第二〇話 都市内部にて

 少女らと冒険者たち一行は都市へ入るための検査を受けるべく、大きな門へと続く行列に並んでいた。この都市には二つの大きな出入り口があり、西門と南門だ。少女たちがいたのは南門の方だった。


 検査と言ってもそれほど厳重なものではなく、危険な薬草や魔道具、あるいは魔獣などを持ち込もうとしていない限り簡単に通過することが出来るものだ。


 また、危険なものを所持していたとしても、都市から発行された許可証を携帯しているものは通過でき、冒険者であればその階級に応じて持ち込めるものなどが違った。


 しかし、その簡単な検査で少女とクラーラは止められる。


 逆に、所有物が少なすぎたのだ。


「カミリアさんとクラーラさんだね。ちょっと待っていてくれるかな?」


 都市外壁の南門を挟む二つの大きな塔。階段を登った上の方は見張りの場所として使われるが、最下部は入都管理に使われていた。


 受付のために空けられた穴からは塔内部の部屋の様子が見え、そこまで広くはないものの、そこそこ多くの人間が作業していた。


 少女たちに声を掛けた男は部屋の奥の方へと行き、大量の冊子を持って、別の作業をしていた変わった服装の男の方へと向かう。


 三〇から四〇代ほどのその男は黒から紫ほどの色味の外套を身にまとっており、そして手に持った杖で冊子に魔法をかけた。


 そして首を振る。


 それを見て頭を縦に振った入都管理の男は少女たちの方へとやってきて、また質問を続けた。


「二人組の旅人、そういう人は時々いるんだけどね。……冒険者でもないって人はほとんどいないんだよ。だから身元を保証出来るものがあるといいんだけど……」


 少女は参った。


 彼の言っていることは大体理解できる。だからこそ許可されなくても仕方がないと考え、どうするべきかと考えていた。


 すると、二人の元へエミーリアが門の内側からやってきた。


 先に検査を終えて二人を待っていてくれたのだ。少し時間がかかっていたため、心配して見に来てくれた。


「カミリアさん、どうかしたの?」


「身元を証明できるものがなくて……」


 少女は頭を搔きながら、そう言った。すると、彼女はすぐに担当の男の前へと進む。


「身元の保証って、物じゃなくてもできるよね?」


「え、ええ。お知合いですか?」


「そうよ。私たちのチームが保証するから、通してあげて」


 エミーリアはリーダーのパウルに許可を取らずそう言った。


 少女は心配し、少し離れたところにいる他三人の方を向く。しかしなんとなく理由を察していたのか、彼らはほぼ同時に頷いた。


 少女は彼らへ丁寧なお辞儀を送ると、受付の方へ向きなおして手続きを進める。


 実のところ、少女はクラーラを心配していた。彼女は尸族で、人間から忌み嫌われる存在だ。


 だからこそ、バレてしまわないか心配だったのだ。冒険者四人組から逃げることなら容易だろうと考えていたが、都市にどのような存在がいるかわからないため、少し心配していたのだった。


 しかし、前代の不死鳥継承者が創り出したクラーラは、本当に腕の立つ魔法使いなどでなければ人間と誤認してしまうほど精巧につくられた存在であった。


 心配すべきことはそこではなかったのだ。


 都市に入った少女ら二人と冒険者たち四人は、共に石畳の道を歩く。


(パウルさんたちの武器を見て思ってたけど、やっぱりかなり昔の時代みたいだ……)


 街を見て、よりそう感じた。少女のいた世界にも似たようなつくりの街はあったが、歴史的観光地として保存されているようなものであり、普段からそこで生活している人はおろか、その時代の生活様式をしている人など存在しなかった。


