152 あとかたづけ



「やれやれ、また面倒なことになったねえ」


 これも一部始終を見ていたエンフがため息をついた。


「エンフ殿。奴隷に懸想けそうする変態だが、これからよろしく頼む」


 ゴーチェは頭を下げると、晴れ晴れとした顔でカルナリアの一歩後ろの位置に立った。

 主人に仕える従者の、その位置取りをこれからもずっと続ける気満々だ。


「すみません、エンフさん……女性班の負担が増えてしまうかも……」


「謝らなくていいよ。あんたの責任なんてひとかけらもないんだからね。

 それどころか、あんたはあたしを含めて、大勢の命を救ってくれたんだ。あたしらの気持ちもこの人と似たようなもんさ。仕えるとまでは言えないけど、できる限り、恩は返させてもらうよ」


 ゴーチェが大きくうなずいた。


「もちろん俺は、寝る時は離れて、移動するときのみ同行させてもらう。女性のみの天幕に近づくつもりはない」


「それなんだけどねえ……まあ、ゴーチェ、あんたは大丈夫だろうけど……」


 エンフは声をひそめて言ってきた。


「カルス。これからは面倒になるから、くれぐれも気をつけるように」


「…………何が起きるのですか」


「生き残りはしたけど、荷物を全部なくした客が沢山出た。一方で、まだ荷物を――服や、食べ物や、道具を持ってる客がいる」


 カルナリアは一番最初に山に駆け上った時、荷物を置き、隠しておいた。

 その後、また山に逃げた際に回収してきたから、すべて無事だ。


 しかし、大半の客は……逃げるために放り捨て、それを石人に踏みつぶされ、黒土をまぶされ……。


「今はまだ疲れきってるからおとなしいけど、この後、持ってる者が狙われるようになるよ。助けてくれ分けてくれ恵んでくれとたかってくる。特にカルス、あんたが一番危ない」


「ああ。俺はこうすることに決めたんだ」


「…………!」


(もしかして、ご主人さまがこの人を取りこもうと動いたのは、この事態を予想して……!?)


 悪辣あくらつだとか策略だとか考えた自分をカルナリアは深く恥じた。


 やはりフィンは、自分のことをよく考えてくれている。


(まだ、守られてばかりです……もっとしっかりしないと!)


「この後回収に出るけど、まずは、拾い集められたものや死んだやつが残したものの奪い合いになるね。その後は、あたしらが配るものの取り合い、持ってる者からの盗み合いだ」


「…………」


「これからは多分、女性班ってのもなくなる。あんたを今後、パストラと一緒にさせるわけにはいかない。あのライズたちと組まされるだろうね。あちらはしっかり荷物守ってるし、腕も立つからね。ファラとレンカだって元々あちらの仲間なわけで」


