第14話 幼馴染と夏休み04
八月の最初の週末、富士宮は『宮おどり』。
同時期に我が街、大都会清水でも大勢で踊るお祭りはあるが、あっちは同じ高校の奴らに遭遇する可能性が非常に高い。
つまり、
まあ、母さんの里帰りにくっついて来てる俺たちに、選択権なんてないのだけれど。
個人的には、この『宮おどり』の方が、お祭り感があって好きだ。
なんたって富士宮には全国の浅間神社の総本社、富士山
しかも祭りが行われる街の中心に、だ。
その存在が、お祭りの雰囲気を底上げしている感じがするのだ。
祭りは、
五穀豊穣を祈ったり、豊作を感謝したり。
それらのメッセージを神さまに伝えるイベントが、お祭りだと思っている。
なんにしろ、お祭りには祀る対象があって欲しいのだ。
そんな愚考を巡らせながら、俺は
空は青く、まだ日没には一時間ばかり早い。
爽やかな朝顔柄の浴衣姿に芥子色の巾着袋を提げた
商店街を抜けて
今風に結い上げた黒髪は艶やかで、その白いうなじとのコントラストに……おっと、思考がオッサンっぽいな。
歩く道中、あらゆる視線が
こりゃ、今夜は気が抜けないな。
まるで気分は、時代小説で目にするような、お嬢様のお供をする下男。
「ねえ、
「へい」
「……変な返事。それよりさ」
おっと、あやめお嬢様には奉公人との逢瀬、みたいな歴史ロマンは理解してもらえなかったようだ。
「
「バカ言え、俺には大事な任務がだな」
「それ、出掛けにお婆さまが言ってた、私をちゃんと守れ、っていうの?」
「……違う。けど、それでいい」
「なにそれ……」
浅間大社の大鳥居の前で、
「私はね、お祭りを楽しみたいんじゃないの。
こちらに駆け寄ってきた
「おい、せっかくの浴衣に俺の汗が」
「そんな細かいこと、気にしないの」
言い終わる前に、俺の腕は引っ張られる。
向かう先は、焼きそばの屋台。
一昨日も食べたよね、焼きそば。
「お姉ちゃん可愛いねー、紅しょうがオマケしとくわ」
「わぁ、ありがとうございます。お仕事頑張ってくださいね」
果たして紅しょうがのオマケが嬉しいのか、は兎も角。
そのあとも、足を止めた露店のほとんどでサービスをしてもらう
が、そんな印象は時とともに、まったく変わることになる。
自然な笑顔に、丁寧な言葉。礼儀もしっかりしていて、特におじさんおばさん達には確実に好かれる。
もちろん、
そんな中で、並ぶ露店の端っこに目が止まる。
人が通っても、立ち上がることもせず。
その露店の若者は、ひたすらスマホをいじっていた。
「あの、ここは何を売ってるんですか」
よせばいいのに、
「……わたあめだよ。機械が壊れて、代わりの店番」
端的過ぎて分からないが、新しい機械がくるまで店の留守番、ということだろう。
まあ、暇だし、つまらないだろうな。
周りはお祭りやってるんだから。
だが、まだ甘い。
ひとりぼっちの過ごし方が、てんでなってない。
「そんなに暇なら、リサーチでもしてりゃいいじゃねえか」
「あ?」
若者がスマホから目を離して、立ち上がる。
「あんた、ここが職場だろう。なら、機械が戻った時に備えるのが今の仕事だろう」
「何が出来るってんだ、この状況で」
まあ、知らない奴にそんなこと言われたら、そう来るよな。
だから俺は、用意していた答えを言ってやる。
「人間観察」
若者は呆気に取られて、固まった。そして。
「そ、そんなの意味あんのかよ」
と言い返してきたところで、代わりの機械を担いだオッサンがやってきた。
「人間観察は、商売の基本だよ」
オッサンは、代わりの機械をセッテイングしながら、若者に説教を始める。
そこに、祭りに来たばかりらしい女子の一団が通りかかる。
「論より証拠だ。
「うん。一緒に働くの、一昨年の海の家以来だねー」
お節介にもほどがある、のかもしれない。
けれど、せっかくのお祭りなのに、機械トラブルで商売が出来なかった状況を、なんとなく見過ごせなかった。
「
「りょーかいっ」
すみませーん、と女子たちに声を掛ける
「えー、でもわたあめって大きくて邪魔になっちゃう」
「あ、お土産にするなら、お帰りまでお預かりしておきますよ」
今度はすかさず俺が声を掛ける。
「それいいかも。帰りだと売り切れちゃうし」
「だね。じゃあ、五個ください」
「毎度あり」
ふう。
とりあえず五個は売れた。肝心のわたあめは、ようやく二個目を作り始めたところだったけど。
結果、帰りまで預けられるサービスが良かったのか、普段よりも売れたらしい。
しかし、
予約のお客の顔を全員しっかり覚えていたし。
祭りのあと。
「ありがとうな。せっかく祭りに来たのに、悪かった」
オッサンが数枚のお札を出してきた。
俺は
「いえ、とっても楽しかったので」
「私も
などと、本当に満足そうに言うから困る。
「にいちゃん、幸せ者だなぁ」
オッサンに揶揄われていたところに、俺のスマホが鳴った。
表示名は、母さん。俺たちを迎えに来てくれるのだろう。
「もしもし、今どのへんにいるの」
「市役所のほう、一番端っこ」
「りょ、40秒待ってて」
通話を終えてから、ほんの数秒で母さんの車は現れた。
「おいどういうトリックだ、まだ交通規制終わってないだろ」
「細かいことはいいの。それよりさ」
母さんは、わたあめ屋のオッサンを見る、と。
「お、由実子ちゃんか!」
「カズオくん!?」
何やら久しぶりの再会らしい。
「ほえー、あの子が由実子ちゃんの息子かぁ」
なんか恥ずかしいよね、こういう時って。
「じゃあ、その横の美人さんは、息子さんの」
「お、幼馴染、です……まだ」
やめれ。
将来を匂わせるな。
祭りのあと、のさらにあと。
夜の裏山の中。
実家から一分ほどの沢に、俺はいた。
去年発見したホタルが、今年もいないかと調査しに来たのだ。
沢に近い、水辺の草に目を凝らす。
お。
一匹、二匹。
去年より少ないけど、今年もいてくれた。
「うん、綺麗に光ってるねー」
突然の声に驚いて、振り返る。
「やっぱりここだった」
さすが
浴衣から普段着に着替えた
大人っぽい髪に、高校生らしい普段着。
なんともアンバランスだが、それが
「
は?
そんなの、決まってる。
その時々の都合による、だ。
「……おまえはどうなんだよ」
禁じ手、質問返しを
「
どういうことですか。
そう問いたいが、
目の前に立つ
よせ、やめろ。
俺の答えは、あの時と同じなんだよ。
なのに、おまえは──
「私は、ずっと
──また俺に、断らせるのかよ。
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