151 新たな主従
「ゴーチェ! 来い!」
声量だけはあるモンリークの声が放たれたのは、それからほどなくして。
ずぶ濡れの服はそのままで、頭に布を巻いているモンリーク。
その左右にふたり。
これもずぶ濡れの筆頭従士アルバン。
ゴーチェに殴られ湖に叩きこまれたのだろう。
目の周辺に色濃い紫色のあざと腫れ。殴られた痕であるそれを見ると、カルナリアは色々なことを思い出す。自分の顔もああだったのか。
気弱にうなだれ、とにかく誰とも視線を合わせようとしない。
現れた時からもう顔色をなくしているもう一人の従士オラース。
こちらは濡れていないが、アルバンと同じく身を縮め目をしきりに左右に動かし落ちつかない様子。
対するは。
「ああ…………荷物はあの時、全部投げ捨てたもんな。着替えがないんだな」
ふてぶてしい笑みを浮かべ腕組みして立つゴーチェ。
彼一人で目の前の三人を圧倒している。
面白がって同席するファラ。
立ち会いはゾルカン本人がつとめてくれた。
その周囲を人が取り巻く。
バルカニア貴族の二人も、やや居心地悪そうではあるが、ほぼ最前列で見物していた。
カルナリアは、ゴーチェから、隠れておられた方がよろしいですと言われていたので、人の後ろから様子をうかがうにとどめている。
姿を見せれば、モンリークは小娘にすぎない自分をとにかくなじり、わめき、怒鳴りつけ、そいつが悪いと罪をなすりつけてくるばかりだろうと容易に想像できたので、確かにこの方がいいだろう。
フィンは、どこにいるのかわからない。
さすがに村の外に出ていったということはないだろうが……。
「ゴーチェよ、今ならばまだ、先ほどの無礼きわまりない発言も、寛大に許してやらぬでもないぞ! 貴族に逆らうなどという愚行を、思い直すつもりはないか! 貴族に逆らってこの先、生きていけると思っているのか!?」
あっさり、ゴーチェは答えた。
「あほか。
無礼って言うなら、自分を助けてくれた相手に、感謝どころかひどいこと言いまくったあんたの方がよっぽど無礼だろ?
寛大? あんたが、怪我した俺に示してくれたのが貴族さまの寛大さというものでございますね? その時のあんたらの顔も、言われたことも、全部、よーくおぼえてますぜ。
貴族に逆らう愚行? 本当に高貴な振る舞いをなさるお方なら、逆らわれることなんてないと思うんですけど?」
この時点でもうモンリークは真っ赤になり、頭を包む布にまた赤い染みがにじんできていた。
「客人。血はなしだって言っただろ。おい、水だ」
ゾルカンが、容赦なく水をぶっかけさせた。
「ほら、どうぞ、お貴族さま、愚行に対する正しい対処というやつをお示しくださいませんか?」
「ぐぅっ、うっ、うっ、うぅぅっ……!」
モンリークはびしょ濡れでうなり続け、お前たちも手伝えと左右を見たが、アルバンもオラースも目を伏せるばかりで何一つ行動に移そうとはしなかった。
「貴族に逆らってとか言ってるけどなあ、おい、反乱軍ってのが、どうして立ち上がったか知ってるよなもちろん? あんたみたいな恩義も何も知らない傲慢なやつらに我慢できなくて、ぶっ殺して回ってるんだぜ?」
「なっ!」
モンリークが目をむいた。
「まさか、きさま、汚らわしき、大逆の反乱軍どもの一味だったのか!? 不覚! そのような者を従士に任命してしまったとは! 兄上、お恨みいたしますぞ!」
「どこまで馬鹿なんだあんた。
俺が貴族に逆らったのは、反乱軍なんか関係ねえ、あんたの振る舞いに我慢ならなくなったからだ。
そもそも俺は、あんたの従士になる時に、ブリス様から、苦労するだろうがどうか見捨てず頼むって言われてたんだ、知ってたか? 兄君にそう言わせてたこともわかってなかっただろ?
そこの二人も言われてるぜ」
「!」
「それで、実際、グライルに入ってから、いや入る前から、あんたはどうだ!?
偉ぶってわめくばかりで、何もできない無能!
いやわめくだけならまだしも、他人に何度も助けてもらっておきながら、感謝もせず、うらみ、憎み、ろくでもないことばかりする!
それでもあんたに従ってきた俺たちに、あんたはどう報いた? 怪我をした俺にどんな顔をして何を言った? 本当に俺を助けてくれたのは誰だ?」
「きさま…………この反乱軍の手先、汚らわしき平民風情が!」
「ははっ、具体的に細かく言っていくとどうしようもなく自分の無能さが明らかになるばかりだから、そう
ぐっ、とモンリークがうなった。グライルに入る前に、教養に関わることで何かやらかしたのだろう。
「平民風情でけっこう、あんたみたいな薄情で恩知らずなやつにこれからも仕え続けて、どれだけ尽くしても一切感謝されずに使い潰されるなんて真っ平ごめんだよ!
