第41話その後1

 鈴木晃司・陽向夫妻。


 二人の一人娘に起きた事件は社交界で密かに囁かれています。

 おぞましい事件であり、被害者の多くが未成年だった事もあり、二人の息女の名前は表に出る事はありませんでした。被害者の数も多くその中で埋もれたのです。それでも、何処からともなく噂は流れるのが常。


 息女の事は気の毒という他ありません。


 ただ……陽向さんに関して言えば……。



「ありえない。この女は何を考えているんだ」


 シオンは呆れていました。

 それもそのはず。

 事件後、正気を失った息女は都心から離れた精神病院へ入院したそうです。

 肝心の母親は、というと何故か実家で夫の帰りを待っているというのです。


 結局、鈴木グループは倒産。

 元幹部達の殆どが逮捕され、その中に元夫も入っています。元義父は証拠不十分で釈放されたそうですが。


 夫の帰りを待つのは良いでしょう。

 ですが、今は娘さんに付き添う時ではないのですか?

 私には彼女の考えている事が全く分かりませんでした。


「娘の事件があったというのに、依然と変わらない生活を送れる神経が理解できない」


 シオンの怒りはもっともです。


「母親としての自覚はないのかもしれませんね」


「なるほど。確かにそう考えた方がいい」


 親の自覚がないのはきっと元夫晃司も同じでしょう。

 結婚して子供まで設けていながら、その自覚が薄すぎるのです。

 子供のいない夫婦ならそれでいいでしょう。ですが親と成れば子供に対して『責任』を持たなければなりません。特に元夫は単身赴任で長く海外にいるのです。娘とコミュニケーションを取れるものでしょうか?同性の子供なら兎も角、異性の子供なら尚更です。

 愛情がなかった訳ではないのでしょう。

 それでも聞こえてくる噂は良くありませんでした。


 子供より夫優先。

 娘は二番目。

 自由な子育て、と言えば聞こえはいいですが、要は放任です。

 子育てに対して興味が殆どなかったのでしょう。

 だから娘があんなことになっても、その時は悲しみ嘆くのに、日が経つと忘れてしまう。悲しかった事を。



「あの女の事だ。そのうち、悲劇の妻、悲劇の母親といいそうだ」


「ご近所の方から遠巻きにされてますのに、何事も無かったかのように振る舞えるのは、ある意味凄いですわ。そんな方が悲劇を気取ったりするでしょうか?」


「それもそうか」


 シオンは納得しました。


「それに、ご近所の方は最近、彼女の行動を気味悪がっているようですし……」


「それはまたどうして?」


「あまりにも普通過ぎるのです。以前と同じように振る舞う彼女に薄気味悪さを感じてるそうです」


「普通過ぎる?」


「ええ。まるで『そんな事』はなかったかのように振る舞うのです」


 嘆き悲しんで暗い顔をしていろという訳ではありませんが、彼女があまりにも平然と過ごしているのが不気味に映るのでしょう。


「近所っていうのは良く見ているから」


「はい」


 そういう事なのでしょうね。

 見てしまう。

 知ってしまう。

 だからおかしいと感じるのです。


 精神的におかしくなった訳ではなく、明るく振る舞っている訳でもない。

 本当に自然体で以前のまま。

 これほど恐ろしいモノはないでしょう。


 


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