第15話
かちゃかちゃと食器を洗い、ノアはぱっぱと水を払う。
「食器洗い終わったぁ?」
のびのびと欠伸をした魔女に、ノアはにっこりと笑う。
ノアによってキッチンが出禁になった魔女は、今日もリビングの机でダラダラと過ごしている。
———あれだけお皿を割られると逆に2度手間だからな………、
初めの頃は、ノアと魔女2人でお皿を洗っていた。けれど、魔女は毎度洗うお皿全てを割っていった。初めてお皿を洗ったノアですらも1枚も割らなかったのにも関わらず、魔女は全て割ってしまった。これではいくらお皿があったとしても足りないという状況になり、ノアは渋々魔女のキッチンへの出入りを禁止した。
かちゃん、
最後のお皿を食器棚に戻したノアは、エプロンの端で手を拭いながら魔女の方に戻る。
「終わりました」
「ん〜、おかえりぃ」
おっとりと艶やかに微笑む魔女にきゅっと背筋を伸ばしたノアは、真っ直ぐと魔女の黄金の瞳を見据える。小さい頃から、たくさんの大人の表情を伺いながら暮らしてきたノアだからわかる。
———これは、大事な何かを伝えるときのお顔。
ごくっと唾を飲み込んだノアは、机の下でぎゅうぅっと拳を握りしめた。
「今日からぁ、ノアに魔法を教えようと思いまぁ〜す!」
「え………、」
捨てられることも視野に入れて重大発表に臨んでいたノアは、ぱちぱちと瞬きをする。
「ん?魔法イヤだったぁ?」
きょとんとした表情をしたノアに、魔女はあわあわと慌て始める。
少しの間一緒に暮らしてきて分かったことだが、この『永遠の魔女』は基本的に自分本位でありながら、他人をものすごく尊重しようとする毛色があった。
本に載っている魔女といえば、自分本位で唯我独尊が当たり前、挙げ句の果てには、気分屋さんで気まぐれに国1つを滅ぼす恐ろしい生き物だと語られていたゆえに、ものすごく拍子抜けしたのを今でも覚えている。
くすっと笑ったノアは、花が綻ぶように淡く微笑んだ。
「嫌ではありませんし、それどころか嬉しいです。魔女さま、僕に、魔法を教えていただけませんか?」
最近、魔女専用に作られているお家故に、日々の生活への不便を感じ始めたところであった。よって、ノアにとって魔女の提案は願ってもないことであった。
「よかったぁ。じゃあまずはぁ、《属性》を見つけるところから始めよっかぁ」
「ゾクセイ?」
魔法でいくつもの本を宙に浮かばせた魔女は、ぱちんと指を鳴らして、全ての本を一気に開く。
「《属性》はその人の持つ魔法への適性のことだよぉ。今日はぁ、魔法属性の発見をメインに授業を進めていくねぇ」
「はい、先生」
魔女の開いた教本に齧り付くように目を通しながら、ノアは魔女の話に耳を傾ける。
「魔法の基本属性はぁ、『四限素』である“火”、“水”、“風”、“土”とぉ、この世界を作り上げたといわれる神さまに愛されしぃ『創世記』にも出てくる属性、“光”と“闇”が存在しているわぁ。まあ、光と闇はレアすぎてあんまり見かけないけれどねぇ」
魔女が用意してくれた、お世辞にも上質とは言い難いベージュの紙に羽ペンを走らせるノアは、ぱっと真っ直ぐに右手を挙げた。
「質問です」
「どうぞぉ」
「魔法属性を知ることには何か意味が存在しているのでしょうか」
「魔法属性にはねぇ、とぉーっても重要な意味があるわぁ」
ぱらぱらっとまた魔法で本をめくった魔女は、くるくると人差し指の先で丸を描き、指先から光を放つ。
「魔法属性はぁ、その人が扱うことのできる魔法を示しているわぁ。たとえばぁ、今わたしは風と光の魔法を同時に使用しているわぁ」
「風と、光………、」
じいっと本を見つめるノアは、合点が言ったように頷く。
「風の魔法で本を浮かせてページを捲り、光の魔法でほんの周囲が影にならぬように明るく照らしていると言うことですか?」
「そぉ。正解だよぉ。えらい、えらい」
くしゃくしゃと頭を撫でられるノアは、満更でもない表情をし、胸を張る。
「ちなみにぃ、ノアはなんの属性が欲しいと思ったぁ?」
「火と水と風が欲しいです。お料理とお洗濯が楽になりそうなので」
「成る程ねぇ」
あまりの堅実さに苦笑しながら頷いた魔女は、ノアの頭から手を引っ込めて、机に肘をつく。
「魔法属性の調べ方はとぉ〜っても簡単。専門の本の上にお手々を乗せて、それぞれの属性に呼びかけてみるだけぇ。さぁ、やってみよぉう!!」
パチンともう1度指を鳴らした魔女に合わせて、パタパタパタパタと本が飛び回り、ノアの目の前に1冊の本が着地する。
「じゃあぁ、わたしの後に続いてみてねぇ」
「はい!」
わくわくと踊る胸と、全部使えなかったらどうしようという不安に苛まれながら、ノアは魔女に促されるままに本の上に手を置く。
「『火よ』」
「ひ、『火よ』」
「うぅーん、火は使えないみたいだねぇ………、」
「………………」
薪で毎度火を起こしてお料理をしているノアにとっては、欲しい属性の1つであったために無表情になるほかない。
「つ、次行こっかぁ」
明るく手を叩きながら焦ったように言う魔女に不安そうな表情を見せながら、ノアは頷く。
「『水よ』」
「………『水よ』」
「こ、これもダメみたいだねぇ」
「………いいですよ。ここは上下水道完備ですし………っ、」
「あちゃー、拗ねてるねぇ。じゃあ次行くよぉ」
先程魔女に魔法属性を教えてもらって欲しいと思った3つの属性のうち、2つが既にダメであることが分かったノアは、若干、干からびたような表情をして魔女の言葉に頷く。
「『風よ』」
「『風よ』!!」
「———、」
「なんなんですかもう!!なんで欲しい属性全部パーなんですか!?」
「仕方がないよ。ノア。人生はこんなものだ」
肩を叩かれながら諭され、ノアはじとっとした表情をした。
「僕、本当に魔法の才能があるのですか?」
「そこは保証するよぉ。でも、ここから考えると多分ノアは土属性特化型かなぁ」
「………土の使い道はあまり思い浮かばないです………………、」
「あははっ!まあぁ、何を手に入れたとしてもどう活用し役立てるかはノア次第なんだからぁ、自由にやればいいんだよぉ〜」
朗らかに言った魔女にぷくっと頬を膨らませたノアは、くちびるに最後の呪文を載せる。
「『土よ』」
ノアの紡ぐ厳かな呪文は、本の中に吸い込まれてゆくのだった。
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