第14話

「ごめんちとせ。お待たせ」

「大丈夫待ってない」


 裏門のところで待っているとLINEで送られてきた時間通りになぎはきた。

 普段は何時って約束してても、たいてい委員会で遅れたりするのに今日は珍しいな。


「じゃあ、行く?」

「あ、うん行こう」


 そう言って先に歩き始めた凪を追うように、数歩遅れて私も歩き始める。

 普段なら何か話すんだけど、スマホに浮かんだ凪先輩の文字が頭にちらついて、うまく話しかけることができない。

 ねぇと呼びかけようと思っては黙るということを、凪の背中を追いながら繰り返していた。


 普段なら横並びになって歩いているはずなのに。

 今日はやけに凪の背中が遠い気がして、追いつこうとしても追いつくことができない。

 無言で彼女の後をついて歩いていると、彼女は急に振り返った。


「ねえ、今日は手つながないの?」


 彼女はなんの躊躇ためらいもなく、ダンスでも誘うかのように手を差し出してくる。


「あ、ごめん」


 慌てて手を取るが、彼女は不思議そうな表情で私の顔をのぞいてきた。


「なに?」

「いやー? ちとせなんか心配事とかあるの?」

「心配事って……。そんな心配してるように見える?」


 やばい凪の顔見てるとさっきの凪先輩が頭にちらついてなにも集中できない。

 なるべく笑顔でいつも通り話してるつもりだけど……。

 私今、ちゃんと笑えてるかな?


「まあね。それにすぐ否定しないってことはなにかあるんでしょ?」

「まあないわけじゃないけど」


 だからって、なんていたらいいか本人を目の前にするとわからなくなる。

 会う前はちゃんと訊こうと思っていたのに。

 どうして本人を目の前にするとなにも言えなくなってしまうんだろう。


「なにかあるなら言ってくれていいのに」


 少し不機嫌そうな顔をしながら彼女は握っていた手を大きく降り始めた。


「ごめん」


 これが凪に関係ないものだったら相談できたと思う。

 ただ本人に「今真保まほと連絡取ってる?」って訊いたところで、取ってない言われたらそれで終わりだしな。

 ないことを証明するのがいかに難しいか私だってわかってる。


「真保ちゃんとなにかあったの?」

「えっ? なんで?」

「いやなんか5限の休みにちとせと話してるの見ちゃってさ。その時浮かない顔してたから喧嘩けんかでもしたのかなって」


 そうかあの時見られてたのか。

 ただ私に言うってことは、何話してたかまでは聴いてないのかな。

 それか、本当にあの凪先輩と凪は別人か。

 それだったら少しは訊けるかな。


「実はそうなんだよね……。真保とうまくいってなくてさ」

「大丈夫なの?」

「……わからない」


 私は何度か首を横に振る。

 正直何をするのが最善なのかわかっていたら、ここまで混乱してないと思う。

 ただ今なにをすればいいのか、それすらもわからない。


「まあそうだよね、ごめん」

「大丈夫」

「あのさ、ちとせって私以外に相談相手っていないの?」

「え? なんで?」

「私には言いにくくてもほかの人になら話せるかなって」

「あぁ……」


 凪と真保以外でなにか相談できるとしたら花音ぐらいかな。

 どうだろう、花音も年が同じなせいか私より凪と親しい気もするけど、少しは相談乗ってくれるかな。


「まあ私でも話せる範囲なら聞くけどさ。逆に私だからそこ話せる話もあるだろうし」

「まあ、そうだね……。なにから話そう」


 真保が私に隠れて連絡取ってる人がいるかもしれないって言うと、妹に対して独占欲強いみたいだしな。

 あとは、真保が私の恋人なにか関係があるかもしれないってのも、凪って名指ししてるようなものだし。


 どうしよう、もう直接聞く以外いい案が思いつかない。

 どう言葉を変えてもすべて二人が隠れて話しているのを疑っているという意味に聞こえてしまう。

 いっそのこと直接訊いちゃえばいいかな?

 どうせ真保にああ言ったからもし本当に話しているのであれば遅かれ早かれ凪にも伝わるだろうし。

 それだったら口裏合わせが十分にできてないであろう今のうちに訊いてしまった方がいいかもしれない。


 考えすぎたらわけわかんなくなってきた。

 もうどうにでもなっちゃえ。


「ごめん、凪って真保とLINEで話してたりする?」


 予想外の質問だったのか、一瞬彼女の顔が強張った気がした。

 ただ一瞬でいつもの柔らかな表情に戻る。


「話してないよ?」

「そう、だよね……」


 話してても話してなくてもそう答えるよね。


「なにがあったの?」

「実は今日さ真保のスマホ見ちゃって。ロック画面だけだったんだけど、いっぱい凪先輩ってアカウントからLINE来てて……。ねえ、ほんとに真保とつながってたりしないよね?」


 多分今私の顔はここ数年で一番と言っても問題ないくらいひどいだろう。

 何とかこらえようとしてるけど、涙は今にもあふれそうだし。

 言葉も途切れ途切れだし。

 できるなら今すぐ逃げ去って全部忘れてしまいたい。

 記憶を消して真保のスマホを見る前に戻って、今まで通り凪と話したい。


「しないけど、いくら言葉で言っても信じられないよね」


 彼女は「はいっ」とスマホを手渡してくる。


「見ていいよ、ちとせが信じられるまで。パスワード解除したし」

「ありが、とう」


 画面をつけると、すぐにホーム画面が開いた。

 目立つ位置にあるLINEのアイコンが目に飛び込んでくる。

 ただ本当に見てしまっていいんだろうか。

 私の心臓は100m走でもしたのかというくらいバクバクいっているし、自分でも呼吸が浅くなっているのはわかる。


 もし見て、真保との会話が出てきたら?

 私はどうしたらいい?

 小さく指を震わせながらLINEのアイコンの上で固まっていると「見ないの?」という声が聞こえてきた。


「ごめんやっぱりやめとく」


 スマホを凪に押しつけるように返すと、大きく息が漏れた。

 よかったやっと息ができる。


「別に見てもよかったのに」


 彼女は少し不満そうに唇をとがらせるが、たぶん見ないでよかったと思う。

 もしなかったら無実なのに凪を疑ったという罪悪感でつぶれてしまいそうだ。


「大丈夫、だよ」


 ただまだ話していたかどうかとか、あんなにLINEを送る仲なのかどうかってのは結局解決してないんだよね。

 真保の反応は明らかに何かを隠していた気がするけど、凪の態度からは全くそんな気配がない。

 ならあれは本当にふざけて友達を凪の名前にしてたのが私にばれて焦っていたってことなのかな?

 それだったらいいんだけど。


「ならいいんだけどさ、ごめんね」

「え、なんで?」

「だってちとせがそう思うのって私が不安にさせてるからでしょ? 学校にいる間なかなかちとせと話せないし」

「それも、あるけど」


 だから疑っちゃってたのかな。

 もっと私が人との距離詰めるのがうまくて、なんでも凪と話せたらこんなにならなかったのかもしれない。


「ちとせは私がうそついてると思ってる?」

「そんなことは思ってないけど」


 それでも二人の間になにかあるんじゃないかとは思っちゃうよ。

 二人とも私よりも人当たりもいいし交友関係も広いからいつの間にか知り合っていても不思議じゃない。


「嘘じゃん、まだ怪しんでる」


 彼女は冗談めかしてクスクスと笑っている。


「だって……」

「不安にさせてごめんね、大丈夫だから」


 凪はぎゅっと私の手を握ると、優しくキスをしてきた。

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