05.現場の人たちほど熱心みたい
あたしがブライアーズ学園の正門まで地球換算で五十メートル程のところまで辿り着くと、正門は物理的に閉じられていた。
そして門の脇には警備担当者の詰め所らしき建物があるのだけれど、その付近に人が集まっている。
「何だあれ? さっそく何かトラブルでもあったのかしら」
そう呟きつつあたしは気配遮断を解いて、歩いて詰め所に近づいた。
そこでは私服姿の少年たち数名が一か所に集められ、地面に座らされている。
「すみませーん、ちょっとお話を訊きたいんですけど今忙しいですか?」
「どうしたんだい? 構内で迷ったのかい? ここは正門だけど、午後の試合が全て終わるまで生徒は通せないよ?」
少年たちを囲んでいた者のうち、一人の青年がこちらに近づいて告げた。
青年は制服のようなものを着込んでいる。
「いえ、突然済みません。あたしはルークスケイル記念学院の生徒ですが、学校の課題で作文を書くことになってるんです」
「へえ、それで?」
「あたし試合にはあまり興味が持てなくて、体育祭の運営のことで作文を書こうと思って、警備の人に話を訊きたかったんです」
「そうなんだ? 変わった子だなあ」
制服姿の青年はそう言って笑った。
「リーダー、この子の相手をしていいですか?」
「分かった、任せる」
青年は、同僚らしき同じ制服を着た年配の男性に一声かけて、あたしの方に向き直った。
「それで、何を話したらいいんだい?」
「そうですね。お兄さんは警備を担当しているんですよね?」
「そうだよ。警備担当のブライアーズ学園の職員だ」
「あたしは警備の人って、漠然と不審者とか危険人物に対処する人たちだって考えてたんですけど、どういうお仕事をしているんですか?」
基本的なことだけれど、まずはその辺からネタを探す。
「危険人物への対処も仕事だけど、それを含めて“学園関係者の安全を確保する”というのが仕事だね。これには建物や施設の異変への対処も含まれている」
「ということは衛兵というか、お城の警備兵に近い仕事ってことですか?」
あたしが質問すると、お兄さんは穏やかな口調で説明してくれた。
拠点防衛という意味では警備兵の仕事に近いけれど、そもそも逮捕権などは無い。
全員が
警備と言うと腕っぷしに目が行くけれど、衛兵では無く職員や学生相手のサービス業だから礼儀作法が重要視される。
そんなことを説明してくれた。
「非常に参考になりました。――ところでさっきからそこに集められている人たちは、何かやらかしたんですか?」
「ああ、彼らは学園を抜け出そうとして見つかった生徒たちなんだ。そろそろブライアーズ学園の教師が来ると思うよ」
「そうなんですね。けっこうそういう生徒って毎年居るんですか? あと学校ごとの多い少ないとかはあったりします?」
「毎年のことだね。どこを通って抜け出そうとするとかも、いつものことだから対処できるようになっている。学校ごとの話では、恥ずかしい話だけどうちの学生が殆どだね」
そう言ってお兄さんは苦笑いを浮かべた。
そしてそのタイミングで教師らしき男性が現れ、座らされていた生徒たちはどこかに
あたしも三つ目の作文のネタをゲットできたので、話を切り上げて礼を伝え試合会場に戻った。
あたしが応援席に戻ると、試合の方は四回表になっていた。
「ウィンちゃんおかえりー。けっこう時間かかったやん。売店混んどった?」
「ただいま。売店は空いてたわよ。店員のオバさんと話し込んで作文のネタをゲットしたりしてたのよ」
「なんやって?!」
「さすがウィンですわ。ラクをするためなら油断なく動くのですのね」
「見事ですウィン」
サラとキャリルとジューンにそんな反応をされつつ、【
「あたしが行った時はあまり居なかったけど、観客席に戻ってくるときには売店に生徒が集まり始めてたわ」
「タイミング的にはベストでしたね」
みんなから代金を回収しつつ告げると、あたしの言葉にジューンがそう言って頷いた。
あたし達のやり取りを見ていた近くの生徒たちの何名かが、慌てて席を離れて行った。
たぶんお昼を買いに行ったのだろう。
我が校とブライアーズ学園の試合の方は、我が校が負けているようだ。
点差はそれ程でも無いので、真剣に応援している生徒はかなり熱の入った応援をしている。
サラにしてもいつの間に取り出したのか、ねじり鉢巻と法被を装着している。
思わずあたしは声を掛けた。
「サラ、あなたそれどうしたの?」
「え゛? 応援やったらこれかな思って用意したんやけど、ちゃうかった?」
「いや、知らないけど」
サラの地元の話なのかもしれないけど、これかなってどれの話なんだろう。
とりあえずサラは楽しそうに応援しているので、細かいことはスルーしてあたしは日向ぼっこに専念することにした。
すると試合が五回表に入ったところで、イエナ姉さんから【
「今ちょっといいかしらウィン」
「どうしたの姉さん、大丈夫よ」
「あなたはお昼はどうするの?」
「お昼? 売店でサンドイッチを買ってきたからみんなと食べてると思う」
「みんなって、お友達?」
「うん。キャリルとクラスメイト二人の計四人よ」
「そう。なら、わたしたちと食べない? お茶くらいは出せるわよ」
お茶が出てくるのはありがたいかも知れないな。
