第35話 出発


 私、謝ったのに、ソレについては誰もなにも言ってくれない。

 それどころか……。


「やれやれ、これでようやく出発できる」

 ……ケイディ、アンタねぇ。

「あー、めんどくさかった」

 宇尾くん、テメェ……。

「さ、魔王城の人にあいさつしたら、出発よ!」

 ねぇ賢者、ソレ、本来私のセリフよね?

「さぁ、目的を果たすために、余は協力を惜しまないぞ」

 ふん、いい子ぶっちゃって。魔王のくせに。

 ……で、ロボットの犬までが私を無視するんだ。

 もう、泣いてやるからな。わんわん泣いて……、いや、犬じゃないから、近ごろの流行りでうおーんかな?


「ほら、勇者、ぐすぐずしない。さっさと歩き出す」

 うるさいわね。歩くわよ。歩けばいいんでしょ。

 そこへ、昨夜案内してくれた魔族が現れて、うやうやしく巻いた紙を差し出してきた。朝の光の中で見ると、ヒトだとばかり思っていたけど鱗がある。リザードマンってやつかなぁ。


「ご苦労」

 私が受け取ると、元魔王の辺見くんが声を掛けた。その声、やっぱり地を這うようで、その声を聞いた魔族さんはいきなり平伏した。

「魔王様におかれましては、ご機嫌麗しく……」

「よい。余はすでに魔王ではない。今の魔王に忠誠を尽くせ」

「ははーっ」

 ……やっぱり、元魔王って偉かったんだ。実際にその証拠みたいな状況を見ると、びっくりだなー。


「勇者。お前が昨日求めた地図だ。ザフロスの渓谷までの道筋が描かれておる。余になにかあったときは、この地図でたどり着け」

「そうは言うけどね、なにかあっちゃ困るのよ。

 ねぇ、賢者。賢者のチタンの杖は空洞にいろいろしまえたよね?

 そこにこの地図入れておいてくれない?

 そこが一番雨にも強いし、無くすこともないと思うんだ」

「いいわよ」

 賢者はそう言って私から地図を受け取り、チタンの杖をひねって半分にして、地図を細く巻き直して収納した。


 賢者の杖は、チタンの筒にネジが切ってあってつなぎ合わせているものだから、こういう芸当ができるんだ。つなぎ合わされているいくつものパーツは、サバイバルキットとか浄水器とかいろんなものが収まっていて、魔法がなくても魔法と同等のことができる。


「ありがとうね。可愛い魔王さんにもよろしく伝えておいて」

 私のお礼にそのリザードマンの魔族さんは深々と頭を下げて、ゆっくりと遠ざかっていった。なんか、妙に品がいいし、執事さんとかってこういう動きしそうだなー。


「勇者が『可愛い』だってよ」

「自分と同じ顔だからって、それはないよな」

「私たちにも、暗に『可愛い』って言えってのと同じだよね」

「そもそも外見が同じだからって、気を許し過ぎだな」

「まぁ今は、あの常識のない勇者が礼を言えた事実だけでも喜ぼうではないか」

 ……オマエラ、覚えておけよ。敵は前ばかりじゃねぇからな。


 魔王城の広場に出て、空を見上げれば昨夜一夜を過ごした塔が朝日を浴びている。あんなとこ、寝る場所じゃないわ。でも、無事に戻ってきたら、今度こそ王宮で宴会よ。

 でもって、魔界は一年中曇っているのかと思っていたけど、晴れてくれるとこの旅路も祝福されている気になれるよね。


 さぁ、私たちの冒険は始まったばかりだ!

 私はようやく降り始めたばかりだからね。この果てしない魔王城の下り道をよ!



あとがき

あー、最終回っぽいw

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