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「あの……いりませんよ」秋人がおずという。

「もう冷めきっているからだ」

 店主の目はポットから流れるコーヒーに注がれている。

「当喫茶店でのお話は基本的に出されたものが冷めるまで、冷たい場合はアイスが溶けきるまで。それを過ぎれば、店を出て行ってもらうんでね」

 いうと秋人に一瞥をくれ、今度は首が海堂に向く。注がれたコーヒーの湯気が二人を包んでいるように見える。店主は海堂にいった。

「一緒に連れてってあげろ。お前が彼の身内のことに首を突っ込んだんだ。身内の言い分にも最後まで、面倒を見ることだ」

 いって彼女のカップにもコーヒーを注いで(海堂は店主に対して明らかに怒りを向けていた)から後ろを向くと一歩一歩をやや億劫にカウンターへと帰っていった。秋人が店主から海堂に視線をやると彼女はまだ全く不機嫌な顔をして眉間に皺を寄せていた。が、一旦目を閉じて、大きな溜め息を吐いてから秋人を見ると口を開く。

「危険な目に遭う可能性があります。それだけは判ってください。イモート・ワークのことを調べるのは明日からですが、何処へ行くかは全て私が決めます。明日、あなたのタイミングでこの店に来てください。しかし、もし、午前十一時を過ぎても来ない場合は私一人で調べます。それでよろしいですか?」

 どうやら秋人も調査に同行することを許可したらしい。秋人は顔を綻ばせると判ったと答えた。秋人は店主にお礼を言おうとカウンターの方を見る。が、店内は奥に従って薄暗く、微妙に浮かぶシルエットしかわからなかったが、お礼を、声ではなく心でいうとそのまま海堂に訊いた。

「同意してくれてありがとう。あの人は君のお父さん?」

「まさか。あの人はここの店主ってだけですよ。私は手伝いでここに勤めてるんです」

 秋人は不可解な顔をする。確かに二人は似ておらず、歳も孫と祖父ほどに離れているように思える。かといって店主の海堂に対する言い草は父が娘に言い聞かせるそれにしか聞こえなかった。店主と店員があんな風に会話をするわけがない。それに海堂が直後に店主に向けた顔も、どこか母と喧嘩をした後の冬子を思わせた。

 秋人はカップを両手で持って湯気昇るコーヒーをしばらく見つめてから、えいやと一気に飲む。今更ながら白状すると秋人は猫舌の気もある。コーヒーは舌を這って喉を流れる。すると意外なことにあまり熱くなくすんなりと飲み込める。味は苦みとよりも酸味と、砂糖は入っていないはずだかまるで果物を口に含んだような甘みと清涼感があった。

「美味しい」

 呟くと店主ではなく海堂が「でしょう?」と得意げにいう。秋人は少しムッとしたが、その海堂を見ると彼女が頰を緩めて微かに笑っているのが分かって、一緒に笑みを浮かべておく。笑っても自分と同い年か年上の女性に思えることは黙っておいた。

 カップを置くと海堂にもう一度明日の約束を尋ねる。と、彼女は笑みを消して答えた。それを聞いて席から立ち上がり、去ろうとして、足を止めた。海堂を見ると、彼女もまたこちらを見ている。真っ黒い瞳に秋人の姿を映していた。

「本当に一緒にいっていいんだね?」

 確かめるように秋人はいった。海堂はカップを燻らせながら答えた。

「私は許可をしましたからね。問題はあなたです。あなたは昨日まで眠れなかったみたいですし、それに明日遅く起きれば置いていきます。精々今日は早く寝ることですね。熟睡したあなたに目覚ましは効かないようですし」

「ああ、うん。その通り……」秋人は頷こうとして驚いた。「待ってよ」そして、海堂に聞く。「なんでそんなことを知っているんだい?」

 教えてもいないのに。秋人は驚嘆の先に不安を覚えているとコーヒーを啜ってから海堂が答えてくれた。

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