第4話

 衆合地獄はもともと女性が落ちる地獄だったが我が父、冷徹斎宗徹が人口増加の影響を示唆し男性も落ちるよう規則を変えた。その名残からここで働く獄卒は、女性の鬼が多い。特に亡者を誘惑する仕事は花形で容姿が良くなければ就くことができない。男の私が代わりを務めたのはつまりそういうことだ。


 血でできた霧の道を歩き沿道に横たわって動かなくなった亡者に「活きよ、活きよ」と声をかける。すると復活してまたとぼとぼ歩き始める。


 自分の管轄外では基本的に与えられた役割以外の余計なことはしてはいけないがこれも職業柄仕方のないことだと諦めている。


 大量受苦脳処たいりょうじゅくのうしょの横にある食堂に着いた頃には我孫子はもうメニューを注文し終わった後だった。私の分も頼んであると言ったので何を頼んだか問うとラーメンと答えたのでため息まじりに昨日食べたと伝えた。


「あなたが昨日何食べたかなんて知らない。私が食べたいから頼んだ」


「強引だなぁ。だったらひとりで食べればいいのに」


「ひとりで食べても美味しくないでしょ」


 こうなるとお互いに退かないから今回はまことに不服であるが私が退くことにした。午後からの仕事に差し支えることは避けたい。


「そういえばこの前浮世に行ったらしいな」


「えぇ浮世は桜花絢爛たる春だったわ」


「二代目を捜しに行かなかったのか?」 「若様? なぜ?」


「お前は昔から二代目にぞっこんだっただろう」


「バカみたいなこと言わないでくれる?」  


 我孫子はつまらなそうにそう言うと不貞腐れたようにそっぽを向いた。


 私はまともな会話ができないことを理由にため息をついた。  


 二代目は閻魔大王様の実の息子であり、地獄では等活地獄で働く鬼たちを統括する鬼神であった。


 二代目は閻魔大王様の血を受け継ぐ者だけあって幼少期からその才能をいかんなく発揮し、地獄の霊力によって変化する女人姿は衆合地獄で働く乙女鬼よりも可憐で、亡者を完膚なきまでに撲殺する腕っぷしは、他の鬼からも恐れられていた。


 それでいて、私や我孫子といった新米の獄卒鬼たちによく構ってくれる兄貴のような存在であった。


 しかしその実は私の父、冷徹歳宗徹の教えをまっすぐに受けた変わり者で勉強のためと偽りよく私を浮世に連れ出してくれた。


 宗徹なきあとの一件をなにも知らない鬼たちは現在の二代目の所在を突き止めることは難しいだろう。


 無論私にも分からないのだ。 「先輩ここにおられましたか。ずいぶん捜しました」


 視界に入ってきたのはラーメンではなく新米獄卒の鳥奴火うなびだった。


 等活地獄で働く獄卒でありとにかく真面目で一切の妥協も許さない性格なのだ。


 故に融通が利かないのが玉に瑕。そんな鳥奴火が等活地獄から二階層も下にある衆合地獄中を駆け回って私を探していたとしたら嫌な予感しかしない。


「閻魔大王様から召集がかけられました。至急先輩に王宮に来て欲しいとのことです」


「そうは言ってもまだ昼休憩中だし飯食べてからじゃダメ?」


「何をバカな、至急と言われたらいますぐ行くのは当然です。先輩に王宮に行ってもらわなければ僕の沽券にかかわる」


 ――これだから役人は嫌なんだ。


 そう口から出そうになったが私はその言葉を飲み込んだ。そんなことを言った日にはマニュアル通りに業務をこなすのがなによりの生きがいと感じている鳥奴火に何を言われるか想像がつく。


 仕事に関しては我孫子と同等いやそれ以上に鳥奴火は面倒くさい。


「行ってきなさいよ。鳥奴火ちゃん困ってるんだから」


「まだ飯……」


「あんたの分は鳥奴火ちゃんに食べてもらうから」


「ちょっとまて、私の意見はないのか」  


 私は勢いそのままに机をたたき腰をあげて抗議する。


「お言葉に甘えます。僕もまだお昼食べてないので」


「お前もなにをしれっと腰をおろしているんだ」


「僕だって先輩を捜せと言われて通常業務の半分も進んでいないのです」


「ほら結局あんたのせいじゃん」  


 理不尽極まりない。  


 そんなことをいったら私だって今日中にまとめなくちゃいけない仕事がある。


 しかし話が勝手に進められているのではもはや仕方があるまい。


 私は椅子から腰を上げ渋々閻魔大王の王宮に向かうことにする。


「ちょっと待ちなさい」


「まだ何かあるのか?」


「昼ごはん代は置いていきなさい」


 理不尽極まりない。  

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