俺はこれから、俺を本当に助けてくれた人に、その恩を返すために生きる! 本当の礼儀を知り、本当に高貴なお心を持った方のために生きると、そう決めた!
だからもう、あんたの従士でも何でもない! これまで世話してやったけど礼はいらねえよ! じゃあな!」
「ぬううううううう…………!」
モンリークは激しくうなり、身を震わせ、赤くなり……。
激しく周囲を見回した。
恐らくカルナリアを探しているのだろう。見つけて矛先を向けて、自分のものを奪ったと言い立てるに違いない。フードを深くかぶって身を隠した。
「ゾルカン!」
カルナリアが見つからないので、今度はそちらに怒鳴った。
「聞いた通りだ! この無礼者は、我が
「あ~~、客人、そりゃ無理ってもんだぜ」
そのケチさにあきれはてたように――他の者たちに聞かせるためなのが明白な大きめの声音で、ゾルカンは言った。
「最初に人数聞いた時点で、もうそれだけの食い物をはじめ色々なものの手配して、俺たちが運びながらここまで来てるんだぞ。そんな理屈通るわけねえだろ」
「汚らわしき食事など一切口にしておらぬわ!」
「それなら最初からメシは全部自分たちで用意するって言えばよかっただろうが。そもそも持ってきたもんの残りを考えて、後ろの二人もこっちの兄ちゃんも、こっそり俺たちのメシ食ってたんだぜ。あんたのわがままをどうにかするためにな」
「な…………!」
「メシだけじゃねえ。案内料、護衛料。俺たちがいなきゃ、道わかんなくて最初の日で迷子か、魔獣に襲われて食われてたぜ。それを返せっていうのは、命がけで道を切り開き、魔獣と戦う前面に立つ俺たちを、自分に都合良く使おうってだけの、図々しい上に侮辱してる言いぐさだ。その覚悟あって言ってんだろうなオイ」
ゾルカンがあごをしゃくると、案内人たちがロープを持ち出し、腕の間で張ってビシッと音を立てた。
たちまちモンリークの顔色がなくなる。
「ぶ、無礼であろう……」
「ここじゃ貴族も奴隷もねえよ。俺たちグライルの者か、お前ら下界の者かだけだ。文句あるなら自分の国に帰って兵隊連れてきな。あの石人どもに踏みつぶされずにここまで来られるのならな。ああ、帰り道の案内はしねえぞ、自分だけで行きな」
「ぐ、ぐ、ぐ…………!」
「で……どうすんだ。そいつは、お前らの班から外すってことでいいのか。そこだけははっきりさせろ。この後、色々組み替えるからな」
「う、うう……」
「外れるのでしたら、私たちの班でお引き受けいたしましょう」
セルイがするりと割って入ってきた。
「同じカラント人同士の方がいいでしょう。私どもも、力のある人が入ってくれると心強いです。いかがですか、ゴーチェさん?」
「ああ、よろしく頼む」
セルイが優美に笑った。
反乱軍にひとり、人材が加わった……とカルナリアにははっきりわかった。
ファラの意地悪な笑みの中には、この予想もあったのだろう。
しかし、そのゴーチェが仕えると言い出した自分は、反乱軍どころかモンリーク側、貴族側の、頂点の存在……。
状況の複雑さに、カルナリアはため息をついた。
「待てぃ! 勝手に決めるでない!」
モンリークは当然怒鳴ったが。
簡単に予想できることだったので、明らかに狙ったタイミングで、レンカが姿を見せた。
「ひ!?」
「疲れてるとこに、クッソうるせーやつがいんな。あー、だりぃ。もうめんどくせえ。この後、やられたみんなを埋めるんだろ? ついでにもうひとり埋めねぇ? この先もう、うるせーことなくなるぜ」
「よ、よせ! 近寄るな! わかった、いい、もういい、勝手にせよ! 奴隷の小娘に
追い払うように手を振られると、ゴーチェは露骨に嘲弄の笑みを浮かべてモンリークに背を向けた。
話は終わったとみな解散し、意地を張ってその場から動かないモンリークと従者ふたりを残して、誰もいなくなった。
【後書き】
かくして、貴族班からひとり減り、奴隷のカルナリアに従者ができた。これからどうなる。次回、第152話「あとかたづけ」。
【補足】
ゴーチェは、やや体格がいいだけの、一般人です。20歳ぐらい。実は婚約者がいてこのグライル踏破から戻ったら結婚する予定……などという死亡確定の設定はありません。ご安心ください。
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