第4話 第三の門②


「マスター!」


 ――――門を通った瞬間、僕は誰かに強く襟を引っ張られた。


 同時に、動物か何かの悲鳴が上がる。

 一拍遅れて、僕の襟を引っ張ったのがアマルテイアさんであることを気付く。続いて、その行動の意味も。

 どうやら、この世界に着いた瞬間、何かに襲われたようだ。

 それをアマルテイアさんが助けてくれたのだろう。

 悲鳴の上がった方を見れば、頭から血を流して石畳に狼が倒れていた。そして、その隣には唸り声を上げる狼が二体。

 その狼たちへと、鎧姿の姉ちゃんが切りかかる。奇襲を受けたことにより、相手を敵と見なしたのだろう。

 同時に、アマルテイアさんも、狼たちへと光弾を撃ちだす。

 そこで、ようやく周囲を見渡す余裕が出来た。

 

 ――――そこは、廃墟と化した街だった。


 半ば崩れ落ち、瓦礫の山となった石造りの家々。道の両端に見える燃えカスは、屋台か何かの残骸だろうか。

 その光景からは、いつかテレビで見た戦争や内戦によってボロボロになったような外国の街を連想させられた。

 戦争か何かでもあったのだろうか、と考えて風に乗って届いた悪臭がガツンと鼻の奥を突いた。

 その臭いに覚えがあった僕は顔を顰めた。

 これは……人の死体が腐った臭いだ。ゾンビ世界で嫌というほど嗅いだそれに、糞尿と燃えカスの臭いがミックスされた臭い。

 それをハンカチで鼻を抑えて耐えつつ、周囲を見渡していると、いつの間にか戦闘が終わっていた。

 倒れ伏した狼たちから黒い霧のようなものが立ち上る。

 それは、やがて一点に集まると、コツンと音を立てて地面へと転がった。

 アマルテイアさんは、狼の倒れていたところから何かを拾い上げると、僕の元へと戻ってくる。


「それは?」


 彼女の手のひらに乗った、小さな黒い小石を見て問いかける。


「わかりません。……何かの力を感じるのですが」

「ふぅん……」


 小石を一つ摘まみ上げる。大体直径1センチくらいだろうか。僕には何の力も感じ取れないが……。


「あっ!?」


 と、その時、横から手が伸びたかと思うと、小石を掻っ攫っていった。

 小石を盗った犯人は、そのままそれを口へと放りこみ――――。


「姉ちゃんが、食べちゃった!」


 慌てて姉ちゃんへと言う。


「そんなの食べちゃダメだって! ペッ! して! ペッ!」


 が、僕の命令にも姉ちゃんは吐き出す仕草をするだけで、小石を吐き出す気配はない。


「……もしかして、もう消化されてしまったのでしょうか?」

「早くない?」

「元が霧みたいなものですし……」


 綿アメみたいに、口に入れた瞬間に溶けたんだろうか?


「そんなことより、姉君に何か異常が無いか確認した方が良いのでしょうか?」

「一件異常は無さそうだけど……」


 ケロッとした様子で突っ立っている姉ちゃんを見ながら、僕はとりあえずステータスカードを取り出した。

 すると……。


「あれ? 戦闘力がちょっとだけ上がってる……」


 たった2だけだが、姉ちゃんの戦闘力が上がっていた。


「先の戦闘の経験によるものでしょうか。あるいは、小石を食べたから?」


 捕食で強くなるという姉ちゃんの自己進化スキルによるものだろうか?

 

「一つ、私も頂いてよろしいでしょうか?」

「ええ? 大丈夫なの?」

「簡単な状態異常でしたら魔法で治せますし、姉君の様子を見るにおそらく大丈夫かと」

「うーん……」


 僕は少し考え、言った。


「いや、一応止めておこう」


 なんか怖いし。


「それは仕舞っておいて」

「……はい」


 僕の言葉に、アマルテイアさんは心無しかガッカリした様子で小石を収納スキルへと仕舞った。

 そんなに食べてみたかったのだろうか?

 でも得体の知れないものを与えるわけにもね……。

 そうだ、後でこの石をオークションに出品してみようか。あれには、ちょっとした解説もついている。これについて、何かわかるかもしれない。


「それにしても、あの狼……」


 どうやら普通の生き物じゃないようだ。

 どちらかと言うと、カードに近いような……。


「……マズイですね」


 そんなようなことを考えていると、ふいにアマルテイアさんが呟いた。


「どうしたの?」

「しっ、お静かに。……こちらへ」


 少し強引に、僕と姉ちゃんを引っ張って、比較的原形の保っている建物へと身を隠すと、気配遮断の結界を張った。

 ここまでされたら、僕も敵が来ていることを察する。

 そのまま、じっと息を潜めていると、何か大勢の足音が近づいて来る音がした。

 十や二十じゃない……おそらくは百以上。

 壁の隙間から外を覗いていると、やがて音の主たちが姿を現した。

 それは、モンスターたちの大群だった。

 ゴブリン、スケルトン、ゾンビ、コボルト、ヘルハウンド、石で出来た大男、半魚人、グール、リザードマン、小さなドラゴン、ハーピー……学校で見たこともあるモンスターもいれば、見たことも無いモンスターもいる。

 モンスターたちの行軍が半ばまで来たところで、それは姿を現した。

 夜を溶かし込んだようなドレスを身に纏った、長い黒髪の美女。

 その姿を見た瞬間、ゾワリと全身の毛が逆立った。

 あれは、マズイ。理屈じゃなく本能でわかる。……あれは、

 ふいに、ドレスの女がこちらを見た。深紅の瞳と目が合う。マズイ……!

 その瞬間、アマルテイアさんが僕と姉ちゃんを抱えて走り出す。


「————始末せよ」


 氷のように冷たい声で黒髪の美女が告げる。

 それを合図に、モンスターたちが弾かれたようにこちらへと振り向き、一斉に襲い掛かってくる。

 僕らの決死の逃避行が始まった。

 それは、僕がアマルテイアさんと出会って初めて感じる命の危機だった。

 



 

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