126 治療の代価



「おぐ…………ぶ…………おぉ!?」


 モンリークは、自分が何をされたのかよくわかっていない顔で、おかしな声を何度か漏らした。


 レンカは、突き刺したものから手を離した。


 いつもの湾曲した剣ではない、恐らく短剣だろうそれが、握りの部分がモンリークの腹から突き出たままの状態に。


 握りは金属製で、太め。底のところがくりぬかれて、何かものを入れられるようになっている。


「火、くれ。ここに入れれば、焼けて、血は出ないから」


 レンカは淡々とその部分の説明をすると、炭かおきを求めて焚き火のところへ移動していった。


「な…………何を…………なんだ、これは……?」


 モンリークは目を見開き、自分の腹から生えているものを見て――蒼白になり、脂汗をいっぱいに流し始めた。


「ぐおっ! おっ! ぐあああっ!」


 ようやく苦痛が訪れたらしく、膝を突き、倒れ、痙攣けいれんし始める。


「モンリーク様!」

「動かすな! 抜くな!」


 従者ふたりが飛びつくも、どうすることもできない。


 刺さっている刃物を抜いた途端に、一気に血が噴き出るだろうし。

 刺した時のレンカの手の動きは――モンリークの内側で、臓腑ぞうふをずたずたに切り裂いたものだった。


「お頭!」

「おう!」


 案内人たちが血相を変えて集まってくる。


 血は御法度。

 グライルで人の血を流すと、きわめてまずいことになる……。


「水だ!」


 モンリークがうめき、悶え、吐いた。

 赤いものが一気に口から。


 そこに桶で水がぶっかけられ、薄められ、流される。


「だめだ。こいつは、助からねえ」


 ゾルカンが、刃物とモンリークの様子を見て、はっきり言った。


「な…………!?」


 モンリークはそれを聞いて、ものすごい形相になった。


「血はあまり出てねえ。だがをめちゃくちゃにやられてる。すぐには死ねねえが、助かる見込みもねえやられ方だ。……おい」


 ゾルカンは案内人たちにあごをしゃくった。

 ロープと、大きな袋を持った者たちが近づいてきた。

 とどめを刺した上で、血が流れないように、モンリークの死体を処理するのだろう。


「うあああああ! ああああああ! あーーーーっ!」


 血反吐をまき散らしながらモンリークはうめいた。

 逃げようとした。

 それまでは出ていなかった血が、刺された腹まわりから漏れ始めた。


「ま、待ってくれ、頼む、待ってくれ!」


 従者たちが必死に頼むが、案内人たちは押しのけて、モンリークの首に縄を巻きつけ始めた。


「ひぃぃぃぃぃぃっ!」






 ――カルナリアは、突っ走った。


 モンリークが刺された次の瞬間に、フィンを振り仰いで。


 フィンの手に、背中を叩かれて。


 死ね、貴族というレンカの声を背後に聞きながら。


 ファラのところへ。






「…………何かな?」


 セルイ及び屈強な従者ふたりを背後にして、ファラは冷笑を浮かべて言ってきた。


 状況を見て、何を求められるのかをすでに理解している顔だ。


 そこにあるのは、タランドン城で見せた、貴族への怨みを宿した冷たい笑み。


「あの人の治療を、お願いします!」


「どうして?」


「刺されたからです! このままでは死んでしまいます!」


「いーんじゃないの? 貴族だし」


 メガネをくいっと持ち上げ笑う。


「いけません!」


「やっぱ、は助けたい、と」


「そういうことではありません! あの方が貴族かどうかではなく! 助けてあげてください!」


「刺したレンカちゃんの仲間だから、責任取れとでも?」


「それでやってくださるのでしたら、その通りです!」


「いやあ、私もレンカちゃんとおんなじ気持ちでね。あんなの、助ける必要ないでしょ。案内人さんたちがもう準備してる。血ぃ出さないで片づけてくれるよ。それが悪いことなら、いくらでも罰受けるよ。全部終わった後で、ね」


「まだ生きています! 今なら、あなたなら、助けられるはずです!」


「ただでやっちゃいけないことになってるんだ。がんばってる治療師や薬師のみんなに悪いし、このあとやたらと頼られるのも鬱陶しいし。

 その上でどうしてもっていうなら、治療費、もらうよ?

 もちろんモンちゃん本人、従者さんたちからの依頼なら、それぞれの財産からこの後たっぷりいただくけどさあ……」


 メガネの下の目が、これ以上いや以下はないほどに意地悪く歪んだ。


「カルちゃんは何を支払ってくれるの?

 他人に何かをしてもらうなら、対価ってもんが必要なことぐらい、、わかってるよね?

 ものすごく身分の高い、下々のことなんかまったく知らないお貴族さまっていうん、わかるよね?

 対価なしに何かをやったら、代金踏み倒されて、自分が飢えて何もできなくなることはよくあるし、そうなった時にお人好しを助けてくれる人なんていないってことも、、もちろんよーーーーくわかってるよね?」


 カルナリアは返答に窮して固まった。


「ちなみにあんだけの大怪我だとすごく高いよ? 奴隷の女の子が払えるの? ああ買い物ってしたことあるの? そうだねえ、まあなら、代金にはなるけどぉ? 代金ってわかる、? 何かをしてもらうために相手に払うものってことなんだけど」


 後ろのセルイも、ニヤッとした笑みを浮かべた。


「それは…………!」


 カルナリアは必死に考えて――なんとか勝ち筋が見えそうなところを持ち出した。


「貴族だからと見捨てるなら、それは貴族と同じことをやっているだけではありませんか!?」



 ファラは、レンカが動揺した論法を、あっさり受け止めた。


「貴族にやられたことを、やり返してるんだよ。それでやっと平等ってもんでしょ。それが終わったら、次はもうそういうことのない、新しい国のために頑張るよ」


「な…………!」


「それにさ、カルちゃん。あいつ、治してやったところで、あんたにも私にも、感謝なんかしないよ?

