第5話 帰還への道㉒


 遙か遠くに見えるマーレードの街。

 その上空には、遠目にもハッキリわかるほどの大きさのドラゴンや、無数の飛行型のモンスターの姿が見えた。

 あれー? おかしいな、クリムの街が襲撃を受けているということは、ここは手薄になっているはずなのに…………普通にモンスターがいるんですけど????

 予想外の光景に僕が顔を引き攣らせていると、ティアさんが言った。


「……どうやらあの街はネストとなってしまっているようですね」


 ネスト。その単語には、聞き覚えがあった。

 不幸からモンスターが発生する際、通常は不幸の発生源の近くに発生することとなる。街には、モンスターの発生を壁外へと飛ばす効果があるわけだが……じゃあ不幸からではなくモンスターの被害から発生したモンスターがどこに発生するのかというと、多くの場合は被害の中心から発生することとなる。

 その発生源をネストと呼び、ネストは周辺で発生した不幸やモンスターの被害によるエネルギーを吸収しつつ、溜め込んだエネルギーが尽きるまでモンスターを吐き出し続ける。

 名前の由来は、その様がまるでモンスターの巣(ネスト)のようであることから。

 こうして街が滅ぼされるほどの被害の場合、滅ぼされた街がそのままネスト化することも多いと聞く。

 ……帰還門のある街がネスト化しているなら、他の街を襲撃中もモンスターがある程度存在していてもおかしくない、か。

 

「まぁ、マーレードの街がネスト化しているのは、想定の範囲内です。問題は、あの街にあの黒いドレスの女や、それと同格のモンスターがいるか……」


 確かに、あの黒いドレスの女クラスのモンスターが居なければ、後はティアさんと同格以下のモンスターばかりだ。

 それらすべてを倒すのは難しくとも、帰還門まで駆け抜けるのは不可能ではないかもしれない。

 ……あくまで、あの黒いドレスの女を倒すのと比べたら、の話だが。

 あの黒いドレスの女は、不味い。学校やこの世界で色んなモンスターを見てきたが、一目で存在としての格が違うと思い知らされたのは、あれが初めてだった。

 ティアさんが星3……こちらで言う貴族級ならば、あの黒いドレスの女は星4か王族(ロイヤル)級と言ったところだろう。

 仮にティアさんが成長限界まで強くなったとしても、戦いになるかどうか……。

 そこで、ふと夢乃さんに大事なことを聞いていなかったことを思い出した。


「夢乃さん、リムさんの戦闘力ってどれくらいですか?」

「リム? 確か450くらいだったかな?」


 彼女はそう言うと、僕らへとカードを見せてくれた。



【種族】サキュバス(リム)

【戦闘力】450

【先天技能】

 ・巫山の夢:対象へと強力な眠りの呪いを掛け、夢の中へと入りこみ、精気を吸収する。相手が男性であった場合、初撃に限って耐性をある程度無視する。

 ・胡蝶の夢:対象に現実と見分けがつかないほどの精巧な幻影を見せる。その精巧さは、脳の錯覚によるダメージが生じるほど。対象が男性であった場合、相手の理想とする姿へと変身し、強力な魅了の呪いを掛けることができる。

 ・淫魔の肌:肌の触れた相手に快感を与えるとともに精気を吸収する。フェロモン、娼婦スキルを内包。

(娼婦:娼婦として必要な技能を収めている。淫らな心、性技、演奏、舞踏、礼儀作法を内包)


【後天技能】

 ・従順

 ・初等攻撃魔法

 ・中等状態異常魔法

 ・詠唱短縮


 三ツ星クラス! それも戦闘力はティアさん以上か!

 予想以上に高い戦闘力に、僕も婦警さんも驚きに目を見開く。


「凄いわね! そのレベルのカードは、持っているのは校内でも数人程度よ」

「なに、そんなに凄いの? もしかしてアタシらって最強?」

「いえーい!」


 婦警さんの言葉に喜色を浮かべる夢乃さんと、ドヤ顔でピースサインをするリムさんを見つつ、考える。

 まさか、リムさんの戦闘力がここまで高かったとは……。

 姉ちゃんの戦闘力もティアさんに迫るレベルになってきたし、実質三ツ星クラスが三枚。

 三対一なら、あの黒いドレスの女相手でも倒すのは無理でも帰還門にたどり着くくらいはできるか?

 ……いや、やはり危険だ。

 アレとは戦うこと自体考えるべきではないだろう。

 となると、問題はやはりあの街に今あの黒いドレスの女やそれに匹敵するモンスターはいるかどうか……。


「……よろしければ、私が偵察してきますか?」


 僕が紋々と悩んでいると、ティアさんが言った。


「自分だけで? 危険じゃない?」

「私のスキルを考えれば、むしろ単体の方が安全かと」


 心配そうに問う婦警さんに、ティアさんは首を振って答える。

 確かに、透明化と気配遮断の両方のスキルを持つかくれんぼスキルを持つティアさんは、一人の方が安全ではあるが……。


「……わかった。でも気をつけてね」


 僕は悩んだ末、彼女を信じてみることにした。


「はい。気配遮断の結界を張っておきますので、マスターたちはここを動かないように」


 ティアさんは、そう言うとキャンピングカーを飛び出していった。


「……どういうこと?」

「あの街にどれくらい敵がいるとか、調べに行ったんじゃない?」


 そんな会話を夢乃さんとリムさんがしているのを横目に、僕は椅子の背もたれに身を預け、意識をリンクへと集中させた。


『マスター』


 僕の気配を感じたティアさんが、テレパスで呼びかけてくる。


『いざという時にすぐにシンクロできた方が良いでしょ?』

『ですね』


 かすかにティアさんが笑う。


『ところで、何してるの?』


 街の前まで来たにもかかわらず、中へは入らずに門(の残骸)の周辺をうろついている彼女へと僕は問いかけた。


『いえ、彼女の話では街の中には入れずに、モンスターの襲撃で命を落としたという話でしたので……ああ、ありました』


 ティアさんが土の中から何かを拾い上げる。

 それは、土と泥で薄汚れたカードだった。

 まるでティアさんのカードからイラストを消したような……白紙のカード。

 これは……。


『ブランクカードです。……姉君をカードにする時に使ったカードと言えばわかりますか?』


 無言で白紙のカードを凝視する僕へと、ティアさんが言った。

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