「う…………」


「なんか色々あるみたいだけど、最初の時言っただろう、ここじゃ人間同士じゃなく、グライルと戦って生き残ることを考えとくれ」


「はい……」


 現実的に、そうするしかないのも理解はできた。


 あの状態のパストラと同じ天幕内で眠るなど、想像するだけで恐怖しかない。

 ましてあの親子が、荷物を全て失い、顔を拭う布すら持ちあわせていないとなると……。


 息子のために予備の服をよこせ、と図々しく要求してくるだけでもまだまし。

 いきなり短剣を抜いて突っこんでくる可能性も、十分に考えられた。

 いや、考えられるどころか、どこかで必ずやってくる、いつやってくるかだけが問題だ……モンリークの方が所在がすぐわかるだけむしろ安全という、恐ろしい状況である。


 重たく息をついた。


「それで、早速だけど、この後、あんたにも外に出てもらう。ご主人様と一緒に、回収を手伝ってもらうよ。荷物持ったままでね。その方が安全だからね」


「……よろしいですか?」


 側にいるだろうと思ったのでフィンに訊ねた。


 返事がない。


「?」


 見回した。


「ぼろはどこだい?」


「それが……」


「まあ、あんたから目を離すとも思えないし、それじゃ、外に出る連中のとこ行こうか」


 ゴーチェには、フィンはこの旅路の間、完全な自由行動を許されていることを伝えた。


「……本当に、何者なのですか、あなた方は」


「私にもよくわからないのです」


 そう答えるしかなかった。






 村の、かつての入り口だったところは、石人が通過して堀が埋まり、しかし深くめりこんだ足跡に水が流れこんで、丸い池のような状態になっていた。

 敷かれていた白い石板がいくつか見えるので、その場所だったとわかる。


 動ける者たちがその手前に集まっている。


 獣人ふたり、偵察班、荷担ぎの者たち。

 牛獣人の巨体もあった。

 ダンというあの案内人の顔を見つけてほっとした。生きていてくれた。向こうもカルナリアを認めてニッと笑った。


 見覚えのない者たちが三人いた。服装も案内人たちとは違う。村の住人だろうか。

 みな顔色は悪く、身の置き所のない、落ちつかない雰囲気だった。


「よし、行くぞ」


 リーダーをつとめる者が声をかけたが……。


 彼らのほとんどは、早いうちに逃げ戻って、血吸チスイアリの出現と襲撃を直接は経験しなかった者たちだ。


 ゆえに、すべて死んでいるとはいえ黒い広がりを恐れ、まだ地面の中にいるのではと警戒し、その顔色は悪く、たたらを踏んだ。


「もう、いない」


 犬獣人ガンダが言い、率先して丸い池を越えた。


「行きましょう、ゴーチェさん」


 カルナリアも続いた。


 他の者たち以上に顔色をなくしていたゴーチェだったが、小娘にして主君が先に出たことで、恐れを乗り越え、動き出す。


 さらに他の男たちも続いてきた。


「たすかる」


 ガンダが言ってくれた。


 豹獣人ギャオルは、近づいてはこないが、いつもの威嚇もしてこない。

 ということはフィンは近くにいないのか。どこで何をしているのだろう。






 もともと平坦な草原だったが、石人の大群の通過で、ほぼ完全な平面にならされている。


 しかしそれは全体的にということであって、ちっぽけな人間にしてみれば、丸い足跡が無数に重なり、到るところに段差があって、それが黒い粒に埋まっていて、かなり厄介である。


 カルナリアはもちろん、他の誰もが、慎重に足を運んだ。

 それでも時々、転ぶ者が出た。


 小さい粒である血吸蟻の死骸は、石人に踏まれても潰れずに、土にめりこんで残っているものが多く、人々の歩みにつれてザッ、ザッと軽い音を立てた。


 カルナリアもそうだったように、最初はおそるおそる物で触れてみて、まったく動かないのを確認すると、手で触れてみて、大胆に払うようになっていく。


「……あった」


 ガンダがにおいで「それ」を見つける。

 黒いものの下に、人の衣服があった。

 割と原型を留めている。

 しかしその中に、粉々に砕けた、人の骨らしきものがあった。

 肉はその前になくなっていたようで、骨だけだったので、ある意味おぞましさは軽減されているのがせめてもの救いだ。


 衣服は、下着まで含めてすべて、じっくり洗われた後に、荷物を失った客の誰かが身につけることになるだろう。

 他にも、金属類や木片、とにかく人の持ち物だったものを探し、拾い集めて、袋に入れていく。


「……やっぱりな」


 案内人が、地面にめりこんでいた『とげ』を見つけた。


「こんなところでどうしてと思ったら……」


 まだ割と村に近いところ。

 ここで血が流れたために、逃げ場を失った者が多く出たのだ。


 カルナリアも、古い『棘』を踏みかけたことを思い出して戦慄し、またそれを仕掛けた者に対して怒りをおぼえた。

 仕掛けたのだろう村の住人たちは、ほとんどが生き残っている。


 死者に祈りを捧げると、案内人たちは冷ややかな表情で作業を続けた。


 同じ案内人だったものを見つけると、彼らはそれを取り囲んで、腕を伸ばし遺体の真上で拳を合わせて、天へ昇る魂の一部がこの手を通じて我々に宿るようにという意味の祈りを口にした。