 貴族たるこの私が平民に治された、いやしき奴隷ごときが治療を頼んだ、平民にすぎない魔導師がなぜもっと早く治さなかったって、とにかく色々うらんで、ずっと根に持ち続けるよ?

 感謝するにしても、感謝したから今後は貴族たるこの私に仕える栄誉を与えてやる、なんてこと言ってくるよ。ちなみに何度も経験あり。それがなんの報酬になるの?」


「報酬も感謝も、欲しいわけではありません!」


 即座に、本心から言ったが――ファラの冷笑は、さらに深くなるだけだった。


「そもそも、すごい必死だけどさ、カルちゃんがやってることって、他人を動かそうとしてるだけだよね?」


 言われて、カルナリアは目をしばたたいた。


「動くのは私。

 ご要望を受け入れて、血みどろのクソ野郎の体に触って、治すのは私。

 それでも文句言われるのは、やっぱり私。

 ――で、今までの貴族への怨み……あいつらに冷たい河に投げこまれた父さんの声、泣き叫ぶ母さんの声、私の腕の中で死んでいった妹、弟……あのつらさ、憎さを棚上げして、信念を裏切ってまでクソ野郎に面倒な魔法いっぱい使ってあげる理由が、どこにあるのか教えてよ。

 頼むだけでカルちゃんさあ」


 タランドン城でも間近で見せられた、貴族という存在そのものへのとてつもない憎しみを抱いた者の視線が叩きつけられた。


「それは…………!」


 カルナリアは言葉に詰まった。

 だが……。


 背後から、モンリークの悲鳴が聞こえてくる。

 案内人たちが囲んでいる。

 やめてくれぇ、だずげてぐれぇぇと濁った声が流れてくる。


「あそこに、苦しんでいる人がいるからです!」


 カルナリアは叫んだ。

 身をよじり顔を歪めて声を張り上げた。


「人が死ぬのはいやなんです! 見たくない! もう二度と見たくないんです! 手伝いますから! 血を拭くのでも肉を切るのでもできる限り! わたくしにできることなら何でも! だから! どうか! 治して! お願いします!」


 カルナリアはファラの前で、ひざまずいて懇願した。


「そうだね、そういう格好をしたのにお貴族さまにまったく相手にしてもらえなくって、着てたものを破られ両脚を大きく広げられて、ひどい目にあった女の人の話、してあげようか?」


 ファラは、カルナリアの必死の思いをも上回るような、すさまじく残忍な気配を宿した。


 これではだめだ、足りない、もっと深い誠意の表明が必要だと思い、頭を地面にめりこませようとしたところで――。


「めんどくさいやつめ」


 子猫のように、ひょいと、持ち上げられた。


「な…………」


 ぼろ布が、カルナリアの隣に立った。


「ファラ。私からもあれモンリークを治してやってくれ」


 ファラは目を白黒させ、今までの冷笑から一気に蒼白になった。


 背後のセルイが従者二人の後ろに隠れた。


「それは…………でも…………高いっすよ……」


「構わん」


「奴隷のいうこと、きくんすか…………」


「思うようにさせてやらないと、はたらきが悪くなるからな。それこそ、私は頼むだけだから、楽な話だ。自分で言ったのだから、助手としてたっぷり使ってやってくれ」


 ひゅっと、身の凍る心地をカルナリアは味わった。

 フィンから殺気がしたのだった。


「報酬は、お前の命」


 フィンは静かにそう言った。


「本当なら斬るところでも、一度だけ、見逃してやることを約束しておく」


「ひぃっ…………わ、わかったっす、わかりましたっす、やらせていただきますっ!」


「ライズ。この者を借りるぞ」


「ええ、どうぞ」


 優男はさすがに少し引きつっている笑顔でうなずいた。


「ファラ。あなたのつらさはわかります。ですが、全力でやってきなさい。それが巡り巡って、私たちのためになりますから」


「は、はいっす……」


 ファラが受け入れ、セルイは後押しするように小さくうなずいた。


 セルイは、タランドン城のバルコニーにいたので、そこに現れたというフィンを――素顔を知っているはずだった。


 なのにフィンに恋していない、初めての男性だということに、カルナリアはこんな時なのに気づいた。






【後書き】

カルナリアは動いた。自分自身では何もできないことに変わりはない。だが他人を頼れること、頼れる相手を知っていること自体が力だと、今のカルナリアは理解している。だから王女は平民に、反乱軍の一員に、自分より優れた者に頭を下げた。そして自分も、できることをやる時が。次回、第127話「手術」。残酷、グロテスクな表現あり。


※レンカが使ったのは、熱の通りが良く、刺してからその柄を熱することで相手に激烈な苦痛を与える、拷問用の短剣です。そういう用途とは別な、普段の細かい仕事にも使っています。料理やフォーク代わり、目印つけなど。

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