第27話Nerine

息を切らしながら長い階段をのぼり、一番上の段に座って夜景を眺める。まだ天気が不安定なのか、たまにぬるい風が強く吹く。俺は罰当たりだなと思いつつも、煙草を取り出して火を付けた。スマホを確認すると、俺の立てたオープンチャットに誰かが入ってきていた。慌てて時間を確認すると、ほんの数分前だった。名前は「無名」になっているが、歌恋で間違いないだろう。俺は急いでメッセージを書き込む。


「あの神社で待ってる」


そう俺が書き込むとすぐに既読が付き、「無名」はオープンチャットから退出した。後は彼女がここに来てくれる事を祈りながら待つだけだ。

それからどのくらいの時間が経っただろうか、来るかどうかも分からない相手を待ち続ける事に「馬鹿馬鹿しい」と言う思いが徐々に募り、あと一本吸ったら帰ろうと決めた頃、背後から声がした。

「普通はこういう場所では吸わないもんだよ、雨宮くん」

驚いて振り返ると、いつもの白いパーカーみ身を包んだ歌恋が俺の後ろに立っていた。階段を上がってくるものだと思っていただけに、急に背後に現れた彼女に俺は面食らってしまった。

「なんでわざわざ遠回りになる裏道から来たの?って顔してるね」

「あ、ああ」

「そりゃ、普通はそうするでしょ?これまでの経緯を考えればあのメモの主が雨宮くんだって想像は出来るけど、それでも絶対にそうだという確証はないじゃない?私はか弱い女の子じゃけんね、警戒するのは普通でしょ?」

彼女の意見に俺は納得するしかなかった。歌恋は警戒を解いたのか、あの晩のように俺の横に座った。そしてパーカーのポケットから小さなピンクの花を取り出すと、俺に手渡してきた。

「なんだこれは?」

「雨宮くんが選んだんじゃん。その花の名前はネリネ、キミが立てたオープンチャットの名前の花だよ?」

俺は手渡された小さな花を指でつまみ、ぼんやりと眺めた。

「ネリネの花言葉は『また会う日を楽しみに』私がいつもカクテル言葉を使うのを真似したみたいだけど、真似をするんだったらちゃんと本物を知らなきゃダメだよ、雨宮くん」

彼女はニッコリと笑ってみせるが、その言葉にはどこか棘があるような感じがした。風が彼女の綺麗な黒髪を揺らし、俺が手に持っていた花びらを散らした。

「それで、今日は何の用?」

「え、えっと」

「キミがわざわざこんな所に私を呼び出したんでしょ?もしかして私にただ会いたかっただけなの?」

そう言うと歌恋はクスクスと笑う。月明かりに照らされた彼女の笑顔はとても綺麗で、思わず見とれてしまう。どうも俺が出会う女の子は皆小悪魔属性なようだ。俺は彼女に奪われたペースを取り戻そうと考えを巡らせる。

「俺は、この町で起きている連続不審死の真相を突き止めようと思ってる」

「へぇ、そうなんじゃね。それで、何で私が呼ばれたのかな?もしかしてあの晩の火事をまだ疑ってるの?」

「少なくとも、歌恋には動機がある」

「そうだね、確かに私は松本奈緒を恨んでる」

「そしてあの日あの場所に偶然いたのも都合が良すぎると俺は思う」

なるべく言葉を選びながら、俺は彼女に言葉を投げかけていく。

「都合が良い?私がバーの常連なのは雨宮くんも知ってるでしょ?いつもの様にバーに向かっていたら、近くで火事が起きていた。そしたら気になって見に行くのが普通じゃない?」

彼女は俺の言葉に真正面から答えを返してくる。そしてそれは確かに納得のいくものだった。

「じゃああの時俺に向かってやったジェスチャーはなんなんだよ?」

「別に、知り合いが遠くにいたら手を振ったりするでしょ?それの代わりにキミを撃つジェスチャーをしただけ。あはは、これは少し無理があるかな?」

歌恋はそう言って笑うと、左手を銃の形にして指先を俺の頬っぺたにつけた。

「こんなジェスチャーになんの意味もないよ、キミがどう思うかは知らないけど、少なくともこのジェスチャーは何の証拠にもならない。違う?」

「確かに言う通りだ」

「私が松本奈緒に殺したいほどの感情を持っているのは事実だよ、でもだとしたらわざわざ別の人間を殺す?真っ先にあの女をぶっ殺すのが普通じゃない?」

彼女は手を元に戻し、やや冷たい表情でそう言った。確かに、俺が歌恋の立場なら真っ先に奈緒を狙うだろう。俺はこの件をいくら問い詰めたところで話は進まないと判断し、話題を変えることにした。

「俺は、あの晩松本奈緒と会った」

「へぇ、そうなんだ」

「お前は俺に、松本奈緒に兄を殺されたって言ったよな?」

「言ったね」

「俺は奈緒に直接聞いたんだよ」

「そうなんだ、それで?あの女はなんて返したの?」

「アイツは誰も殺してないって言った。俺にはアイツが嘘をついているようには思えない」

「ふうん、雨宮くんはあの女の色仕掛けにでもやられちゃったのかな?」

脳裏にあの日一緒に眠った事や、奈緒の髪を撫でながら話をした記憶が過ぎり、俺は一瞬固まった。

「雨宮くん、キミは馬鹿なのかな?」

歌恋のその言葉には、俺の気のせいではなく、確実に鋭い棘があった。

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