 蟻の死骸から、あの木の根巨人が生み出した黒土のところに踏みこんだ。


 まだ、あの歓喜、豊かなものは足元から強く感じる。

 ファラのように転げ回りたい気分が湧いてくるが、さすがに我慢した。


「う…………」


 だがその中に、まぎれもない「死」を見つけてしまった。

 

 もちろん踏みつぶされて形は残っていないが、衣服にも骨にも、肉や乾いた血がべったりとこびりついていた。


「これは、このまま埋めて、土に還そう」


 周囲の物品だけを探してから、次へ行った。


 そういう作業を続けるうちに……。


「シャーーーーッ!」


 ギャオルが突然威嚇を始めた。


 魔獣か、とみな武器に手をかける。


「ご主人さまですか!?」


 ギャオルが向く方にカルナリアは呼びかけた。

 村側だ。


「ああ」


 と、けだるげな女性の声で返事があって、ギャオルが悲鳴をあげて逃げ出した。途中で一度転びその後は四つ脚で走っていった。

 離れきることはしないが、かなり小さくなった距離まで逃げて、こちらをにらみ続ける状態に。


「ちょっと二人を借りる」


 フィンには完全な自由行動権があるので、案内人たちのリーダーは何も言わなかった。


「二人とも、他の者に見えないように、私の陰に入れ」


 言うとフィンはその場に腰を下ろした。

 すなわち、円錐形が高さを減じ、幅を広げた。


 カルナリアはすぐ円錐の向こう側に回りこみ、自分も腰を下ろした。

 ぼろ布にまだ慣れていないゴーチェも戸惑いながら同じようにする。


「ゴーチェ。お前のものだ」


 背負い袋がぼろ布から出てきた。


「……?」


 出てきただけなので、カルナリアが引っ張り出して、ゴーチェに渡す。

 初めてフィンと対面した時、こうやって発熱サイコロを引っ張り出したことを思い出しておかしくなった。

 今のゴーチェのような顔を、自分もしていたのだろう。


「これは……」


 袋だけでなく、重みがある。

 中には、替えの衣類や布、手袋、水筒、短剣、携帯食料など、旅に必要なものが色々入っていた。


「これから先、この子を守り続けてもらうために必要だからな」


「は、はい…………しかし、これは……?」


 フィンが持っていたものではあるまい。特に衣服。

 背が高いと言ってもフィンは女性だ。ゴーチェは肩幅広い、しっかりした体格の男性である。


「同じような体の者たちから譲り受けてきた」


「もしかして……ライズですか?」


 セルイとは言わないように気をつけて訊ねると、ぼろ布がかすかに動いた。多分うなずいたのだろう。


「それから、これは私から」


 袋が出てきた。


 開けただけでわかる。薬だ。


 手の平ほどの大きさの袋の中に、小分けされた包みが色々入っている。


「1番の、これが血止め。2番のこれは塗る傷薬、お前の足に使ったのと同じものだ。痛み止め。胃腸を整える薬。疲れた時に口に入れるもの。傷口を縛る前にあてると毒が入らない布。時間がある時に詳しく教える。おぼえろ。そして、持っていることは他人に知られるな」


「はっ、ありがたく頂戴いたします。カルス様に何かありましたら、これらを用いてお助けいたします」


「お前自身にも、ためらわず使え。お前が動ければこの子を移動させることができるのだからな」


「はい」


「それから、教えておく。少しでも危険を減らしたくて男の名前にさせているが、この女の子の名前は、本当はルナだ。もちろん人前ではカルスと呼び続けてもらいたい」


「はっ」


 信頼の証と受け取り、ゴーチェは神妙な顔になった。


 カルナリアと知ったらどうするだろう。


「それから、後で、ライズの従者たちと手合わせしてもらいたい。どのくらい戦えるか、動けるか、知っておく必要がある」


「はい。望むところです。ところで…………失礼ですが、フィン様とのお手合わせは?」


「必要ない。めんどくさい」


「め…………?」


「慣れてください。この方は、これが口癖なのです」


 かつての自分を見る心地をまたおぼえてクスクス笑った。


「……それでご主人さま。お姿が見えなくなってから、何をなさっていたのです?」


「まず、レンカの剣を回収してきた。

 幸い、くぼんだ所に落ちていたので、石人に踏まれはしたが、地面にめりこんだだけで、折れも曲がりもしていなかった」


 レンカがカルナリアを逃がすために、自分の腕を切断した水たまり……!

