第二八話 伯国最北の街にて その一
盗賊との戦いを制したヴェルナーたち一行は、目的地の目と鼻の先まで到達していた。
時間は昼前頃で空は快晴。ヒューエンドルフ周辺よりも少し暖かいくらいの気温の中、彼らは着実に近づいていく。
そしてしばらく進み、少女は街を目にした。
しかし、不安に思う。ここもまた大きな壁に囲われていたからだ。
こうも侵攻に怯えなければならない市民が、かわいそうでならなかったのだ。
一行は街の入り口の大きな門で最低限の検査を受け、内部へと入った。
そして、少女は落胆することになる。
皆が幸せな国であればいいなという淡い期待をどこか抱いていたが、現実とは残酷なものだ。浮浪者が多く、市民に活気がない。しかし、ヒューエンドルフよりはマシなように思えた。
そして、荷台に子供を乗せた馬車が商人の馬車の横を通り過ぎる。
少女は初め、彼らがどういう存在なのか疑問に思ったが、手足につけられた重厚な金属の
奴隷だ。
少女のいた世界には、少なくとも少女が生活していた時代には存在しなかったため、理解するのに時間がかかった。
その子供たちは過度に痩せている状態であり、栄養失調であることが誰にでもわかるだろう。
また、ヒューエンドルフで奴隷の存在を見かけなかったのは、他の品の方がよく売れるからだ。実際ヒューエンドルフには奴隷の需要がほとんどなく、元々高い額を払ってまで購入する利点がない。労働力は市民で事足りている。娼館は存在するが、奴隷が働いているわけではなかった。
しかし、この街で取り引きが盛んなのは、少し離れたところに鉱山があるためだ。
銀がほとんどだが、金が取れる山もある。鉱山という過酷な現場で働く奴隷の存在は、高い収益を得るために必要不可欠なのだ。
――そして、少女はその〝商品〟の一人と目が合った。
その目は死んでいた。
助けを求めることもなく、きっとこの現状は変えられないのであろうと、幼いながらに悟った表情をしている。
少女はその様子を見て、自身の過去と照らし合わせた。
(わたしは……つらいところに生まれたと思ってたのに…………幸せ者だったのか……)
少女は幼い頃から自由を縛られて生活してきた。
そのせいで不幸の身だと考えていたのだが、ここにきて自身よりも圧倒的に苦しい境遇の人間がいることを知り、かつての考えを恥じる。
そして少女の乗っている馬車は子供たちと反対の方向へ進み、その距離は遠のいて行った。
冒険者たち四人は少女のその様子を静かに見ていた。彼らも現状を変えたいという考えを持っている。しかし、自身の非力さを痛感させられてもいた。
しばらくして、馬車はそこそこ大きな屋敷の正面で止まる。ヴェルナーの持ち家というわけではなく、一時的に借りているのだ。
冒険者たちは荷台から降りた。
「冒険者の皆さま、今回はどうもありがとうございました」
「我々も、助けていただき改めて感謝致します」
そこへヴェルナーとブルーノがやってきてそう言った。
他の騎士たちは既に移動し始めているようで、ブルーノは冒険者たちにそう言った後部下の後を追った。
「さて、報酬を受け取りに行かれる前に……食事でもいかがですか?」
「よろしいのですか?」
「ええ。野外での食事はどうも塩辛くてかたいものばかりでしたから。たまには大人数で食べるのも悪くはないでしょうし、あなた方の分も作るよう既に指示しておりましたので」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
彼らは扉の前に到着した。そして、商人の召使いによって開かれる。
「お帰りなさいませ。お待ちしておりました」
建物に入ってすぐのところには一人の執事が立っていた。
彼は扉が開かれると、商人の男と客人に対しそう言って頭を下げる。
「ただいま。エルナはいるか?」
「お嬢様でしたら……」
執事の男が答えようとしたその時だ。
「お父様! お帰りになられたのね?」
若い女の声が二階の方から響いた。
冒険者たちはそちらを見上げる。
そして螺旋階段を上がった先にある二階の踊り場に、明るい茶色の長髪を持つ女が姿を現した。歳は少女と同じくらいだ。
その女の服装はかなり豪華なものだった。淡い緑色を基調としたドレスと、銀の装飾品がよく似合っている。
「たしかお客様をお連れに……って、パウル様方じゃない。父がお世話になったわね。エミーリアも久しぶり!」
