第13話 幼馴染と夏休み03


 真夏の午後三時。

 どこかの国では長い昼休みシエスタが終わりそうな、そんな時刻。


「男は部屋から出てけ」


 ばあちゃんの一喝で、俺は実家の母屋から追い出された。

 解せぬ。解せぬが。

 家主であるばあちゃんには逆らえない。

 こうなると行き場は限られる。

 庭の木陰か、実家の向かいにある自動販売機である。


「お、まだ売ってるのか」


 自販機のラインナップに缶のサイダーを見つけて、少し嬉しくなる。

 小学生の頃から設置されているこの自販機には、あまり見かけないメーカーの飲み物が多い。

 それらは入れ替わりが激しいのだが、このサイの絵が描かれたサイダーだけは、なぜか毎年売っている。

 懐かしいプルタブを起こして缶を開けると、シュワと小さく弾ける音がした。

 夏だ。これぞ、俺の夏だ。

 ぐびりと喉に炭酸の刺激を流した俺は、膝丈のカーゴパンツのポケットから文庫本を引っ張り出して、路傍の石に腰掛ける。

 うん、尻が暑い。

 秒速で見切りをつけた俺は、庭の木陰に飛び込んだ。

 んん、少し涼しい。

 文庫本を開いてサイダーを呷れば、ほぼ俺の夏は完成。

 あとはエアコン完備の自室があれば、そこで二学期まで過ごせる自信はある。

 が、それは三〇分経たずに終わった。


幸希こうき、ちょっと来なさい」


 文庫本をポケットにねじ込んで、サイダーの缶をカラにしながら母屋に上がる。


「ほれ、幸希こうき


 ばあちゃんと母さんが手招きする八畳間に入ると。


「え」


 浴衣姿の杜若かきつばたあやめが、恥ずかしそうに立っていた。


「どう、かな」


 ほんのりと頬を染めて、伏し目がちに俺を見る杜若かきつばた

 浴衣姿のインパクトも相俟って、破壊力は抜群だ。


 綺麗だ。可愛い。似合ってる。


 そんなありきたりな言葉が安っぽく思えるほどに、浴衣姿の杜若かきつばたは美しかった。


「あ、あ」

「あ?」


 呻きに似た声を出してしまい、それを杜若かきつばたに拾われる。


「……朝顔の浴衣なんて、あるんだな」


 逃げた。

 薄水色の浴衣の裾には、大きく朝顔が染められていて。

 そこに逃げた。


「……幸希こうき、残念な子に育ったなぁ」


 うるせいやい、ばあちゃん。


「そんなことないでしょ。ほら、幸希こうきの真っ赤な顔」


 本当にうるせえぞ、母上。


幸希こうきくん」

「……なんだよ」

「お祭り、一緒に行ってね」


 返事に困って黙っていると、ばあちゃんがティッシュペーパーに包んだ何かを差し出してきた。


「ほれ、それで行ってこい」


 あー、中身がわかったわ。

 しかし俺は孫、ばあちゃんを喜ばす義務がある。


「え……」


 わざとらしい思いつつ、ティッシュの包みを開くと。


「えっ」


 マジで驚いた。

 中身はお金だと思っていたが、その額が予想を遥かに超えていた。


「ばあちゃん、こんなに……」


 ティッシュから出てきたのは、日本銀行券の最高峰。

 それが、三枚。

 なんだこれ。たこ焼きとか焼きそばとか、いくつ買えば良いんだよ。


 ……ばばあ。

 いやもとい、おばあさま。

 気づかいにしては奮発し過ぎでは。


「高二の夏はな、キメどきじゃ」


 おいおい何を言い出すんだばあちゃん。

 そして杜若かきつばた、なぜ顔を赤らめる。


 ともかくだ。

 今年の夏が、回り始めた瞬間だ。


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