08.必殺されるって
夕方になって寮に戻り、いつものように姉さん達と夕食を取った。
その後自室に戻って部屋の扉にカギをかけ、黒い戦闘服に着替える。
あたしは内在魔力を循環させてチャクラを開き、身体強化と気配遮断を行ってから窓から抜け出した。
「暗部のお姉さんが言ってた夜遊び云々はピンと来ないけど、確かに今まで夜にパトロールはしてなかったよな……」
そう呟きつつ、夜の学院構内を歩く。
周囲の気配は探っているけれど、ときどき暗部らしき気配の隠し方をしている人が見つかるくらいだ。
「平和だな……」
空振りの可能性が頭によぎりつつ、それでも暗部のお姉さんがワザワザ「独り言」とまで言ってくれたのだ。
何か意味がある情報だろうという予感はあった。
「悪だくみ、とも言っていたか……」
集団で集まっているのなら、屋内とか林の中とか人目を避けて行動しているかも知れないな。
そう思ったあたしは適当な生垣の陰に隠れてステータスで“役割”を『風水師』に変え、学院構内の気配を深く広く探ってみた。
その結果――
「大講堂か。どうやって入ったんだろう?」
夜のこんな時間に、大人数でも無い中途半端な人数が集まっている事を察知する。
あたしは“役割”を『斥候』に変え、大講堂に移動した。
学院の大講堂では高等部の学科をまたぐ授業を行ったり、附属研究所や附属病院、附属農場が講演を開いたりするらしい。
それ以外にも演劇や音楽などのイベントを開くこともあると、姉さんから聞いたことがある。
大講堂に近づいてから改めて『斥候』として気配を確認するが、建物の中に人が集まっていることが分かる。
「二十人強……二十二、三人てとこかしら。それよりも、何となく知った気配がするような……。こんな怪しい状況で知り合いと鉢合わせるとかヤだなあ……」
あたしはため息をつきながら大講堂の裏手に回る。
正面玄関に比べたら控えめな裏口だったが、気配を探っても見張りは居ないようだった。
近づいて扉を確認するとカギが開いていた。
「ここから入ったのかしらね……」
あたしは念入りに気配を消してから、大講堂の建物内に侵入した。
扉を幾つかくぐり、飾り気の無い廊下を進むと「大ホール舞台裏」と書かれた扉が見つかる。
気配を読む限り、この扉の向こうで一塊に集まっているようだ。
扉の開け閉めで気づかれても嫌なので、その扉はスルーして正面玄関側を目指すことにする。
しばらく廊下を進むと玄関ホールに出た。
人の気配がある大ホールへの入り口は階段を上がった上の階にあるので、気配を消したまま移動する。
大ホール入り口の扉は施錠されていたので、あたしは自分の魔力をカギ穴に伸ばしてから構造を確かめながら動かして開錠した。
そのままそっと扉を開け、気配を消しつつ大ホールに侵入して扉を閉める。
大ホールは奥に舞台があり、それを見下ろすように段差を付け、座席が半円を描いて設置されていた。
舞台上には、濃い色のフード付きローブを着込んだ集団が集まっている。
彼らが手にする灯りの魔道具の光で照らし出される光景は、演劇か何かの一シーンのようにも見えた。
何やら普通の口調で話し込んでいるけれど、場所が場所だけに良く聞こえてくる。
「――だから、俺たちとしてはもっとイケメンの数を減らしたいんだ」
「でも、まずは今確保した分で呪いを行ってくれた方が、私たちは安心できるわ」
「確かにな、構内の巡回が強化されている気がしたぞ。普段人気のない場所でも警戒されている気がするんだ――」
どうやら当たりだったようだ。
思わずあたしは「独り言」を教えてくれた暗部のお姉さんに感謝の念が浮かぶ。
それよりも今、呪いって単語が聞こえたんですけど。
『連続男子生徒丸刈り事件』は呪いの形代集めが目的だったようだ。
しかもイケメンを減らしたいとか言ってるから、妬みとかの感情で犯行を重ねている連中だろうか。
ただ、女子の声で「呪いを行って」と催促するようなことを言っている。
この段階で判断するには情報が断片的すぎるんだよな。
それでも催促をするという事は、呪うことでこの場の女子たちにメリットがあるのかも知れない。
一番シンプルに考えれば、好意の感情を独占するような魅了に近い呪いが使われるケースがあるか。
その場合はこの場にいる男子がイケメンと呼んでいる被害者は、この場にいる女子と付き合い始めるだろう。
そうなれば学内のイケメン男子は彼女が出来ることになり、“彼女がいる男子”への女子の視線は減るかも知れない。
そこまで仮定に仮定を重ねて、あたしは計算した。
ともあれ、呪いが使われるのは見過ごせないし、真相は確保した連中から訊けばいいだろう。
あとはどうやって確保するかだ。
一番ラクなのはこの場の女子の誰か一人を追跡して確保し、学院側に引き渡すことだろう。
ただ闇鍋研究会のように、互いにあだ名で呼び合うなどして本名を隠していたら追えなくなる。
加えてここで身柄を押さえなかったことで呪いが使われたら、被害者にどんな影響が出るかは未知数だ。
ニナが呪いの知識を持っていそうだったから、もっと詳しく訊いておけばよかったと少し後悔する。
リスク管理からすれば、ここで全員気絶させて身柄を押さえるのが一番安全だろうか。
