第16話

「………………、」

「何も起きなかったねぇ」


 すんと無表情になったノアは、大きな溜め息を吐いた。


「もう1度聴きます。僕、本当に才能あるんですか?」

「あるはずなんだけどねぇ」

「………、」


 魔女の自信があるのに 断言できなくなってきている言葉に、ノアは大きな落胆を抱える。


 ———魔法は僕の武器にはなりえなかった、か………、


 一応残りの2属性も調べておこうと、ノアは本に再び手を載せる。


「『光よ』、っ!?」


 本が強い光を放ち、ノアは慌てて本から手を離した。

 あまりの光の強さに目の奥がチカチカちするのを感じながら、ノアは魔女の方を見る。きらきらと表情を輝かせた魔女は、何やらぶつぶつと呟いている。


「魔女、さま………?」

「ん?あぁ、ごめんねぇ。次、一応闇も調べておこうかぁ」

「うん」


 光属性を持っていることが判明したためにだいぶ精神的に解放されたノアは、のんびりとした仕草で本の上に手を置き、呪文を唱える。


「『闇よ』」


 瞬間、部屋中が漆黒に染まり上がった。

 上下左右前後、何もわからない真っ黒な空間。


「———は?」


 パリンという軽やかな音を立ててあっという間に元いた場所に戻ってきたノアだったが、あまりにも非現実的な空間に一瞬迷い込んでしまったがために、唖然としてしまう。王子として相応に表情を隠す訓練を受けてきたが、今この時ばかりはその訓練もなんら意味を成さない。


「へぇ〜、ノアすごいねぇ」

「今のって………、」

「ノアの属性は“光”と“闇”。この世で最も珍しくぅ、尊くぅ、そして何よりも扱いが難しいとされる属性だねぇ」


 こくんと唾を飲み込んだノアは、先程まで本に触れていた手を見下ろし、ぎゅっと握り込んだ。


「光と闇………、」


 きゅっと軽い音を肌が立てるのをどこか遠くのことのように聴きながら、ノアは魔女の黄金の瞳に視線を向ける。


「ノアの場合はぁ、“光”が攻撃型でぇ、“闇”が防御型みたいだからぁ、戦いにおいてはとぉっても相性が良いと思うよぉ。まぁ、生活魔法は全く使えないかもしれないけれどねぇ」


 からからと笑う魔女に、ノアは若干苦笑する。

 ノアだって選びたくて戦闘に特化した魔法属性を選んだわけではない。それどころか、今の生活を続けるのであれば生活魔法こそが欲しかった。


「まぁまぁ、そこら辺はおいといてぇ、魔法は問題なく教えられるから安心しておいてねぇ。わたしぃ、これでもすごーい魔法使いだからぁ、全部の魔法属性に適応しているんだぁ。だからぁ、ノアの魔法を教えることぐらいならば造作もないわぁ」


 艶やかに微笑んだ魔女に視線を奪われたノアは、かろうじて小さく頷く。


「お前を、立派な魔法使いにしてあげるぅ」


 ノアはもう、———戻れない。


 それでも構わない。

 魔法の力を手に入れることによって王位を取り戻す一助になるのならば、ノアは喜んで自らの手を汚す。


 《世界の悪》と呼ばれ畏怖される《魔女》や《魔法》を利用してでも、自らの全てを捨てででも手にしなくてはならないものがある。


 ———安心してください、先生。僕が、必ず………あなたの願いを叶えてみせます。

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