「わたしたちって?」
「わたしとリンジーとジャロッド君ね」
何気にジャロッドとは直接会ったことが無い気がするな。
「分かった。みんなと相談して折り返し連絡する」
そう言って通信を切った。
キャリルたちに相談すると快諾されたので、直ぐにイエナ姉さんに連絡し待ち合わせ場所を聞き出した。
ちなみに試合は我が校が負けた。
プレートボールの試合が終わり、あたし達は待ち合わせ場所の部活棟前に移動した。
学校の雰囲気は大きくは変わらないけれど、建物が違うので新鮮な感じがする。
「待ち合わせはここでいいはずだけど、居ないわね」
「イエナさんならすっぽかす事はあり得ませんわ。もうちょっと待ってみましょう」
キャリルとそんなことを話し、みんなで待っていると直ぐに部活棟の中からイエナ姉さんが現れた。
「ごめんなさいね、待たせちゃって。誰か居るだろうと思ってたら、部室に誰も居なかったものだから鍵を借りに行ったりしてたのよ」
「そうだったのね」
「こんにちはイエナさん」
「こんにちはキャリルちゃん、みなさんもこんにちは」
「「こんにちは」」
そのままあたしたちは、姉さんが所属する陶芸部の部室に案内された。
部室にはリンジーともう一人、長身でやせ型の少年が待っていた。
少年は平凡な顔つきだが、穏やかで賢そうな印象を与える。
「ようウィン、久しぶり」
「こんにちは、初めまして。やっと会えたね、きみがウィンさんか。僕はジャロッド・ヤシルだ。その節は本当にお世話になった。心から感謝する。ありがとう」
リンジーとジャロッドが順にそう告げた。
「こんにちは二人とも。ジャロッドさん、初めまして。見たところお元気そうで何よりです。みんなで簡単に自己紹介してお昼にしましょう」
そうしてあたし達は互いに名乗って、実習室にあるような大きな机でお昼を食べ始めた。
お茶はイエナ姉さんがハーブティーを淹れてくれたけど、出てきたコップは部活で作ったものだと言っていた。
「それで、イエナさんは陶芸部なんですよね? リンジーさんとジャロッドさんも陶芸部なんですか?」
ジューンが部室の様子を見まわしながらそんなことを訊いた。
陶芸部の部室はそれなりの広さがあるが片付いており、製作途中の作品らしきものが乾燥中だろうか部室の端に並んでいる。
部室の奥の方にはかなり大きな窯のようなものも設置されていた。
「わたしとジャロッドは彫金部だよ。アクセサリーを作るのもそうだけど、医学科だから医療器具を自作できるようになろうなんて思ってさ」
「あ、そうだったんですね。私は実家が彫金師の家なんです。宝飾品がメインなんですけどね――」
ジューンとリンジーは何やら話が弾んでいる。
キャリルやサラにしても陶芸部の話とか、ブライアーズ学園の部活が実用的な内容なことについてイエナ姉さんと話し込んでいる。
「それでウィンさん、イエナさんから話は聞いてるよ。薬草を医療分野で使うことに興味があるってことだったよね」
「そうですね。学院でも薬草を扱う部活に入ってますけど、栽培の方の話に偏ってるんですけどね」
「なるほど。今の王国の医療の基本は、身体の悪い部分を取り除いて【
「ですね。それだと大きな街に行かないと治せなかったり。病気によっては魔法医療では対応できないものがありますよね」
この世界では良くも悪くも魔法を使った医療が発達している。
身体の中の痛んだ内臓とかを外科的に取り出して、【
ただ、それでは対処が難しいものもある。
脳の病気や、(ウイルスや微生物などの)感染症であるとか遺伝病や体質に関わるもの、腫瘍などの遺伝子が変異して体中に広がってしまっているものなどは簡単では無いようだ。
「ぼくもリンジーも医学を学んでいるけど、学園もきみの学校も、先生たちの中には問題意識を持っている人はそれなりに居るよ」
「問題意識ですか」
「うん。正直、有効性と安全性と再現性がある手段を探すのは、現場の人たちほど熱心みたいだ」
「
「お伽話に出てくる
ジャロッドとそんな話をしながら、あたしはお昼を食べた。
話題が途切れたところで作文のネタにならないかと思い、ブライアーズ学園の部活関連の話をジャロッドやイエナ姉さん達に訊いた。
姉さん達の説明によると実学を重んじる学園の方針から、実社会で活かせそうなことを主眼に置いた部活が多いらしい。
「うちの陶芸部やリンジー達の彫金部も商売ができそうなレベルを目指すわ。他にも算術部は数字で物事を分析する部だし、建築土木部は建物や施設を造ったりするわよ?」
商売云々という話は、学園の運営母体に商業ギルドが入っているからだろう。
「陶芸部の部室に来るまでに『測量部』なんてあったわよね?」
「“地図を製作したりその技術を研究する部活”、だったと思うよ」
あたしの言葉にジャロッドが応じた。
「地図など歴史的には軍事機密でしたが、今では書店で買えますものね」
キャリルがそんなことを言っていたが、この学校は技術の普及という意味では部活のレベルでも社会に貢献しているのかも知れないな。
この辺りのことは作文のネタになりそうだと、あたしは内心小躍りしながら脳内にメモした。
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