たはずなんだが、いつの間にか先に起きている。


「マスターより先に起きないといけませんから」

「ふーん……そもそもなんだが、お前、寝る必要があるのか?」


 スキルだし、式神だ。


「実を言うと、私は人工知能なのでインストールした情報を整理する必要があるのです。それが睡眠と同義です。さすがに今まではマスターの体調を考慮し、起きて見張りをする必要がありましたが、ここでは不要でしょう。ですので、一度、シャットダウンし、再起動しました」


 言語インストールをしたのだが、言っている意味がよくわからない。

 まあ、要は睡眠が必要ってことなんだろう。


「起きるか……飯は?」

「ナタリアさんにお願いしてきましょう。マスターも服を着てください」


 俺は昨日、寝巻がなかったので全裸で寝た。


「その辺も買いに行かないとなー……」

「仕事が終わって収入を得たら生活用品を買いに行きましょう」

「そうだな」


 AIちゃんが朝食を催促しに部屋を出たので服を着ると、顔を洗うことにした。

 俺は洗面台に行くと、蛇口を捻って水を出し、顔を洗う。

 AIちゃんに教わったのだが、この世界は井戸から水を汲まなくても簡単に水が出るのだ。


 顔を洗い終え、部屋に戻ってしばらく待っていると、AIちゃんが朝食を持ったナタリアとアリスを連れて戻ってきたので一緒に朝食を食べることにした。

 そして、朝食を食べ終えると、クランの寮を出て、ギルドに向かう。


 ギルドに着くと、かなり盛況なようで多くの冒険者が依頼票が貼ってある壁の前でわいわいと騒いでいた。


「多いなー……」

「朝はこんなものだよ。依頼の取り合いだね」

「…………邪魔」


 2人も微妙に嫌そうな顔をしている。


「毎朝かー……そりゃ嫌だわな」

「まあね。私達はちょっとあっちを見てくるよ。ユウマはパメラさんのところかな」


 紹介を頼んだわけだしな。


「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」


 俺は依頼票を見にいくナタリアとアリスと別れ、AIちゃんと共にパメラのもとに行く。


「よう、パメラ。おはよう」

「はい、おはようございます。本当に晴れましたね」


 俺が挨拶をすると、パメラも挨拶を返してきた。


「俺の天気占いは外れないんだ」

「そうですか。ちなみに、明日は?」

「曇り時々晴れ」

「なるほど……ありがとうございます。さて、依頼ですね」


 パメラはそう言うと、受付の下から紙を何枚か取り出す。


「どんなのがある?」


 そう聞くと、パメラが紙を一枚一枚読みだす。


「えーっとですね、色々とあるんですが、これなんてどうでしょう?」


 パメラが一枚の紙を俺に渡してきたので読んでみる。


【ビッグボアの討伐 金貨10枚】


 討伐系か……


「ビッグボアって?」

「大きな猪になります。巨体なうえ、鋭い牙で突進してくるので非常に危険です」


 危ないなー。


「この世界ってそんなのがいるんだな」

「はい。魔物が多いです。ですが、ビッグボアは森の奥にいるような魔物で滅多に町の近くには現れません」

「んー? 森の奥まで行けってことか? 俺、今日中に金が欲しいんだけど」

「いえ、実は町の近くで目撃情報が出ているんです。危険ですし、早めの討伐をお願いしたいのです。一種の緊急依頼ですね」


 それを俺に回すのか……


「早い者勝ちか? 一匹なわけだろ?」

「はい。ですが、これは依頼が出る前に私が先行してユウマさんに依頼をしています。昼までに仕留めていただければ問題ありません」


 不正っぽい。

 でも、ありがたい。


「なるほど。大きい猪程度ならすぐだろう。燃やしてやる」

「実はそこでもう一つお願いがあるんです。できたら燃やすのは避けてほしいのです」

「なんで?」

「ビッグボアは牙も毛皮も肉も売れるんですよ。ですからなるべく炭にするのは避けてください。もっとも、命がかかっていることですので無理にとは言いません。もちろん、素材分の料金は別途お支払いします」


 あー……確かに猪の肉って美味いしな。


「わかった。火魔法はやめよう。しかし、殺した後はどうすればいい? 放置するにしても腐るぞ」


 血抜きがいるんだっけ?

