弱い自分

 明日は『ロータス』の定休日ということもあって、一人晩酌しながら悠の帰りを待つ。

 店を開ける時間帯も、休みも違うから、約束として蒼の店が休みの前日は、一緒に夜を過ごすことにしている。

 悠が帰宅する午前一時過ぎに、ほどよく酔っぱらった蒼が出迎える。

「ただいま」蒼を見て、嬉しそうにする様は、飼い主を見つけた犬のようだ。

 この約束は、蒼の体のことを思って悠から言い出したものだが、休み前でなくても悠の帰りを待っていることが多い。「おかえり」「ただいま」を言い合って、それぞれお互いの部屋で寝る。

 住み始めたばかりの時は、悠から一緒に寝たいと散々言われたが、体を休めるのに狭いベッドじゃ起こしてしまうし、休まらない。

 『ロータス』の休み前は、多少の夜更かしがあっても、翌日の悠の出勤する午後の時間までゆっくり過ごせる。

 彼が休みの日は、昼食を一緒に食べることもあれば、夜は長い時間過ごせている。

 なるべく一緒の時間を持つために考えたが、少し物足りなさを感じてしまうのは、欲張りになっている証拠なのかもしれない。

 風呂から上り、水を飲んでいる悠に見惚れていると、その視線に気付いて「蒼」と甘く呼ぶ。

 隣に座り、何度も名前を呼ばれる。

「なんだ……むぅん」応える口を塞がれた。

 唇を挟んで、吸って、啄むようにしたかと思えば、唇をちろっと舐める。

 蒼のうなじや耳を触りながら、絶え間ないキスが降る。

 ――気持ちい。

 蕩けたところで、口が離れて、蒼のグラスを覗き込む。

「何呑んでるの?」

 前にNAOKIがお土産でくれた芋焼酎と言って同じものをコップに注ぐ。

「そういえば、NAOKIさん元気?」

 悶々としていた悠だが、蒼からのいろんな話を聞いてからは、そこまで嫉妬はしなくなったようだ。

 彼は、海外の映画出演が決まり、撮影のためしばらく姿を見ていない。

 その連絡をもらった時に、『あたしは端役はやくだから少ししか出ていないけど、すっごくエロくて、情緒のある映画だから楽しみにしてて』と言っていた。

 一体、どんな映画なんだよ……。

 くすっと笑う蒼を横目に携帯電話の画面を見せてくれた。

「麗から、蒼によろしくって」

 画面には、麗が花嫁と一緒にピースサインで笑っている写真が映っていた。

「あ、俺にもきたよ」

 蒼の携帯電話には、悠が見せてくれた同じ写真と、ネイルを顔に寄せたものと、他の友達との写真が数枚送られてきていた。

 それを見た悠が顔をしかめる。

「なんで?」

「ああ、悠より写真たくさん送ってくれたね」

「いや、そうじゃなくて、連絡先交換したの?」

 うん。と頷くと、少し困ったような顔になる。

「あいつ、なんか変なこと聞いてきたりしてない? 大丈夫? デリカシーがないから、ずばずば言うし……」

 ジェルネイルが初めてだから、その扱い方を聞いてきたり、あとはその結婚式の写真を送ってきてくれたくらいで、そんなに頻繫にやり取りをしているわけじゃない。

「大丈夫だよ。あ、でも……なんでもない」

 携帯電話を取り上げるようにしてしまったのが、おかしいと思われたようで、「なに、隠してる?」と体を寄せてくる。

 悠に覆い被さられ、携帯電話のボタンを押してしまい、画面に現れた写真を見られてしまった。

「これ……」

 蒼の携帯電話の待ち受けは、悠の高校時代の写真だった。

 制服姿で、パンを食べながら突然写真を撮られたといった不意打ちされた顔をしている。

 母が携帯電話を新しくした時に撮って、麗にメールをする練習で送っくれたものだと、教えてもらった。

「で、悠兄ゆうにいの高校時代の写真いります? って……思わず即答しちゃったんだよね」

 待ち受け画面をじっと見た悠が、画面をカメラに切り替え自撮りのように構える。

「せっかくだから二人の写真にしてよ」

 ソファに寝そべりぎゅっと寄り添いながら撮った写真は、髪の毛がぼさぼさのプライベート丸出しで、これを待ち受けにするには他人からの目を気にしてしまう。

「じゃ、この俺と今の俺どっちが好き?」

 いたずらっぽい顔をしながら、蒼のTシャツをまくり上げ、小さい丸い部分に触れた。

「……ひっ、つめたっ」

 ロック用の氷を乳首から脇腹にかけて滑らせる。

「ふっ、冷たいよ」

「どっちが好きか答えないと止めない」

 そう言って、氷を滑らすが、肝心なところを避けるように触り、指が触れるか触れないかの微妙なところをかすめる。

「じ……じらすな」

「うん?」

 氷が解けて濡れた肌を今度は、舐めてくる。それでも、触れてほしいところは避けるので、もう限界だった。

