第29話 賢者の説得


 元魔王の辺見くんの顔色が変わっている。

「いくらなんでも横暴が過ぎる。人類というのは、異世界に土足で上がり込み、虐殺の限りを尽くすまでに傲慢なのか?」

 怒りを露わにして、そう問い詰める辺見くんを賢者が止めた。

「無駄よ。

 そういう論理でケイディは、いや、ケイディの属する軍は動いていない」

「だからと言って……」

 さらに言い募る元魔王を黙殺して、賢者は話を進めた。


「ケイディ。

 危険の芽は摘んでおくという合理性に、私はものを言う気はない。それどころか、その一点においては同意してさえいる。私は魔族に対しての人道とか、そんなつまらないことを言うつもりはない。だけどね、ケイディ。今のケイディの判断には、1つ大きな問題がある」

「なんだというのだ?」

 この話題について、初めてケイディがまともに話そうとしている。ケイディの論理で話せる賢者はさすがだけど、どうケイディを説き伏すつもりなんだろう?


 元魔王の辺見くんは、眼をぎらぎらさせながら賢者の話の行く先を聞いている。きっと不本意な話になったら、飛びかかってケイディと賢者の両方の首を絞めるだろうな。

 ……やっぱり元魔王に魔法を返すのはやめようか。

 話を最後まで聞かずに隕石を落とす魔法なんか使われた日にゃ、あまりにコトだ。


「この塔からは王宮も見えたわよね?」

「……ああ」

 うん、よくはわからなかったけど、夜でも明るい大きな建物があったな。「もしかしたら」と私も思ったけど、誰もなにも言わなかったので、私も特には言い出さなかったんだ。


「王宮からは、魔族たちのそれなりの経済力が窺えたわよね」

「ああ」

 ケイディは相槌を打った。

 周りを見回したら、橙香と宇尾くんまで頷いている。

 なんか、私だけ仲間外れにされてる?


「そんなんあったっけ?」

 今さらの私の問いに、賢者は目を逸らしながら言った。

「勇者に言ったら、アンタ、王宮に乱入していたでしょ。晩御飯とベッドを奪うために。

 私、そんな恥ずかしいことには耐えられないから」

 ……なんだよ。

 人のこと、恥ずかしいって。

 私が顔いっぱいに不満を表明しているのに、賢者は構わずケイディに話し続けた。


「今の私たちの世界の経済の状況は、ケイディもわかっているよね。そして、世界史の中で新たな世界が発見されるたびに、どれほどの経済効果があったかも知っているよね?」

「言いたいことはわかる。たしかに、フロンティアは常に大きな経済効果があった。だが、そればかりではない。出会いのあとのせめぎ合いに負けた方は、自分の文明を失うことになってきた。Win-Winではなく、搾取の果ての経済効果だ」

「そうなの?

 今の両方の世界を見たら、私たちではなく、魔界の方が文明を失いそうだけどね」

「そこに異論はない。だが、だからといってリスクがないとも言えない。例えば、異世界と貿易ができれば、その利潤は果てしないものとなるだろう。だが、貿易での利潤は常に裏の顔が伴う。あのワイバーンが私たちの世界に紛れ込んだら、どれほどの悲劇が起きるか想像もできない」

 ……マジな話し合いしているな。まぁ、核爆弾を前に、おちゃらけた話もできないか。聞いていて私、胃が痛くなりそうだよ。


「リスクは、ほぼないの」

 不意に、賢者がそう言い切った。ずしんと重い一言だった。

「なぜだ?」

 さすがのケイディが、訝しげに賢者の顔を見た。

 もちろん、私だって見たわよ。

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