第17話

▫︎◇▫︎


 魔法属性が判明してから、ノアが魔女に拾われてから早1年、今日も今日とてノアはフライパンを片手に魔女を叩き起こす。


 ここ1年で、ノアはぐんぐん大きくなった。

 元々王宮での無理な勉強カリキュラムによる睡眠不足と栄養不足によって、成長が著しく遅れていたために正常値に戻っただけであるが、それでもノアにとってそれは嬉しい出来事であった。


 つい先日新調したばかりのシャツとスラックス、そしてエプロンに身を包んだノアは、早朝に起きて魔法やその他諸々の勉学、そして剣術の鍛錬を済ませ、昼前という時刻になったゆえに、叩き起こしてなお布団に戻ろうとする魔女を引っ張り、食卓に座らせる。


「はぁ〜、ノアがしっかり者になってくれるのは嬉しいのだけれどぉ、ここまで管理されるとだらけられないわぁ」

「それはもちろん、だらけられないように行動しておりますので当然の流れです」


 魔女の髪をささっと編み込みに結い上げ、朝お庭から摘んだ生花を髪に飾ったノアは折りたたみ式の鏡で魔女に髪型を見せながら、当然だと言わんばかりはっきりとした口調で話す。


 ここ1年でノアが成長した部分は、もちろん身長だけではない。

 魔女によって徹底的に教わった賢者級の勉学も、魔女の魔法に対応できるレベルまで叩き上げた剣術も、世界最高の魔女と言われているらしい永遠の魔女直伝の魔法も、そして、生活能力皆無な魔女を支えるための生活能力も、全てを1級品にまで成長させた。


「………ノアはすごいわねぇ」

「?」


 しみじみと呟く魔女に、ノアは首を傾げる。


「ううん、こっちのお話ぃ」


 黄色いとろっとしたオムレツを焼き上げながら、ノアは魔女をまっすぐと見据える。


「今の僕があるのは全て魔女さまのおかげです。魔女さまのお側にいられる限り、僕は際限なく———強くなれる」


 まっすぐと放たれる言葉に、声に、魔女は眩しそうに瞳を細めた。


「そう………、お前はこのまままっすぐと育つのよ、ノア」


 珍しく間延びのしていない言葉にぱちぱちと瞬きをしたノアは、にっこりと微笑む。


「言われずとも」


 ———僕は王子さまに相応しい人間であり続ける。


 ノアの作ったオムレツにスプーンを入れた魔女は、ほかほかと湯気を立てているオムレツを口の中に入れる。


「うん。美味しいわぁ。ノアのオムレツは最高ねぇ。これでにんじんが入っていなかったらもぉっと完璧なのだけれどぉ?」

「好き嫌いはいけませんよ」


 自分のお皿のにんじんを全て魔女の皿に移したノアは、にっこりと笑う。


「言っていることとやっていることが違うわよぉ?」

「そうですか?僕は魔女さまの好き嫌いをなくす特訓のお手伝いをしているだけですよ」

「………………、」


 じとっと黄金の瞳に不機嫌な色を宿した魔女に睨まれても、ノアはどこか吹く風。


「———、」


 ノアはそんな魔女を楽しげに眺めていたが、次の瞬間ぱっと窓の外を見つめじいっと瞳孔を細めた魔女を見て、背筋にぞぞぞっとおかんが這い上がるのを感じた。


「? 魔女さま?」

「………すこぉし、出かけてくるねぇ」


 有無を言わせぬ艶やかで冷たい微笑みに、ノアは小さく頷いた。


 ———………やっぱり慣れない。


 魔女が魔女としての非情な面を見せることは何度もあった。けれど、ノアは魔女に毎度恐怖を抱いてしまう。すぐにでも殺されてしまうことを、一切の抵抗もできず死んでしまうことを、本能が悟るからかもしれない。


 ログハウスを出て行った魔女の背中を静かに見つめていたノアだが、やがてぱちんと頬を叩いて日々のルーティンへと帰還する。


 庭に植えた野菜や花に水をやり、家の中を掃除して、黄昏の空を漆黒の鳥が悠然と飛び始めたら食事を作る。


 ———キッシュが妥当なラインか………、


 庭で収穫した野菜と睨めっこをしながらメニューを決定したノアは、迷いのない手つきで料理を始める。

 やがてほくほくと柔らかな湯気をたてるご飯が出来上がると、ノアはやっと一息着くことができる。魔女に教えてもらった遠い異国の飲み物“コーヒー”を顰めっ面で飲みながら、ノアは机に突っ伏した。


「………遅いな、魔女さま」


 小さな呟きが空気に埋もれかけた頃、ガチャっとドアノブの回る音が聞こえた。


「ただいまぁ、ノアぁ」

「———、」

 

 いつもと変わらぬ表情で、仕草で、白銀の髪を真っ赤に染め上げて尊大に、艶やかに微笑む魔女。

 その背中には、返り血をどっぷりと被ったぼろぼろの少女が佇んでいた。

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