「久しぶりね」
エルナは手すりで
その様子を見たヴェルナーは頭を抱える。
「エルナ、はしたないからやめなさい。それに今回はマイヤー様方だけではないんだぞ」
「は~い、って本当だ! お父様が新しい人を雇うなんて珍しいわね。お名前を聞いてもいいかしら? 私はエルナ、そこの人の一人娘よ」
初めから距離間の近い女に少女は少し動揺したが、一人娘だったり父にそういったことで叱られているところを見ると、共感するところがあった。
「わたしはカミリアといいます。そして後ろが仲間のクラーラです」
「カミリア様とクラーラ様ね、どうぞよろしく。さあ、食事はもうすぐできるから、私について来て下さる?」
冒険者たちは彼女の言う通りについて行って良いのか迷った。もしかすると、商人の男には先に決めていた段取りがあるかもしれない。
「エルナ……。まあ、迷惑をかけないようにしなさい。皆さま方、私は荷物の確認と組合に依頼完了の報告をするよう部下に指示してきますので、席についていてください」
彼はそう言うと、その場を離れて行った。そして冒険者たち六人は、エルナにその広い屋敷を案内される。
しばらくして、全員が席に着いた。商人の男、その娘、冒険者たち六人の合わせて八人だ。執事の男は、個人的な会話がしたいというヴェルナーの意思で、ここにはいない。
この部屋もやはり広く、中央には大きな長いテーブルが置かれていて、窮屈に感じることなく全員が広々と座れていた。
そのテーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれており、そこにはナイフ、フォーク、スプーン等
そして、料理が運ばれて来た。
その様子に、クラーラ以外の全ての冒険者が驚いた。
「お待たせしました」
料理を運んできたのは、まだ十歳に満たないほどの女の子たちだった。
彼女たちはメイド服を着て、一生懸命丁寧に料理の盛られた皿を机へと運ぶ。その料理はとてつもなく美しく、食欲をそそる見た目であったが、ヴェルナーとエルナ以外は誰も興味を示さなかった。
そして女の子たちは一品目を運び終えると、素早く部屋を後にする。
部屋はとても静かであり、冒険者たちはかなり困惑していた。
「まあ、最初はそう思うわよね。私もお父様が急に連れて帰ってきたときには、思わず殴ってしまいそうだったわ」
ふふふと笑いながらエルナがそう言った。
「彼女たちは元奴隷です。あんまり扱いがひどかったものですから、買い取ったんですよ。今はメイドとしての仕事を与えて、給料は私が預かるという形で支払っています。それにしても、首都から来たのはエルナだけだと思っていたよ」
商人の男が続く。
「あの子たちも寂しそうだったからね」
「預かる……ですか?」
少女が尋ねる。
「ええ。成長したときにそのお金を使ってどこかへ行っても良し、ここに残って働き続けても良し。たしかに子供を働かせていることに変わらないのは事実ですから、奴隷と同じ扱いだと言われても仕方ないのは理解しております。ですがどうでしょう? 重労働を強いられたり、おもちゃにされたり、挙句の果てに捨てられ……」
「お父様、食事の前よ」
エルナは先ほどよりも落ち着いた様子で父の言葉を中断させた。
「ああそうだった、失礼致しました。ただ私は、こちらの方がマシだと考えたんですよ。昔訪れた南の国々の内には男女関係なく平民の子供に教育するところもあったりしましたが、このあたりでは一般的じゃありませんから、仕方なくメイドの仕事を与えたのです」
ヴェルナーの説明を聞いて、冒険者たちは事情を理解した。初めは奴隷として雇っているのかと考えていたが、扱いは決して悪いと言えるようなものではなく、それどころか他の奴隷たちに比べれば天と地ほどの差があったのだ。
それにこの男のもとで働いているのだ、一般市民よりも給料が高いと考えて間違い無いだろう。
「そうでしたか。疑うような目を向けて、失礼なことをしました。すみません」
「いえいえ構いませんとも。それでは冷めないうちに頂きましょうか」
ヴェルナーにエルナ、少女、エミーリアは慣れた手つきで食べ進める。他の冒険者たちは少し不格好な食べ方であった。
クラーラはそもそも食べようとしなかったのだが、無理やり少女が食べさせたのだった。
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