政略結婚
泉邸に帰る。
どうせリズにはバレるので、正直に顛末を話しておく。
「へえ。ジャスティナとねえ」
「はい」
学校内でのイタズラがバレて怒られる小学生のようにシュンとしている俺。
「ドラゴンに心を読まれちゃってね」
「うーん。……あのさあ」
「はい」
「セーラが常々言っているけど、セーラより先に他の人と子供を作っちゃダメだよ?」
「それはもちろん」
「それと」
「はい」
「セーラには内緒にしてあげるから、その温泉にあたしも連れてって」
「それはお安い御用……」
「うふふ。デレクったら、いけないんだぁ」
「えーと」
「で、今日はまたエメルとお風呂か」
「あ。忘れてた」
「まあ、あたしも一緒だからいいじゃん」
「ううむ」
それから夕飯。
妙にニコニコと上機嫌で給仕を担当するジャスティナ。
夜になってお風呂である。
先に湯船に入っていると、後からリズとエメルがやって来る。
エメルはトレーニングの成果か、見るたびにナイスバディになって行くなあ。
お風呂はいつも通り気持ちよかったけど、エメルからの質問が止まない。
「今日、ジャスティナと2人で出かけて何かありました?」
「いやー別に」
「ジャスティナが妙に機嫌がいいんですが?」
「へえー」
湯船で裸体を密着させてくるエメル。
「でもまあ」
「はい?」
「あたしがデレク様に尽くしたいと思う気持ちは変わりません。ですから、愛人の4人や5人増えたところで大したことではありませんけどね」
……ちょっと待て。4人も5人もはいないはずなんだけど。
リズが指折り数えている。おい。
風呂から出て、魔法管理室の赤いソファーにグテッと座る。
そのままウトウトしていると、リズに頭を掴まれてディープキス。
「急に何を」
「冷たい紅茶を作ってきたよ」
「普通に起こしてくれないかな、……ありがとう」
えっと、そんなことして遊んでないで、やることがあったはずだ。
「あ、そうそう、『おかわりの指輪』なんだけど」
「ドラゴンに頼まれたんだっけ?」
「魔王を蘇らせる可能性があるとか言われちゃったよ」
システムにログインして、以前拾った指輪の情報を見る。
「おかわりの指輪」はローカルな魔法、つまり、指輪自体に魔法パッケージが記録されている方式だった。
「これはまずいかな?」
「どうして?」
「奴隷魔法の時のように、魔法システム側でグローバルな魔法プログラムを無効化して解決、ってわけに行かないからだよ」
「じゃあ、どこかのダンジョンで『おかわりの指輪』を拾った人が、各地に残されているという魔王のダンジョンに出かけていって魔法を起動する可能性があるのか。ヤバいね」
「そうなんだけど、詠唱が『うーんうまい。おかわり』なんだよな」
「緊迫感がないね」
「作った時は、まさか魔王復活に使われるとは思ってないからなあ……。あ、でも『脱出の指輪』と比較してみようか」
「脱出の指輪」は、ダンジョン内部のどこででも使用でき、ダンジョンの外へ抜け出すことができる。そうでなければ、通常はフロアをクリアした時に次のフロアへ行くか、外へ抜け出すかを選択できる。もちろん、全員が死んだ時にも自動的にダンジョンからは抜け出せるが、あまり選択したい方法ではないな。
以前、コピーした「脱出の指輪」でガリンゾ・ダンジョンから抜け出したから、「脱出の指輪」は拾った場所に限らず、どこででも使えるのだろう。
「おかわりの指輪」はどうだろう?
対応する魔法プログラムを探し出して、ソースコードを追いかけてみる。
大したことはしていない。指輪に書き込まれたダンジョン固有IDが正しいかどうかを調べて、あとは何か良く分からないシステムコールを呼んでいる。
「あれ?」
「何か違うの?」
「『脱出の指輪』はダンジョン固有IDをチェックしていないが、『おかわりの指輪』はちゃんとチェックしてる」
「同じような魔法なのに?」
色々調べた結果、これは指輪の動作の違いに起因するらしい。
『脱出の指輪』は本来、1回使うと壊れてしまうので、ダンジョン固有IDを調べる必要性があまりない。一方、『おかわりの指輪』は、そこまでで取得したアイテムなどは失われてしまうものの、何回でも使用できる。この違いから、コーディングがちょっと違うらしい。
「つまりどういうこと?」
「ダンジョンの中で拾った『おかわりの指輪』は、拾ったそのダンジョンに対してのみ有効なので、魔王の復活には使えない、と見るのが妥当だと思う」
「あー。それは良かったじゃない」
「だけど……」
「何か問題でも?」
「魔王軍が巨大なダンジョンなのだとしたら、そこでもドロップアイテムがあったのかもしれない。そこで拾った『おかわりの指輪』は魔王の復活に使われる可能性がある」
「魔王軍と戦って、相手を倒したらドロップアイテムがあるの?」
「そんな話は聞いたことはないんだけどね……」
とりあえず、分かったことをドラゴンに伝えてもらおうか。
「ホットライン。ジャスティナ。……いまいい?」と脳内で会話。
「いいですよ。召喚して下さい」
「
たちまち眼の前に、主君に呼び出された忍びみたいに屈んだ姿勢のジャスティナが現れる。
「どうです、このポーズ!」
「あー。忍者みたいでカッコいいよ」
「えへ。ニンジャって知りませんけど、カッコいいですか。じゃあ、これからこのポーズにしますよ」