 確かにあの時、腕をくっつけて逃げたが、それ以外のものは置き去りにしてきた。


「礼を兼ねて、レンカにそれを渡し、その上で今後のこと、予想される危険などをから、あいつらの持っている予備のものを譲ってもらって、お前たちの後を追ってきた」


 話し合いというのは、殺気が飛び交ったり、レンカが失禁気絶したりしながらだったのではないだろうか。内容は知りたいが具体的な光景は知りたくないと思ってしまうカルナリアだった。


「では、戻っていいぞ。私は別にすることがある」


「何ですか? 私がご一緒してはいけませんか?」


「村を何度も出入りすることになる。徐々に気を取り直した者が出てきて、荷物をなくした自分たちがこれからどうなるのかと、不安を口にし始めている。お前は、ここにいるのが一番安全だ」


「……わかりました。でも、何をなさるのかは教えてください」


「この虫、血吸蟻か、この死骸を――燃やしたり、潰したり、乾かしたりして、何かに使えないか調べさせる……


「…………………………」


「肥料、薬、燃料、魔物よけ。もし有効な活用法が見つかれば、ここの住人たちより先に案内人たちに教えて、旅の足しにさせ、私たちの待遇をより良いものにする」


「わかりました……」


 妙に脱力してカルナリアは答えた。


 つくづく、楽をするためならいくらでも他人を使うご主人さまであった。自分には全然真似できない。


「それから…………この後にが現れたら気をつけろ」


「……どういうことでしょう?」


「あれだけのものが通りすぎたんだ。危ないものは全部踏みつぶされているのをいいことに、残っているものを漁りに来るやつの可能性が高い」


「…………」


「真っ当にゾルカンたちと取引するつもりがあるなら、先にあの村に来ていたはずだ。その気はなく、山であれの通過を待ち、様子をうかがい、生き残りがいたので、よからぬ企みをもって降りてくる――そういうやつが現れるならそろそろだ」


「…………はい」


「ゴーチェ。ルナを頼んだぞ」


「はっ!」


「じゃあ、また後でな」


 フィンは立ち上がり、村へ戻っていった。


 途中から存在が希薄になり、感知できなくなったが、ギャオルが戻ってきたので、離れていったと確信できた。


「……こんなに……見えなくなるなんて……」


 ゴーチェには魔力関係の資質はなさそうで、ぼろ布の認識阻害効果に衝撃を受けていた。

 他に何もない場所で、ずっと見つめていたのに、あるところでフッと見えなくなるという経験をしたのだ。


「これも、慣れてください。私が着せてもらっているこのマントにも、似たような機能があるそうです。なので、私も、隠れれば見えづらくなります。必要な時にはそうしますから、きょろきょろしないでくださいね」


「……はい」


 ゴーチェの顔には、そんなものを使っているフィンと自分の正体が気になって仕方ないと色濃く浮き上がっているが、無視。


「それに、あのご主人さまは、いつもあの調子です」


「はあ……」


「でも、ああ見えて、勘の鋭さ、耳の良さはすごいんです。あのひとが危ないと言い出したら、本当に危険が迫っていると思ってください」


「はっ」


 そのとき。


「おーーーーーーーい!」


 遠くから声がした。


 北の、川沿いに、人影が。

 大きく手を振り、存在を知らせてきている。

 二人いる。


 カルナリアはゴーチェと顔を見合わせてから、フードを深くかぶった。

 ゴーチェはカルナリアの前に出て、そいつらの視線からできるだけカルナリアを隠すようにした。





【後書き】

カルナリア、まだまだ未熟。がんばりましょう。

野山で一番恐ろしい存在は、獣でも自然現象でもなく、人間であるという。その人間が現れた。はたしてどういう者たちか。次回、第153話「山師」。少し暴力表現あり。

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