14
秋人の涙目を大人びた黒眼が貫いてくる。光を帯びた黒眼はその強い意志を放っているように感じた。この時点で秋人の返事は決まっていた。だが、自分は耐えられるだろうかと不安にもかられり。自分には自信がなかったし、その実、こんなことに協力する動機もあるかといわれれば、それは十分あるのだが、またはっきりいってないともいえるからだ。確かに妹の死に対してその自殺の原因が何かは知りたいし知らねばならないような気もしているが、それとは別に自分はあまりに妹に関わっていないと思っていることからこの期に及んでまだどこか無関係を決め込んでいる節があった。たとえ幼年期に一緒だったからって、ここ何年かは仲良くもなく、話すこと自体が稀な関係だった。まるで他人事を扱うように、こんなことに関わりたくないという気持ちが過ぎっていく。秋人はこんな世界を知らない。人が人を酷く貶して嘲るような、嘘ばかりがまかり通るような下劣な世界が三人の文言から感じられて、自分はその泥の中を這って進まなければいけないような気がしていた。
向きあった海堂の瞳は黒く、その中に妹の死に顔が見える。秋人は目を背ける。
「協力はしたいんですが……」
その声は震えていた。しかし、言い切る前に海堂の手に力が籠る。
「冬子さんはあなたが頼れる人だっていってました。私を助けてくれたとき、それを教えてくれたんです。どうかお願いします。冬子さんを助けてあげてください」
力強く優しい声だった。秋人は驚いて海堂の瞳に再び視線を戻す。冬子にそんなことを思われるような記憶は思い浮かばないからだ。でも妹からいわれたということは。僕は頼りになったのだろうか。妹が死んでしまった後でも頼りになるのだろうか。
迷っていると、ふと海堂の手が離される。
「すみません。嫌ですよね。ただでさえ、妹が死んでしまったばかりなのに」
こんなものを見せてしまって。海堂はポケットから再度四つ折りの写真を出して机に置くと、秋人はその状態でもそれが出るや体を少し遠ざけた。すると海堂は落ち込んだように背中を丸めてからポツリと言い出す。
「私はあの手紙の通り字が下手くそで、小学校の頃から虐められてきました」
その声色が弱々しくなったのを感じて秋人も同じように背中を丸めて聞き入った。
「きっと字の所為だけではないんでしょう。私は気が弱くて、何も言い返せないんです。どれだけ私が嫌でも、どれだけ私が傷ついても。私は友達を作ることも苦手でいっつも一人ぼっちでした。だから、どこにいっても虐められてたんです」
先生に言うことすらできませんでした。と、あと他数例の虐められ方を語った。その口調たるや先程までの声色とは打って変わって、抑揚のある、まるで夫に先立たれた哀しい女性の声色だったもので、秋人は釣られて眉を下げる。
「誰も助けてくれませんでした。でも、冬子さんだけは助けてくれたんです。しかも私の友達になってまでくれました。私の、初めての友達に。あの時間がとても好きでした。私は、その時間だけで今までのことが全て救われる気がしてたんです。だから、だから絶対、彼女を、冬子さんが死ぬ原因になったことを突き止めて思い知らせてやりたいんです。だから、だからそのために……」
私に協力してくださいませんか。そうくると思った。しかし秋人は今度は「はい」という気になっていた。海堂は今一度背筋を伸ばして秋人を見るといった。
「せめて、あなたからもっと詳しい冬子さんやご家族の情報を教えてくださいませんか?」
「はい」
はい? 心の中でいった言葉に疑問符を付ける。一方、それを聞いた彼女は顔を華やかにするというわけでもなく、
「本当ですか。では、お願いします」
と元の一本調子の声に戻って左の掌でどうぞとお願いしてくる。秋人はまたも意表を突かれて両の掌を前に突き出していた。
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