「それはいいけど、ずいぶんくだけた格好で来たなあ」
ジャスティナは寝間着である。豊かな胸元と、にゅっと出た太ももが視線を引き付けて止まない。
「え、添い寝に呼ばれたのかと思って」
「違うから」
そばで話を聞いていたリズがニヤニヤしている。
「俺とジャスティナが感覚共有をしている時に、ドラゴンに呼びかけるってできる?」
「あー、やってみますか」
赤いソファに座って、と。
「ホットライン。ジャスティナ」
ホットラインでつなぐと、ジャスティナの視覚だけが共有される。同じ室内なのに、違う所が見えていて、なんか変な感じ。
「イメシェク、聞こえますか」
ジャスティナが呼びかけると、昼間と同じようにイメシェクの意識がやって来る。
「ジャスティナか。あ、デレクもいるではないか。ほほう」
「あの、頼まれた『おかわりの指輪』の件」
「うむ」
「他のダンジョンで拾った指輪では、魔王の復活はできないと思います」
「おお、そうなのか」
「ただ、魔王軍を出現させたその巨大ダンジョンがドロップアイテムとして『おかわりの指輪』を作り出していたとしたら、危険は排除できませんけど」
「それはないはずだ。魔王を出現させたダンジョンでは、基本的にドロップアイテムは出ない」
「基本的には?」
「これはオガイアムが言っていたが、魔王軍と勇者の間の戦力のバランスをとるために『
「
「結論として、『おかわりの指輪』について心配をする必要はないのだな」
「多分、ですが」
「いや、十分だ。礼を言う。わざわざ調べてもらったのだ、何か礼をしたいが」
「いえ、私個人は別に……。あ、『呪い』について教えて頂けると有り難いですね」
「『呪い』か。これはそれほど難しいものではないぞ」
「え、そうなんですか」
「ザ・システムは、あらかじめ決められたオクタンドルの筋書きをいくつも持っていて、一定の条件によってそれらが起動するようになっている。魔王の出現もそのひとつだ」
「なるほど」
「『呪い』はそういった筋書きの中でも比較的小規模なものだ。何らかの条件が満たされた時に何が起きるか、という記述がザ・システムの中にいくつか用意されている。それらの中には、指輪の魔法から起動されるものもあるというわけだ」
「つまり、こういうことですか? オクタンドルに最初から物語というか、出来事のパターンがあって、条件を満たすと起動されるようになっている。もっとも大規模なものが魔王軍出現で、呪いは比較的規模が小さいもの、ですか?」
「そういうことだな」
「それはどういう仕組で動作しているんでしょう?」
「我々はそこまでは知らない。ザ・システムの動作に関わる部分なのでな」
「では『スキル』とは何ですか?」
「オクタンドルに登場する人物が稀に持っていると規定されている能力だな。それをこの世界で実現するために、ザ・システムの機能をかなり特権的に利用しているらしい」
「魔法システムと関係はないのですか」
「スキルの実装のためには、使えるものは何でも使っている、と天使が言っていたらしい」
「天使?」
「今説明したような内容は、過去、我々が天使と交渉した時に得た情報だ」
「天使と交渉とは?」
「オクタンドルはもともと人間中心の世界として創造されたものであろう? 結果、ドラゴンがどのような存在なのか、人間とどのように折り合いをつけて生存する生物種なのか、といったあたりは記述が希薄なのだよ。そのあたりを、歴代の天使と交渉して決めてきたと伝わっている」
「へえ……。ペリとかフィリスとかですか?」
「ドラゴンと折衝したのは初代天使のグレモリー。その後、ナオミ、ペリの代で若干の揉め事があったが、次のジュリエルの頃には、ドラゴンと人間の関係は現在と同じように整備されたと聞いている」
「え、ジュリエル?」
「うむ、その後はラシエル、フィリス、リリス、そして現在のリズだな。それぞれの天使は担当分野が違うらしくてな。グレモリーはオールマイティーだったらしいが、ペリ、ジュリエル、ラシエルまでは主にストーリー・システムの担当、フィリスは勇者のサポート、リリスは『
「……そうなんですか」
「そろそろ良いかな? また分からないことがあったら、ワシが知っている範囲で教えてやろう。その代わり」
「その代わり?」
「ふふふ。ジャスティナを幸せにしろよ」
そう言うと、またもやブチッと意識共有が一方的に切られる。
さまざまな情報が洪水のように語られて、しばし呆然とする俺。
そして、そこだけ春が来たかのように満面の笑みのジャスティナ。
「あの! デレク様! これからよろしくお願いします!」
「う、うん。これからもよろしく」
そばでみていたリズには何が起きたのかさっぱり分からないだろう。
「どうしたの? なんでジャスティナはうれしそうにしてるの?」
「えへへ。ドラゴンのイメシェクがね、デレク様に、ジャスティナを幸せにしろよ、って言ってくれました。うふふ」
「は? なんでそういう話になるのかな?」
「つまり、ドラゴンとしては、ジャスティナに肩入れしているらしいよ」
「政略結婚?」
どうすんの、これ。
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