第32話 説得
元魔王の辺見くんの言葉に、ケイディは一瞬表情を強張らせた。でも、次の瞬間には、いつものとおりの表情になった。
うん、さすがは工作員。心を表に出しませんねー。
「それに……」
と賢者が続ける。
「戦いってのは漁夫の利を得るのが賢いんでしょ。ここの魔界にダメージを与えて深奥の魔界から私たちの世界への侵略までの時間を稼ぐより、ここの魔界と深奥の魔界で泥仕合させておく方が儲からない?」
「武器輸出か?
それはダメだ。小銃程度ならいいが、先程の話からすれば欲しがるまい。かといって、ミサイルだの核だのは輸出できん。軍用車両なども、魔族の身体の大きさのバリエーションを考えれば難しいだろうな」
ケイディはそう吐き捨てたけど、元魔王はうんうんって頷いた。
「いやいや、食料などの物資を運ぶために、トラックとかあれば助かる。荷台になら、いろいろな魔族が乗れるしな。ここでは、輸送はいつも問題をはらんでいるのだ」
「……そうか。
では、魔族から人類に対して売るものはあるのか?」
ケイディの声は、冷たいと言っていいほど冷静だった。きっと、いろいろと考えているからだ。正念場だな。
だけど私、ここで気がついたんだけど……。
「あのさ、トラックをここに輸出したら、燃料込みでその分地球は軽くなるよね?
そしてその分、こっちの世界は重くなる。星が重くなったり軽くなったりしたらまずくない?
地球の中だけで貿易しているのとは話が違うよ」
「長い間には、惑星の軌道が変わっちゃうかもね。重さあたりの単価がうんと高いものかうんと軽いものでないと、やり取りしちゃいけないんじゃない?」
私の疑問に、橙香も同意してくれた。
「となると、輸出入するのは情報だな」
と、宇尾くんが最後に締めた。
「案外地球の重さって変わっているのよ。
宇宙塵だって毎日降りそそいでいるから、年間5000tは重くなるの」
賢者の言葉に、私と橙香と宇尾くんは口をあんぐりと開けた。
「じゃあ、輸出できるじゃん」
私の声に、賢者はやっぱり首を横に振った。
「いいえ、少しは気をつけるべきね。大型トラックだと20tくらいはあるから、トラックだけでも250台しか輸出できない。宇尾くんの言うとおり、情報の輸出入が一番無難かもね。厳密さは不要だから、細かい部品とかの重さは気にしなくていいだろうけど」
なるほどなぁ。
「なら、科学技術の情報を小出しに輸出して、魔素とそれを扱う技術者を輸入する。最初は私がなんとかする話だったけど、魔族の技術者が来てくれて旱魃のところに雨を降らせたりできればとてもいいし、石油がなくなっても魔素なら再生可能エネルギーじゃないけど環境は汚さない」
「まぁ、そのあたりが落としどころか。
魔素は仮想敵国からの供給になるから、無条件には頼れない。だが、逆にそれがいい。どのようなエネルギーにせよ、それに頼り切るのは避けた方が良いのは施策の常識だからな」
おお、ついにケイディが私の案に頷いたぞ。
「じゃあ、もう核は使わない?」
「ここではな。だが、ワイバーンが3日で行ける場所が戦場になるならば、深奥の魔界に対して使うことはできる。敵を叩くに最大火力をもってするのは当然のことだ。元魔王、なんとかして3日で西にあるというザフロスの渓谷まで行けないか?」
ケイディの言葉に、元魔王は頭を抱えた。
あとがき
短時間で行けるかどうか、行けたとして核を使っていいのか、そりゃあ頭を抱えます。
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