第14話
▫︎◇▫︎
「起きてください、魔女さま。もうお昼ですよ」
ここで暮らし始めてはや1ヶ月。
暮らしやすいログハウスを無事に完成させたノアは、パステルグリーンのエプロンを身につけ、フライパンとお玉を手に、ベッドでうげーっと蕩けている魔女を起こしていた。
「まーじょーさーまー!!」
ここで暮らし始めて気がついたこと。それは魔女がびっくりするぐらいに生きるという行為そのものを捨てているということだ。
ごはんは腐ったものを調理せずに食べ、掃除はしない。寝る時間や起きる時間はバラッバラで、下手をしたら床で寝ている。今までどうやって暮らしていたんだと怒鳴りたくなるくらいの自堕落さに、ノアは命の危機を感じ、早急に生き残る術、すなわち家庭能力を身につけた。
「今日のお昼ごはんは魔女さま好物の目玉焼きトーストです。あと5秒以内に起きなかったら、」
ガシャン!!
激しい音と共に魔女がベッドから転がり落ちる。
「おはようございます、魔女さま」
ぐしゃぐしゃの髪にと誰だらけの口元、すっぴんの魔女は童顔相まってものすごく蒼らしい。
フライパンとお玉を机の上に置いたノアは、魔女に着替えのドレスを差し出し、再びフライパンとお玉を持ってキッチンに戻り、ベーコンと卵をフライパンの上に落としてからまた魔女の元に戻る。
「今日もお任せで構いませんか?」
「………かまわないよぉ〜、ふぁう………、」
欠伸をしながら言う魔女に苦笑したノアは、香油を片手に魔女のチリチリもこもこの髪に櫛を通す。
ノアも癖のある髪を持っているが魔女ほどではない故に、魔女の髪の手入れはものすごく難しい。雑に櫛を通そうとしたら最後、櫛は魔女の髪にぐじぐじに絡まり、抜けなくなってしまう。適度に髪に香油を馴染ませながら、ノアは時間をかけて丁寧に丁寧に魔女の髪をすき、前髪を三つ編みに編み込み、ハーフアップにする。まとめるリボンも今日は上手にまっすぐ結ぶことができた。
「満足そうだねぇ」
「上手にできた」
「そっかぁ〜」
自らの髪を優しく撫でた魔女は、満足そうに胸を張るノアの頭をふわふわと撫でる。
「上手にできたねぇ。えらいえらい」
はにかむように笑ったノアにつれられて、魔女はリビングへと連れ出される。
「今日のメニューはなぁにぃ?」
「昨日取れたマッシュルームと葉物をふんだんに使ったサラダとベーコンと目玉焼きを乗せたパン、あとはミネストローネです。魔女さまが手に入れてくださったマヨネーズという調味料もパンに使用してみました」
「そっかぁ〜。ノアが作るごはんは全部絶品だからぁ、とぉ〜っても楽しみだよぉ〜」
魔女が席に座るのを横目に、ノアはこんがりと狐色に焼き上げたパンの上にフライパンで焼いておいたベーコンと目玉焼きを乗せる。
ほくほくとした食欲をそそる匂いが立ち込め、ノアは満足そうに頷く。
———今日も上手にできた。
最後にスープをお皿によそったノアは、危なっかしい動きでゆらゆらとお皿を揺らしながら、魔女の元にご飯を運ぶ。
かちゃん、
机の上にお皿が載る音が静かなお部屋に優しく響く。
「ふぅ、」
無事に運び終えた安堵に少し表情を緩ませ、ノアは魔女の少し膨れた表情にくすりと笑う。
「魔女さまは僕の作るごはんなら、お残ししないのですよね?」
「そ、それとこれとはねぇ?」
「好き嫌いはダメですよ?」
魔女の視線の先にあるもの、それはミネストローネの中に入っている花形に切られたにんじんだ。
「食べましょう、魔女さま」
「………はぁい」
渋々感が否めない魔女に苦笑したノアは、手を合わせる。
「いただきます」
「ん〜、」
のびのびと声を出してからスプーンを鷲掴みにした魔女に、ノアは顔を顰める。
「………魔女さまもちゃんと挨拶をしてください。あと、スプーンの握り方はこうです」
ビシッと自らの手を指差したノアに、魔女はぶぅっとくちびるを尖らせる。
「いいじゃないのぉ?ここにはノアとわたししかいないのよぉ?」
「マナーは1日にしてならず、です。いつ何時も完璧なお作法をする為には、それが普通になるまでやり続けなければならないのです。癖付けてしまえば、それが当たり前になるのですから一切苦痛に感じませんよ?」
「えぇー、」
じとっとした表情をした魔女に、ノアはツンと澄ました表情をする。
「ちゃんと頑張ってください。お作法は身につけて損にならないものの1つだと思いますよ?」
「分かってるけどぉ」
「分かっているのならちゃんとしてください。ほら、にんじんも食べる」
魔女の口に自分のお皿のにんじんを突っ込んだノアは、半泣きで咀嚼している魔女に満足そうに頷く。
「はい次、………はい次、………………はい次!!」
ぱくりぱくりとどんどん食べさせて、魔女が撃沈したところで自分の食事を再開する。
我ながらしっかりとした出来栄えに満足したノアは、全て食べ切ってから満足そうに頷き、席を立つ。
「ごちそうさまでした」
ルンルンと食器を片付けるノアの背中に、無事ににんじんを片付け終え、他の好物を頬張る魔女は刺々しい視線を向ける。
「ノアぁ。好き嫌いはダメだよぉ〜?」
「ふふっ、なんのことですか?」
ちゃっかりと魔女に嫌いな食べ物を全て食べさせたノアはにっこりと笑うのだった。
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