02.麦畑の大鎌に懸けて


「さて、ここまで話は順調に話が進んだが、妾は問題提起をせねばならんのじゃ」


 そう告げて、ニナは難しい表情を浮かべる。


「問題提起ですか?」


「うむ。マーヴィン先生は共和国からの情報として知って居るじゃろうが、妾は魔族の祖霊である、いわゆる『魔神』を信仰して居らんのじゃ」


 この世界で魔族と言ったときは、プロシリア共和国に多く暮らす古エルフ族を指すことが一般的だ。


 ただし、エルフ族も魔族という括りに入れる場合があるようだけど。


「ええ……、その点は王国が専門家を招くために、共和国に条件としていたと聞いております」


「その上で申すのじゃが、共和国が感知せず王国に入っている精霊魔法の使い手は、二つに分けられるのじゃ」


「……一つは共和国に縁がある冒険者ですね。もう一つはここまでの話からすると、『魔神』の信者でしょうか?」


 ニナが突然始めた話に当惑しながらも、マーヴィン先生は彼女の話に応じていた。


「『魔神』の信者かその弟子じゃな。――そして妾は、環境魔力の流れなどから精霊魔法の使い手は判別できるのじゃ。その上で問題提起があるのじゃ……」


 そこまでニナは喋ると視線を目の前のテーブルに落とし、数瞬考え込んだ。


 そしてあたしとマーヴィン先生は、彼女が伝えようとしている内容が何となく察せられてしまっていた。


「現段階において精霊魔法が使える生徒は、学院としてはどう扱うつもりじゃろうか?」


「…………アルティマーニ君、その生徒は、先日頂いたリストに名がある生徒ですか?」


「いいや、あのリストには載せて居らんのう。丁寧に確認をしたかったのと、どう扱うべきか妾も考える時間が欲しかったからじゃ」


「ニナ……、その生徒って誰なの?」


 あたしの問いに彼女は視線をこちらに向け、一つため息をついてから告げる。


「名はジェイク・グスマン。予備風紀委員として風紀委員会に所属する生徒じゃ」


 その名を聞いたとき、マーヴィン先生の執務室で行われている会話という事もあって、あたしには酷く現実感が薄く感じられた。


「……間違い、ないのね?」


「ジェイク先輩が精霊魔法を使えるという事は、妾が麦畑の大鎌に懸けて申せる事実じゃ」


 ニナの言葉を聞いて、あたしは一瞬固まってしまった。


 だが、先ほどのニナの話を聞く限りでは、冒険者から教わった場合と魔神の信者に教わった場合がある。


 ジェイクの場合はどちらなのかは、本人に確認するしかない。


 そしてあたしは根本的な話を確認したくなった。


「ええと、…………話の腰を折るようで済みませんが、『魔神』について教えて貰ってもいいですか?」


 そう言ってあたしが問うと、マーヴィン先生とニナは視線を交わしていたが、マーヴィン先生が口を開いた。


「そうですね。アルティマーニ君と認識のすり合わせをする意味でも、ヒースアイル君に説明しておくのは良いことだと思います――」


 そしてマーヴィン先生は丁寧に説明をしてくれた。


 その内容は以下の通りだ。


 ・『魔神』は共和国の古エルフ族の祖霊信仰で登場する神である。


 ・各国の教会で認定された神ではない。


 ・精霊魔法の起源の一つが古エルフ族と考えられていて、彼らの祖霊信仰が精霊魔法の発展の歴史に関わる部分がある。


「――ここまでは、『魔神』そのものの認識ですが、問題無いでしょうか?」


「問題無いのじゃ」


 マーヴィン先生の問いにニナは頷く。


「続けます。王国は『魔神』の信者を問題視しています――」


 説明によれば、問題視している点は二つあるという。


 一つは『魔神』信者の大元である古エルフ族が王政を嫌い共和制を主導する部族であり、信者の価値観が王国に影響を与えるのを問題としている。


 もう一つは『魔神』信者の一部が祖霊信仰を先鋭化させ、各国で禁術とされるような魂や死霊に関する魔法を扱っているのを問題としている。


「……つまり、『魔神』を信じる人が王家に弓を引いたり、禁術をつかうのを心配しているということですね?」


 あたしの確認にマーヴィン先生もニナも頷く。


「妾から補足すると、特に禁術の方は厄介じゃの。呪いに近い魔法を行使したり、供物をささげる祈祷を行ったりするような手合いが、未だに共和国に居るのじゃ」


「供物って……?」


「家畜であるとか人間の命じゃな。酷いものになると生きながら解体する儀式もあるようじゃ」


 完全にカルトとか暗黒教団じゃんそれ。


 あたしがドン引きして黙っていると、ニナが苦笑して告げる。


「さすがにその辺の手合いは、共和国でも鼻つまみ者なんじゃがの」