その場合警備の人や宿直の教職員を呼んだ時、あたしが何でここに居るのかという話になる。
でもまあ、風紀委員会宛てに、匿名の情報提供者(暗部のお姉さん)が居たってことにしよう、うん。
後始末の案としては穴があるけど、目の前の連中の身元がわからない以上、捕まえた方がいいだろう。
そこまで考えて、あたしは気配を消して場に化したまま大ホールの舞台に歩いて向かった。
まず一人目だ。
舞台に集まったフード付きローブを着込んだ集団の、一番外にいる男子生徒らしい気配の少年を標的にする。
鳩尾に四撃一打を叩き込んで意識を刈り取り、二人目を無力化しようと動き出したところで反撃に遭う。
気配は消しているから空気の揺らぎとか勘を頼って接近したのだろう。
拳打を連撃で放ってきたので、あたしは円の動きで対処する。
数撃打ち合ってからフードを被った相手の頭部に掌打を叩き込むと、その打撃を自ら飛ぶことで無効化し、相手はあたしに構えを取る。
「
正直参った。
知った気配の相手があたしに反応し、しかも声を出せば思った通りの人物だ。
おまけに他を逃がそうとしてるし。
何か思惑があるのか無いのか、現状では判断できない。
だからあたしはバカ正直に応戦するのではなく、足を止めている他の生徒を狙う。
「
誰かが叫ぶがあたしはそれを無視する。
気配を消したまま、足を止めている手短な男子生徒に四撃一打を叩き込んで意識を刈り取る。
直ぐに三人目に向かうが、そこでもあたしの知り合いらしき女子生徒に攻撃を喰らいそうになる。
あたしが二人目を転がした一瞬で、ローブの下から木製の片手剣を手にしたようだ。
木剣には属性魔力が込められ、刺突技を放った次の瞬間魔力の刃があたしに飛んで来た。
今のは多分、
武術研究会のライナスから聞いたことがある。
格闘術として有名な
地球の記憶からいえばハ虫類の蛇はトカゲから進化した気がするんだけど、蒼蜴流は蒼蛇流が起源だ。
この流派は気配遮断とか気配察知も取り入れているようだ。
王都で使う者は少ないが、地方に行くほど諜報活動を行う者が修めていることが多いらしい。
彼女がそんな流派を修めているとは知らなかった。
どうにも邪魔されそうなので、あたしは気配を消すのを止めその場に姿を現す。
すると舞台に集まっていた連中は、口々に「ほんとに
必殺されるってどういう意味だよ。
ひどい言い草にあたしの気分はダダ下がりだ。
加えて何をするにも、目の前で構えを取る彼女に邪魔されそうなこともそれに拍車を掛けている。
ああ、部屋に帰りたい。
そんなことを思いつつ、あたしは長いため息をついて構えを取る。
次の瞬間そのまま互いに一瞬で間合いを詰めて打ち合うが、体術の腕前としては目の前の相手はライナスより少々劣る感じだ。
その分を属性魔力を込めた木剣の斬撃でカバーしている。
時々普通の斬撃や刺突技に、
あたしも身体に内在魔力を循環させているので、一撃当たっただけでは大きなダメージにはならないけれど。
とにかく相手が前に出てくる動きに対し、あたしは円の動きで往なして捌く。
正直なところこの状況なら、手を手刀にして属性魔力を込め
それより魔力だけの刃を作って、相手を斬る方がラクかもしれないな。
ただ、以前『学院裏闘技場』の集団戦でカリオに切創を作ったのが、あたしの心理的にダメージが来た。
闇ギルドの連中を何人か斬り殺した時よりもキツかったのだ。
何とか無傷で目の前の少女を無力化したいのだけど、どうしたものだろう。
それでも打ち合いながら気になることもある。
相手の攻撃に殺気とか敵意が全く入っていないのだ。
むしろ目深にかぶったフードから見える口元では、笑みを浮かべている気がする。
そんなことを考えながら、卒ない感じで気分的に投げやりに打ち合っていると、他の連中はその場から完全に逃げ去ったようだ。
あたしが気絶させた奴らは、どうやら仲間が連れ去ったらしい。
気配が完全に周囲から消えている。
「ねえ、他の連中は逃げちゃったみたいだけど、どうするのよ?」
「そっかー……。最近試合とかしていなかったし、せっかくだからもう少し打ち合ってくれない?」
「嫌よ、めんどくさい。武術研に入りなさい。……それよりそろそろ説明して欲しいんだけど」
そんな会話をする間も、あたし達は何故か大ホールの舞台の上で打ち合っていた。
もっとも、あたしとしては彼女との会話を始めた段階で、完全にやる気が皆無になってしまっているのだが。
「そっかー、……分かったから、そろそろ攻撃はやめるわね」
彼女はそう告げた瞬間、気合の乗った刺突を属性魔力を込めた木剣で繰り出してきた。
あたしは属性魔力を込めた手刀で片手剣を往なして背中側に入り、別の手で作った手刀を彼女の首に向け寸止めした。
「ああ、ダメかあ。ウィンには通じないわね」
「そういうあなたも殺気どころか、敵意もやる気も大して無さそうじゃない、ホリー」
あたしが名前を呼ぶとホリーは一歩下がって木剣を仕舞い、深くかぶったフードを外して不敵な笑顔を見せた。
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