KAC2025
とく語りき~ひなまつり~
ジャンル:現代ドラマ
キャッチコピー:ひなまつり
紹介文:
とある事務所にやってきた依頼人である老婦人から平社員の男は話を聞くことになってしまった。
お題:「ひなまつり」
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「三月三日にはひなまつりがありますでしょう?」
事務所の革張りのソファに腰掛けた老婦人は、ゆったりと口を開いた。落ち着いた上品さのある格好には、金持ち特有の穏やかさをまとっていて、とにかく気を遣う。
相手をしているのか所長ではなく、一介の平社員であれぱ尚更だ。
対応を代わってほしくて、事務所内を見回したものの、数少ない所員は誰も視線か合わなかった。
理不尽極まりない。
ちなみに所長は不在である。
老婦人は、まるで今から晩御飯の内容を考えるかのように思考にふけりながら、言葉を紡いだ。
「うちも娘のための段飾りがありましてね。七段ですから、一部屋それで埋まってしまうくらいのものです。といっても母から譲り受けたもので、古いのですけど。毎年飾っておりましたの」
どこで相槌を打つべきか分からず曖昧に濁すが、彼女は気にも止めた様子がない。
ちなみに外は午後から天気が崩れ雨が雪に変わった。みぞれ交じりが大きな白い塊になるまでに、それほどの時間はかからない。そんな変化を老婦人の肩越しに見つめて、頷く。
彼女はここまでどうやって来たのだろう。
帰る頃には雪が積もってやしないか。
雪など年に一度か二度程度降ればいいほどだ。
そんな詮無いことを、取り留めなく考える。
「実家は西の方になりますから、京雛でしてね。ここら辺では珍しく向かって右側にお内裏様を飾りますのよ。ご存じかしら?」
「あ、いえ、生憎と男所帯なもので……申し訳ありません」
男三兄弟で、母は幼い時に亡くなっている。
雛人形には縁がなかった。
正直に打ち明けるが、どうにも頭が下がってしまう。
「あら、別に怒ったわけではありませんのよ?」
汗を拭うように頭を手にやった男に、ふふっと軽やかな笑い声を上げて老婦人は答えた。
気分を害したわけではないらしいとわかって安堵するものの、まだ話は序盤だ。
これほど疲れるものかと内心でため息を吐く。
この事務所にやってくる依頼者は、様々ではあるけれど、大抵は厄介だ。
それは依頼内容であったり、依頼者本人であったりする。
そして先ほどから穏やかに話している老婦人に対して男の勘が厄介だとしきりに警告してくるのである。
そのため必要以上に警戒しているのだが、話の本筋は見えない。
「ひなまつりは桃の節句とも言いますでしょ? たから、桃の花を飾りますのよ。けれどそれは旧暦の話でして。新暦で三月三日は桃の花は咲いていないんです」
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