「それはそうでしょうよ……」


 あたしとニナのやり取りを見ていたマーヴィン先生が、一つ嘆息して口を開く。


「ともあれ、『魔神』に関してはここまでの説明で良いでしょうか?」


「はい、把握しました」


 あたしはそう応えたうえで、元々の話が頭によぎる。


 ジェイクへの対応を決めなければならない件だ。


 もっともこの場に居る人間では、マーヴィン先生しかその権限は無いと思うけれど。


「それでグスマン君の件でしたが、過去の例に照らせば王宮に報告したうえで身柄を渡し、取り調べをして対応を決める流れになります」


「承知したのじゃ」


「……」


「ヒースアイル君は風紀委員会で顔見知りですね。グスマン君のためにも、対応がひと段落するまでこの部屋で待機してくれませんか?」


「分かりました」


 ここで迂闊にあたしが動いてジェイクを逃がしたりしたら、話がややこしくなるかも知れない。


 残念だけどアイリスのときのように、今は待つしかないだろう。


「マーヴィン先生よ、妾は闇神の加護を持ち、それなりの年月を闇魔法の研鑽に費やしておる。もしジェイク先輩の意識を変える、、、、、必要があるときは協力するのにやぶさかで無いのじゃ」


「ありがとうございます。恐らくその場合、、、、は王宮預かりになるでしょうし、宮廷魔法使いが判断すると思います」


「承知したのじゃ」


 さりげなく物騒な話をしている気がするけど、場合によってはジェイクの意識とかを魔法で弄る必要があるのか。


 そうならないことを願うしかないな。


 アイリスみたいに学院でまた会えたらいいな。


 あたしはそんなことを考えていた。


 マーヴィン先生はニナの返事に頷いてから、その場から無詠唱で魔法を使った連絡を行っていた。


 会話の内容を聞く限りでは、専門家からの情報提供があったのでジェイクの身柄を押さえて王宮に指示を仰ぐことになった。


 また、王宮にはリー先生が同行して、ジェイクの取り調べに立会うようだ。


「さて、それではアルティマーニ君とヒースアイル君は、このままここで待機して貰って良いでしょうか」


「分かりました」


「承知したのじゃ」


 あたし達の返事を確認した後で、マーヴィン先生はディナ先生に連絡を入れていた。


 いつ待機が解かれるか分からないから、場合によってはあたし達は午後の授業を受けられないかも知れないし。


 待機しているあいだ、あたし達にはジェイクの事を風紀委員会を含めて他の生徒に漏らさないよう、マーヴィン先生からお願いされた。


「あたしの中ではジェイク先輩は風紀委員会の仲間なんです。色々な事が確定するまでは黙っていようと思います」


 そう応えたら何故かニナがあたしの頭を撫でていた。


「大丈夫じゃ。あ奴は精霊魔法の才能がある。妾が見る限り、その才能には淀みのようなものは感じられなかったのじゃ。おそらく人間性に問題は無いじゃろうのう」


「ジェイク先輩はちょっと凝り性なところはあるけど、根は真面目な人よね。大丈夫だったらいいなあ。……頭撫でなくてもいいわよニナ」


「ふむ、そうかの」


 その後、午後の授業の開始のチャイムが鳴ってから三十分ほどして、マーヴィン先生のところに魔法で連絡があった。


「――分かりました、お願いします。……グスマン君の身柄は王城に移送されました。これから取り調べが始まるとムーア先生から連絡がありました」


「分かったのじゃ。精霊魔法の特別講義についてはまた打合せをするとして、今日はこのまま午後の授業に向かって良いじゃろうか?」


「ええ、大丈夫です」


 マーヴィン先生の返事であたし達は立ち上がり、先生に見送られて執務室を後にした。


 自分たちのクラスへと移動しながら、あたしはニナに訊く。


「ところでニナ、さっきあなた闇魔法の話をしたじゃない?」


「そうじゃのう」


「あたしの姉さんが闇属性の魔力を時々纏ってるけれど、これって闇神様の加護持ちかしら」


 ときどきアルラ姉さんの虎の尾を踏んだりしたときに、昏い闇属性魔力が感じられることがある。


 もし姉さんに闇魔法の才能があるなら、ニナから何か教えて貰えないだろうかとあたしは考えた。


「本人に確認するのが一番早いが、まず間違いなく加護持ちじゃろう。――闇魔法を覚えたいときは、相談してくれればウィンの姉君なら教えても良いのじゃ」


「ホントに? それならちょっと本人と話してみるわ」


「うむ」


 そう言ってニナは得意げな表情で頷いてみせた。

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