 しかし、ここはそれが普通であった。


 そして、少しの間少女は観光をしているかのような良い気分で都市内部を歩いていたのだが、やがてその感情は少しずつ変わっていく。


 冒険者たちやクラーラは気にしていないようだが、周囲は少女の気にさわることばかりであった。


 浮浪者のような存在で、溢れかえっていたのだ。


 建造物がいくつも密集して建てられており、その隙間には座り込む人間が見える。歳は若い者から老いた者まで幅広く、彼らの顔はとても暗いものであった。


 そのような人間は少女の住んでいた国にも存在したが、驚くべきはその数であった。今にも死にそうなほどに痩せこけた人間が、建物の隙間を埋め尽くしていた。


 また、道行く人々もあまり元気がない。少女は遠くから見た時、貿易で栄える港町だと考えていたが、内部は予想外にも劣悪な環境であった。


 衛生環境に関しては、清潔な水が魔法によって手に入れられるため、極度に悪いということはなかった。


 少女の表情に気が付いたのか、エミーリアが声を掛ける。


「どうしたの? 調子悪い?」


「いや、その……」


 少女は目線だけで誘導した。示す先は言うまでもない。


「あー……そうね。彼らはたぶん元冒険者か、親に捨てられた子供たちね」


 エミーリアは暗い表情で言った。


「助け……いや、すみません……」


 少女は何か言おうとしたが、口をつぐむ。


「言いたいことはわかるわ。私はそのために……何でもない」


 エミーリアは普段とは違って言葉に力強さがない。


「カミリアさん、誰だって出来ればそうしたいんですよ」


 パウルが言った。


「自分たちの生活だけで精一杯とも限りませんが、簡単に助けたりすることは出来ません」


 フランツが続く。


「一人に与えれば沢山集まってくることになります。全員に与える余裕はありませんから、嫉妬が生まれてしまいます」


「そうですか……」


(余裕が出来たら……いつか救えるといいな)


 少女はまた前を向いて歩こうとする。


 ――その時、少女の肩に何かがぶつかる。


 それは男のものだった。明らかな荒くれ者、顔を見るだけで誰でもわかる。そして、彼の隣には他の男が二人いた。恐らく彼の仲間だろう。


「おい! 痛ぇじゃねぇか!」


 罵声が浴びせられた。


「あっ、失礼しました」


 ところが少女は素早く振り返ると、一切焦ることなく冷静にお辞儀をした。


 そしてまた振り返って歩き出そうとする。


「あ? 待てぇ女!」


 謝罪を聞いた荒くれ者は一瞬困惑したが、少女に対する怒りをあらわにした。そして周囲には少しだけ野次馬が集まっている。


 取るべき行動を間違えたのだ。今までの生活でこのようなことは一度もなかったためだ。


 育ってきた環境が、両者の間でかけ離れすぎていた。ここにおいてそのような身なりをしている連中の中に、軽い謝罪で許してくれる者など存在しない。


 そして、男は少女の腕を後ろから掴む。


 ――瞬間、男の顔は一瞬にして青ざめる。


 ドスンという音とともに、荒くれ者は腹を曲げる。


 周囲がざわめく。冒険者たち四人組も驚いた様子だ。


 突然腕を掴まれたため、少女は姿勢を低くしつつ、荒くれ者のみぞおちを後ろ向きに肘で突いたのだ。


 少女の反射的なこの行動は武道の練習が生きたともいえるが、ここでは大きな過ちであった。肘を腹から抜いた後すっと荒くれ者から一歩離れ、振り返って両手を前に構る。戦闘体制に入ったのだ。


 しかし、少女はすぐにその体制を解いた。


「いってぇ……何しやがる!」


 男は腹を抑えつつ、空いた手で短剣を取り出した。それに続いて他の二人もそれぞれ武器を取り出す。もはや戦闘は避けられそうにない。


「すっ、すみません。急に腕を掴まれたもので……争いたくないんですが……」


 少女は無理に笑顔を見繕みつくろい、両方の掌を見せて戦闘の意思がないことを示した。


(どうする? 戦うべきか……いや、逃げた方がいいか……どうすれば…………)


「うるせぇ!!」


 男は聞く耳を持たず、短剣を振りかざす。


 ――その時、地面に衝撃が走った。


 ドンという大きな音が周囲に響いたのだ。


「そこまでです! 今回の件、私からも謝罪させていただきますので、ここで勘弁願います。カミリアさん、行きましょう」


「そうだな。そいつらに構う必要はないぜ」


 一触即発の状況を仲裁したのは、パウルとフェリックスだった。


 パウルは手に持つ杖を思い切り石畳に叩きつけたのだった。彼の杖につけられた宝石が、日の光を反射してきらりと光る。


「お前ら……二級冒険者のっ…………。覚えてろよ」


 荒くれ者の男たちは少女の後ろにいる冒険者たちがこの都市で有名なチームだと気が付き、少女にガンを飛ばすと武器を下げ、立ち去って行った。


「すみません、ありがとうございました」


「いえいえ、お気になさらず。では、組合へ向かいましょうか」


(パウルさんたちがいたからなんとかなったけど……もしわたしとクラーラだけでいたら、不死鳥の力を使わないとダメだったかな。どこかで剣の腕を磨かないと……)


 少女はそう考えた。この世界の不死鳥に関する歴史が様々である以上、自身が不死鳥の後継者であることを公言したり、気づかれたりすることは危険な行為だと判断する。


 であるならば、その力に頼らずとも危機に立ち向かえるようにならなくてはと思ったのだった。


 六人は、さらに都市を歩んでいく。

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