第9話 馬上の戦い

 セリーナは、夜の闇の中、無心で馬を走らせていた。

 ここから立て直す手立ては、すでに考えてあった。

 

 頭では分かっていたが、不安と心細さにつぶされそうな気がしていた。

 何か考え事をすると、すぐに悪い展開が頭に浮かんでしまう。

 だったら、今は何も考えない方が良い。

 

 不安も大きかったが、一方で覚悟も決まっていた。

 すでに何人もの仲間が殺されている。


 父の死も含め、自分の背中には、重い命と希望が託されていた。

 彼らのためにも、こんなところで死ぬつもりはない。


 たとえ、馬を失っても、足が動かなくなっても、はいつくばって逃げきってやる。

 悲しみを、力に変えて立ち向かうつもりでいた。


 ザザンやランドールのことを考えると、悲しみがあふれ出す。

 しかし一方で、心が落ち着いていった。


 彼らと自分の命が、つながっているような気がしたのだ。

(大丈夫。私はまだ戦える。)

 襲い掛かる不安を振り払い、この先の計画を確認する。


 このまま西へ進んだ先には森が広がっている。

 そこを抜ければ、トロストの町はすぐそこだ。


 これまで、一人で国を抜けたことなどなかった。

 しかし、そこで生き抜く自信はあった。


 そして、たった一人でも、今の状況を覆し得る秘策を秘めていた。

 生きてさえいれば、なんとでもなる。


 その背後には、次の脅威が近づいていた。

 馬に乗る追手が、距離を縮めていた。


 蹄の音に気付き、後方を確認する。

 剣士が1人に、魔法使いが2人。

 あれほどいた追手の大半は、ランドールが足止めしてくれたようだ。


 3人程度なら、逃げ切ってみせる。

 覚悟を決め、セリーナは剣を引き抜いた。


 背後からは、魔法使いの放った魔法弾が迫っていた。

 後方に剣を向ける。


その剣先から、白い煙が放出され、馬の背後を包み込むように広がっていく。

防御魔法である。


 魔法弾が直撃する。

 敵の攻撃は、防御魔法が受け止め、馬への被害を防ぎきる。


 しかし、その後も攻撃は繰り返される。

 魔法が直撃するたび、腕に衝撃が走る。


 的を絞らせないよう、左右に振れながら馬を走らせた。

 当然、その分ペースは遅くなってしまう。


 気づけば、すぐ背後に剣士の乗る馬が迫っていた。

 剣士が、右手で巨大な剣を振り上げる。


 魔法の防御壁は、物理攻撃を防ぐことはできない。

 魔法を解除し、自分の馬を、剣士の乗る馬の右側に寄せる。


 大剣は小回りが利かない。

 中途半端に距離を取るよりも、密着した方が有利に戦えるだろう。


 剣士は構わずに、大剣を振り下ろしてきた。

 

 手綱を離し、両手に握り直した剣で、その一撃を受け止める。


 衝撃の強さに、腕の感覚がなくなる。

 大剣の重量に、剣士の腕力が加算され、強大な威力となっていた。


 しかし、大剣は、セリーナの体まで到達しなかった。

 何とか剣で防ぎきることができた。

 この密着した状態では、全力で振り切れなかったのだろう。


 手に持つ剣の先端から、電撃を放つ。

 剣に魔法を込めたのだ。


 電撃は、剣士の身体に直撃する。

 感電した剣士は、剣を手にしたまま落馬した。


 彼が乗っていた馬は、主を失いながらも走り続ける。

 

 その直後、背後から魔法弾が飛んでくる。


 防ぐ余裕はなかった。

 自分の馬にしがみつき、衝撃に備える。


 敵の狙いは馬の方だった。

 数発の魔法弾が、乗っていた馬に直撃する。


 馬は鳴き声をあげ、バランスを崩してしまう。


「ごめんなさい。ここまでありがとう」

 そう言って、先ほどまで剣士が乗っていた馬に飛び移った。


 背後に剣を向け、再び防御魔法を張り直す。

 再び、魔法弾が襲い掛かるが、何とかしのぐことができた。


(このまま、逃げ切ってみせる)


 しかし、セリーナの向かう先からは、別の影が近付いていた。

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