第7話 『千年巡礼』
その後、何があったのかは、辛うじて意識だけ薄く残っていた菊理だけが知っていた。
その委細を話すと、咲夜は驚愕すると共に、得心がいった。
少年が目を覚ましたのは、あの世——ではなく、見知った城の中。
普段、咲夜が仮眠用にと使っている布団の上だった。
痛む身体で辺りを見やると、そこには咲夜と菊理、そしてハクの後ろ姿があった。
「さくや、さま……?」
「……っ! ユウ…!」
声を掛けると、ハッとしてこちらを振り返った。
頬には、涙の伝った痕も見て取れた。
「ユウ、調子はどうですか? 痛いところはありますか…!?」
「いたい、ところ……からだが、いたいです……」
「身体が……雲外、今すぐ美桜を——」
「落ち着け、咲夜」
その脇から、菊理が顔を覗かせた。
五体満足。森の中でチラリと見た、身体に穴の開いた姿とは違う。
「悪いな、ユウ。あの一件から十日間ずっと、魂が抜かれた骸のようだったのだ。何があったのかは分からんだろうが、元気になったことは喜んでやってくれ」
「う、うん、わかった……」
頷きつつも、やはり気になるのはその時のこと。
少年は、あの時感じた恐ろしさに身震いしながらも、何とか、どうなったのかと尋ねた。
「さくやさま、生きてる……ぼく、さくやさまをまもれたの?」
その質問に、二人は心底悔しそうな色を浮かべた。
聞いたらいけないことだったのだろうか。
そうは思いながらも、答えは向こうの方から示された。
「ごめんなさい、ユウ……私は、取り返しのつかないことをしてしまったようです」
「……どういうこと?」
聞き返す少年に、咲夜は肩を震わせる。
「はぁ、まったく。話す覚悟を決めたと言ったのはお前だろう? まあいい、私が説明する」
最後に一度、本当に聞きたいかと尋ねる菊理に、少年は頷く。
それに頷き返すと、菊理は子どもでも分かるよう一つずつ、順を追って説明し始めた。
まずは少年が尋ねた件について。
それは、結果的にはそうであったということ。少年の勇気ある時間なくしては、今こうして顔を合わせ、話すことは出来ていなかっただろうと。
故あって酒呑童子は後退し、咲夜に菊理、ハク、そしてユウは、城へと戻って来ることが叶った。
少年はあの時、確かに絶命寸前だった。が、咲夜の細胞を流し込み、その強大な妖気と結合することで何とか生き永らえさせることが出来、城にて美桜の治療を受けて今の状態になっている。
しかしそれは、図らずもユウを、ヒトと妖との細胞を同時に持つ特異な体質、『半妖』とでも呼べる個体へと変えてしまい、すぐには元居た世界へと戻ることが出来なくなってしまったことを指していた。
「はん、よう……ぼく、あやかしになっちゃったの?」
「そうであるとも言えるし、違うとも言える。極めて不安定な状態で生きているのが、今のお前という存在だ。が、その身に僅かでも妖気を宿してしまった時点で、お前は本来いるべき世界に戻ることが出来なくなってしまったのだ」
「ど、どうして……?」
「それを説明するには——」
「『千年巡礼』という言葉を、ユウは聞いたことがありますか?」
菊理の後ろから、咲夜が声だけ出して来た。
「——いいのか?」
「ええ、もう大丈夫。それに、これは巫女である私が説明しないといけませんから」
「そうか。ならば代わろう」
菊理は数歩横へと移動し、咲夜とユウとを向かわせた。
「せんねん、じゅんれい……ハクさまが、前にそんなこと言ってたきがする……おまつり、なんですよね?」
聞き覚えはある。が、思い出そうとするも朧気で、細かなことまでは思い出せない。
きっと、会話の端に添えられたか漏れ聞こえたか、その程度のものだったのだろう。
「千年巡礼——私たち妖の、いいえ、私を含む一部の妖のみ知る、妖にとって最も大事な使命のことです」
「し、しめい……おまつりじゃないの?」
「ええ。ここからは難しい話になりますが——」
千年巡礼。
一般市民、城内でも一部を除く者は皆、それを千年に一度の祭典だと思い込んでいる。
しかしそれは、長年かけて国が吐き続けて来た嘘で、その実体は、千年に一度執り行われるある重要な役目を指す言葉であり、その中心に立つのが、巫女の咲夜なのである。
「みこ……そういえば、みおさんも、さくやさまのことを『みこさま』ってよんでました……」
「ええ。それこそが、私の立場を表す言葉。巫女とは、悪鬼酒呑童子を封印する為の妖気を持って産まれた種族のことを指します。前任であった母、咲那がそれを全うしたことで、今その役目は、私に引き継がれているというわけです」
「ふういん……しゅてんどうじ、って、あのこわいやつ……?」
咲夜は強く頷いた。
「ええ。貴方も見たあの怨嗟の塊こそが、酒呑童子。巫女、そして一部の妖が、全ての妖の為に目指す、千年に一度の最終目標なのです」
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