 俺は猟師ではないからその辺がわからない。


「そうですね。でしたらこれをどうぞ」


 パメラは頷くと、石を渡してくれる。


「なんだこれ?」


 受け取った石をまじまじと見てみるが、ただの石だ。


「これは魔導石と呼ばれるものです」

「魔導石?」

「魔導石とは魔法を覚えることができる不思議な石ですね」


 何それ!?

 すごい!


「マジ?」

「マジです。これは空間魔法ですね。これを使えば、色んなものを収納できます。これを使って、持って帰ってください。裏に解体施設がありますのでそこで職人さん達に解体してもらいます」


 この世界の魔法ってすごいな。


「これで空間魔法とやら覚えてもいいのか?」

「どうぞ」


 パメラがニコッと笑う。


「この石って高くないか?」

「うーん、高いですね。でも、高いのは魔導石自体です。魔導石は専門の魔法使いが魔法を込めるんですが、一度使ったら空になり、また魔法を込めることができます。ですので、使った石は返してください」


 使い捨てじゃないのか……


「こういう商売ができそうだな」

「そういう商売ですね。難しい魔法は無理ですが、簡単な魔法ならこのように簡単に覚えることができるんです。実際、空間魔法なら私も覚えていますし、ナタリアさんもアリスさんも覚えています」


 あー……だからあいつら、泊まりがけの依頼だったのに小さいカバン程度の軽装だったのか。


「ちなみに、いくら?」

「空間魔法は金貨10枚くらいですかね?」


 依頼料がなくなるがな……


「素材料に期待か……」

「あ、いえ。お代は結構です」

「そうなのか?」


 マジ? 無料?


「はい。先行投資のようなものです。ユウマさんは優秀そうですし、今後もこのギルドで頑張ってくれることを考えれば、安いものです」


 いい人だなー。


『マスター、わかっていると思いますが、他所の区に移籍するなってことですよ?』


 AIちゃんが脳内に直接声をかけてくる。


『どうでもいいだろ。どっちみち、動く気ないし』

『ナタリアさんもアリスさんもかわいらしいですし、この人も美人ですもんね。マスターは本当に愛が多いですねー。さすがです』


 いや、縁を大事にしろって言ったのはお前だろ。


『どちらにせよ、今の状況ではフラフラできん。まずは足元を固めるところからだ』


 寝床は見つけたが、金がないことには変わりはない。


『まあ、そうですね』


 俺だって、このパメラやナタリア、アリスが良くしてくれる意図はわかっている。

 でも、別にそこに悪意があるわけではないし、実際、助かっているのだから何も問題はない。


「じゃあ、ありがたくもらうわ…………しかし、俺が覚えられるのかね?」

「え?」

「いや、昨日、アリスに俺の術を教えたんだが、まったく使えなかった。この世界の魔法と俺の術は根本的に違うっぽい」

「えーっと、どうしましょう?」


 俺が聞きたい。


「マスター、私が使いましょう。私は昨日、ジェフリーさんの情報をインストールした際にこの世界の魔法の仕組みもインストールしています」


 AIちゃんが俺の服を引っ張りながら言う。


「そうなのか?」

「はい? 要は出力が違うだけでエネルギーは一緒です」

「じゃあ、俺も魔法を使えるのか?」

「出力を変えるのは大変な作業だと思います。この世界の言語を一から覚えるより大変です」


 じゃあ、やらない。

 AIちゃんが使えるならそれでいい。


「面倒だわ。お前が覚えろ」

「それでいいと思います。私はマスターのスキル。私の力がマスターの力です」


 そういやAIちゃんってスキルだったな。

 人工知能らしいが、完全に意思を持ってる……

 謎なスキルだわ。


「じゃあ、はい」


 俺はAIちゃんに魔導石を渡す。

 すると、AIちゃんは魔導石を強く握った。


「…………インストール完了」


 AIちゃんはそう言うと、魔導石を受付に置く。


「もう覚えたのか?」

「はい。ばっちりです」


 こんなに簡単なのか……


「じゃあ、これを収納してみて」


 俺は懐から護符を取り出し、AIちゃんに渡す。

 すると、すぐにAIちゃんの小さな手から護符が消えた。


「出してみて」


 俺がそう言うと、AIちゃんの手に護符が現れる。


「すごいな……」

「泥棒ができそうです」


 本当だわ。


「多分、ユウマさんがいた世界でも同じでしょうが、泥棒は犯罪ですからねー」


 そりゃそうだろ。

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