 いたずらっぽい顔のまま、「どこを、どうしてほしいか、言って」と指を蒼の口に入れてくる。

「ちくびを触って……」

 恥ずかしさで、体に熱を帯びる。

「蒼、体あついね」そう言うと、また氷を滑らせてきた。「ほら、すぐ溶ける」今度は焦らさずに触った。

 溶けて濡れた肌に口付けし、丸い突起を吸い上げて、もう片方は指で捏ねる。

「ああっ……うっんっ」

「蒼のここ、すごくいやらしいね。ぷっくり赤くなって、可愛い……」

「お、おまえが触りすぎ……むんっ」

 深いキスをされながら、下半身を擦り付けられる。お互いの漲ったものがぶつかり合い、興奮の波が押し寄せた。

 顔が離れた悠は、いたずらっぽい笑顔を向けたまま、蒼の携帯電話を取って、ロックを解除する。

 待ち受けの高校生男子の写真を見せた。

「この時の俺に見られながら、しよっか」

「へ?」

 うつ伏せにされた顔の先に携帯電話を置かれ、十分に潤んだ場所に、悠が侵入してくる。

 ――え? え? うそだろう。こ、こんなことなのに、すごい感じる。

 揺すり上げられるたびに、画面が少し動いてリアルに見える。パンを食べている制服をきた悠の眼差しに興奮している自分がいる。

 ――やばい、やばい、俺、変態だ。

 内側を締め付けられて、悠が激しく腰を打ち付けてくる。

「俺、昔の自分に嫉妬してる」

 その言葉で、蒼を揺さぶっている男の息遣いと、目の前の若い悠が交差して、訳が分からなくなる。

「あぁぁっ、はぁん」

 悠の手が、蒼の昂りに触れると、我慢していた欲が一気に出て、果てた。

 少しして悠がぶるっと体を震わせて、吐精したかと思えば、休む隙を与えず、「もう1回、今度は俺をみて」と向かい合うように座って唇を合わせた。


 翌日、悠が仕事で出掛けた後に、NAOKIから連絡が入った。

『徳永さん、ごめん。知らせておかなきゃいけないことがあって……実はさ、撮られちゃったんだ。男といるところ……二丁目にいるところとか。で、今週発売の週刊誌に載っちゃうんだけど、徳永さんの店のことも書かれているみたいで…………ほんと、迷惑かけてごめん。しばらく店には行かないから』

 週刊誌には、お気に入りのよく通っているお店ということで、二丁目のバーやエステやサロンが載る。店の名前や場所は書かれていなくとも、ここぞとわかるような内容になっているらしい。

 ネイルコンペティション、フリースタイル部門で優秀賞を取ったネイリストがいる店なんてだけで、店と個人名は特定されてしまう。

『おれ、申し訳なくて……徳永さんにだけは迷惑かけたくないんだ。本当に』

 鼻をすすすすげながら言う声に、胸が痛くなる。ありきたりな言葉をかけるのが精いっぱいだった。

『大丈夫だから。迷惑なんて思ってないよ。俺も店も大丈夫』

 パパラッチに目をつけられるということは、人気が出ているということなんだろうが……。

 今時、芸能人のセクシャリティのことなんて、たいしたゴシップにもならないと思う。

 俺自身も、特に隠しているわけじゃない。聞かれたら応えるけど、自分から言う必要がないので、しない。

 これって、隠していることになるのか……。

 NAOKIも隠しているわけではないと思っていたけど。

 他にもなにか――――知られたくない秘密も雑誌に載ってしまうのか……。

 なんとなく夜は、一人で居たくなかったので、レストラン『雪月花』に連絡を入れ、カウンター席を空けといてもらった。

 携帯電話の待ち受け画面が、悠の高校生時代の写真から今の悠の写真に変わっていた。

 ――――いつの間に。

 蒼がベッドで寝ている前で自撮りしたものだ。おそらく今日。

 人の携帯電話を勝手に使って、なにしてるんだか。

 こういう画面を他人に見られたら、同性愛者の人だと、だいたいの人は思うだろうな。

『俺はいいよ。大丈夫だから』

 初めてキスされた時、周りの目を気にしていた自分に言ってくれた。

 付き合い始めたばかりの時も、買い物帰りに手をつないで歩いた。――初めて恋人と外で手をつないだ。

 悠は、俺と付き合っていることを隠そうとしない。俺があまり言いたくない。

 悠が実家に帰った時も、カミングアウトを許さなかった。

 特に隠しているわけじゃないといっても、本当のことを知られるのに抵抗がある。

 結局、心のどこかで、自分のさがと向き合うのを恐れているのは自分自身なのかもしれない。

 NAOKIに大丈夫だよと言ったのは、自分に言い聞かせるているのが半分ある。

 ――怖い。世間にどう見られているのか。怖いんだ。

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