第73話 庚申待ち(1)

 それからふた月が経ちました。

 十二月です。

 まだ学校も冬休みにもなっていないのに、かなえの家では、お父さんは年賀状を買ってくるし、お母さんは新しい猫のカレンダーを買ってくるし、大掃除の準備といっていろんなものを出したり入れたりして、あわただしくなってきました。

 今年はいちど雪が降りましたが、まだ積もった雪が残るほどにはなっていません。

 「寝るときにはちゃんとストーブを消すのよ」

 お母さんが最後に注意しました。

 なまいきを言ってはいけない、と思っても

「うん、わかってるよ」

と、かなえはついなまいきに言い返してしまいます。

 もうこのことを言われたのは十回めぐらいなのですから。いや、もっと言われているでしょう。

 それでも、お母さんはしんぼう強くつづけました。

 「この前みたいに、自分がいつ寝たかわからない、みたいなことにならないようにね。前はのぶさんがいらしたからよかったけど、今度はストーブをつけたままそんなことをしたら、ほんとに火事になるからね」

 「うん」

 うるさそうに言い返しましたが、それではお母さんは怒るかも知れません。

 「眠くなったらまずストーブを消す。それで、きちんと布団を敷いて、あったかくして横になる。それでいいでしょ?」

 「いまのもう一度」

 「なんで?」

 「いいから!」

 言えなかったら連れ戻されるかも知れないと思って、かなえはがまんして言います。

 「眠くなったらまずストーブを消す。それで、きちんとお布団を敷いて、あったかくして、横になる。眠らなくていいから、横になる」

 「うん」

 お母さんは笑ってうなずきました。

 「このお堂はね、この町がずっと守ってきたお堂で、うちのものじゃないからね。何かあったら、もちろん弁償べんしょうしなければいけないし、それだけじゃなくて、もし火事を出したりしたら、うちのみんなが町の人たちに顔向けできなくなるんだから。まして、かなえがけがとか大やけどとかしたら!」

 「うん……」

 なまいきに言ってみたけれど、それでも、そのとおりだな、と思いました。

 このお堂もしばらくしたら大掃除をしなければいけないのです。

 今年はたぶんそれがかなえの仕事になるだろうな、と、かなえはぼんやりと考えました。

 「じゃ、お母さんは戻るからね」

 「うん」

 「何かあったら、声、かけるのよ」

 「うん」

 「それじゃ……」

 お母さんは、表の障子しょうじを、がたがたがたと言わせて引き開けました。

 それだけで寒い空気がぼっと入って来ます。

 「あ、あと、わたしが閉めて、鍵をかけるから」

 言って、かなえは障子を引きました。また引っかけるかな、と思いましたが、すっと閉まってくれます。

 つけたばかりの、新しい鍵を回して、鍵をかけます。

 外にいるはずのお母さんに

「おやすみ!」

と声をかけると、お母さんも「おやすみ」と言って行ってしまいました。

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