15

「待ってよ。協力するよ。一緒に冬子の自殺の原因のイモート・ワークが何かを調べるんでしょう?」

 すると海堂は眉間に皺を作るや、

「ですから、今、協力をお願いしているんです」

 と左の掌で再度催促してくる。秋人はその態度に些か毒気を抜かれた顔をした。

「わからないよ。僕や冬子の過去がイモート・ワークにどう関係してくるんだ? そもそも君は冬子から僕らのことを聞いていたんだろう?」

 訊くと海堂は、なんと一度視線を右に反らして明らかに苛立った顔をほんの数秒浮かべて視線を、それ以前の感情の波が見えない表情に戻した。咳払いをして「すみません。少し苛立ってしまいました」と正直に告げる。秋人は当然ながら(素直にそう告げられても)少し気分が悪くなる。海堂はいった。

「冬子さんの自殺の原因たるイモート・ワークを調べるのはもちろんのことですが、冬子さんが何故、イモート・ワークという仕事をするに至ったのかも知りたいんです。そのためには判断材料が必要です。それは冬子さんと一番関わったあなたやご両親との過去や現在が一番の判断材料になります。冬子さんから、あなた方ご家族のことを聞いたのはそうですが、しかし、情報には主観性がつきものです。冬子さんから見たご家族やあなたのことと、あなたが冬子さんやご両親のことを語るのはまるで違うものになります。ですから情報の正確性を確かめるためにはあなたの口からも聞く必要があるんです」

 海堂は少し早口で捲し立てる。さあ、では話していただけるとありがたいのですが。と口を閉じ、その黒い瞳を秋人に真っ直ぐ合わせる。秋人はその眼圧に押されつつも負けじと妹の目で対抗する。海堂の先程までの同情を抱かせた姿勢は、今やこちらから情報を引き出そうとする尋問官のように思えてくる。そもそもこちらが情報を聞きに尋ねてきたのに。先ほどの彼女の苛立ちが慇懃無礼であるとこちらも腹に据えかねつつあった。しかし、小さな睨み合いの末、秋人が折れる。はいといってしまった手前、機嫌が悪くなったからやっぱり教えないというのはあまりに子供じみているからだ。秋人は「僕は……」と自分の家族のことを出来るだけ冬子を中心として話すようにした。それは自分の幼い頃から始まって、あの冬子の死体を見て思い出した記憶をそのまま再生するように語っていった。特に冬子と母の仲が険悪だったことは重要な情報かと考えて伝えた。冬子が家に寄り付かなくなったのは間違いなくそれが原因だからだ。しかし、海堂の顔色が変わったりはしない。ただ真っ黒い瞳でこちらを射抜いてくる。そして語り終えると、

「なるほど」

 と相槌を打ったが、メモを取るわけでもなく「わかりました。ありがとうございます」といって視線を上に、丁度秋人の真上にあたるが、天井を見ているわけではなさそうだった。

 しばらくすると何かに気が付いたように視線を秋人に戻す。と、

「あ、もうお帰りになられて結構ですよ」

 こんなことを言いのけた。それから視線は何事もなかったように再度上へ戻る。秋人は開いた口をしばらく閉じれなかった。店員と同席して、ぞんざいにお帰りを命じられるとはどういう光景なのだろう。しかも、そればかりではなく、その店員は手紙に書いてあったことの何を伝えてくれたというのだろう。イモート・ワークという言葉がどこで出てきたのか、海堂を虐めていた冬子の三人の友達と冬子の関係や、その三人の語りたくもない下劣さ、また冬子が自殺に至るまで起こった出来事に海堂と冬子との友情も話してくれた。だが、それだけでもある。冬子がどうして自殺を選んでしまったのか。それにイモート・ワークは結局何で、それがどう冬子と繋がっているのかは教えてもらっていないし、本人の口振りからすると彼女もまだわからないのだろう。だからてっきり一緒に調べて欲しいとお願いされるものだと思ったのだが、実際にいわれたことといえば冬子に関して知ってることを話せという命令で、いざそれが終わったら即刻、片手間で帰れといってくるじゃないか。

 秋人は普通の一般人でもそうするように、ただ声は控えめに「ちょっと失礼すぎるんじゃありませんか?」と怒りを口に出していた。

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